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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【11】城壁都市ペンデ

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2. 関所

 城壁に設けられた門まで行くと、奥行のあるトンネルで足止めされる。壁の中の関所で、荷物や人物を精査するのだ。

 役人らが先頭の騎兵隊長に、通行証の確認をしているようだ。灯りも疎らな薄暗く湿ったトンネルに声が響き、音の残滓が佑達の乗る馬車まで聞こえてくる。

 が、時間がかかっているのか、なかなか出発しない。


「遅いな」


 リディアは痺れを切らし、ヒールのつま先でトントンと馬車の床を叩き始めた。

 ロザリーは気になるのか、ずっと窓の外に視線を向けている。

 スキアだけは変わらずに、佑の膝の上で寝息を立てていた。


「どうしてこんなに時間がかかるのかしら」

「さぁね。大公が馬車にも乗らずにやって来たことに、違和感でもあったのかどうか。それとも、アーネストの指示で、何か調べているのか」

「心配しても仕方ありませんよ。下手に繕うと粗が出ますし」


 佑は宥めたつもりだったが、リディアは苛々を隠そうともせず、フンと鼻を鳴らした。

 役人が手分けして荷物や持ち物を確認する声や気配。何も気負うことなどないはずなのに、やたらと胸がドキドキした。

 コンコンと、客車のドアを叩く音。

 窓の外に関所の役人が立ち、怖い顔で中を覗いている。

 佑はそっと扉を開け、軽く頭を下げた。


「こんにちは。お疲れ様です」


 いつも通りの笑顔で接すると、役人は何故かギョッとした。


「た、大公妃と侯爵、魔法使い……と、子ども?」


 役人の男は佑の膝でぐっすり眠るスキアを見て、目を丸くした。

 確かに子どもだが、狼の耳とふさふさな尻尾が見えているのだ。


「使い魔です。大狼の子どもなんですけど、長旅で疲れて寝ちゃって……」

「お……、大狼! それは大変だ。起こさぬよう、気を付けて」

「ありがとうございます。あなたも、この時間からはだいぶ冷えますから、お体に気を付けて」

「はっ。恐縮にございます……!」


 役人は佑に敬礼し、ゆっくりとドアを閉め、そのまま去って行った。

 何が何だか分からなかった。

 佑は首を捻り、スキアの背中を撫でながら、リディアとロザリーに目配せした。


「……あっけなかったですね」


 しかし二人はお互いに笑いを堪えるように口元を手で押さえ、肩をすくめている。

 その様子があまりにも不自然で、佑はまた首を捻った。

 間もなく、関所の扉が開放された。

 馬列がゆっくりと動き出し、ガタゴトと客車が揺れだした。関所のトンネルを抜けたところで、リディアとロザリーは、止めていた息を吹き出すように声を上げて笑い出した。


「タスク……! お前、やってくれたな!!」

「え? 俺、何かしました?」

「あの役人の顔ったら! 私、我慢するの、大変でした……!!」


 何がおかしいのか。女子トークには付いていけないと、佑が首を捻ると、


「言ったとおりだろう? 身分もへったくれもないんだ。誰にでも挨拶するし、声を掛けるし。侯爵から『気を付けて』なんて言われると思ってなかっただろうから、大慌てだった!」


 リディアはどうやらロザリーに、ズィオ村での一幕を話していたらしい。

 うんうんと大きく頷きながら、ロザリーは腹を抱えて笑っている。


「怪しいと疑って声を掛けた相手に『お疲れ様です』なんて言われたら、何も言えなくなってしまうじゃありませんか。本当に分け隔てのない方だわ! そういうところ、姉様よく見てらっしゃったのね」


 ハッとした。

 そうだ、身分差。

 佑は自分に無理矢理与えられた侯爵という肩書きの重さについて、一切考えたことがなかった。

 一切、と言うと語弊があるかも知れないが、とにかく貴族についての知識は皆無だった。


 身分制度のある社会では、それぞれに役割があり、なるべく干渉し合わない方が良いというのは何となく分かっていた。衛兵のトッドとダーレンを食事に誘ったときに嫌煙されたのもそれだ。仕方なく食べ物をくれてやったが、それだって恐れ多いと思ったに違いないのだ。


「ま、マズかったですかね。向こうだと、身分とか、あんまり身近じゃなくて……」

「ううん、タスク、気にしないで。多分、タスクが撫でていたスキアの正体にも驚いたのよ! こんなに腰の低い侯爵が、子どもとはいえ大狼を手懐けてるなんて……! 落差がありすぎて、理解が追いつかない顔をなさってたわ!」

「え? スキア、可愛いじゃないですか。もしかして、大狼って猛獣扱い……?」

「猛獣、害獣……。化け物の類いだと思われてる。大抵の獣は、人間が手懐けられなければそういう扱いだ。スキアだって、私が拾わなければ、今頃狩られていただろう」


 親は殺されたと聞いている。

 確かに、子どもなのに巨大で、肉食で……。怖いと言われれば怖いかも知れないが、簡単に人を襲ったりはしない。スキアは純真で、可愛くて、一生懸命な、愛されるべき存在だ。


「そうか……、スキアはリディアさんに拾って貰って、幸せだな……」


 佑はそう言って、スキアの頭をゆっくり撫でた。

 よだれを垂らして寝ているスキアを見ていると、たった一つの出会いが運命を変えていくのだと考えさせられる。

 ふと顔を上げると、車窓からペンデの街並みが見えてきた。

 公国の城下町には劣るが、街全体を囲う高い壁の迫力は見事だ。

 簡単には出られないというこの町に何があるのか……。何事もなく無事に出られればいい。そう、願わざるを得なかった。

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