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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【11】城壁都市ペンデ

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1. 嫌な予感

 夕刻が迫り、徐々に日が傾いて来た。

 ようやく、城壁都市ペンデを囲う高い壁が視界に入ってくる。

 昼過ぎには到着するはずだったのに、とんでもない足止めを食らった結果だった。


「緊急事態にもかかわらず、皆さん迅速に動いてくれたお陰でどうにかなりましたね」


 佑は馬車の中でホッと胸を撫で下ろした。

 襲撃がなかったように演出するため、作戦を練るのにも時間がかかった。

 ライオネルは取り急ぎペンデに伝令を走らせた。今日泊まる予定の宿には、執事と使用人が数人、準備のために前日から滞在している。心配を掛けては申し訳ない、早めに連絡すべきだと進言したのは佑だった。

 髪を整え直し、再び偽侯爵の姿に戻った佑の安心しきった顔をチラリと見て、リディアはフッと笑った。


「……全く、一時はどうなるかと思った。タスクのお陰だな」


 災難を逃れた馬車にタスクとリディア、スキア、そしてロザリーが乗り込み、ライオネル、レナード、カイル、竜樹が馬に乗って、出発時より数を減らした騎兵隊と旅路を急いだ。

 手先の器用なロザリーがリディアと一緒に破れたドレスを縫い、佑と竜樹の服は、精霊達の力を借りて汚れを落とし、ほつれを繕った。

 ボサボサになったリディアの髪や化粧も、同行していた女性の騎兵数名が、ロザリーと一緒に整えてくれた。佑の髪も、同じように直して貰った。

 外見だけ取り繕って……、あとはペンデの宿でどうにかしようと、そういう算段だ。


「関所を無事に抜けられればいいが……。そこは、ライオネルの手腕次第だな」


 外の景色を眺めながら、リディアはフゥと息をついた。


「公国から精霊祭へ向かうことは随分前に決まっていますし、毎年のことですもの。正式な招待状もちゃんと頂いてますから、難なく通れると思いますわ」


 ロザリーが不安を払拭するように言っても、リディアはどうかなと首を捻った。


「何も……、なければいいがな」

「先生、魔女が不安を口にすると本当になるって(ことわざ)がございますわ」

「相手が相手だ。油断は禁物……って意味だよ」


 リディアはそう言って、佑の膝の上で寝息を立てるスキアに視線を向けた。

 脳裏に二十年前の逃亡劇が浮かぶ。

 全ての罪を被せられ、居場所を失い、王国を去るしか道がなくなったあの時、目の見えないジョセフがリディアの手を握り締めて言ったのだ。


――『リディア先生。決して絶望だけはなさらないでください……!! 僕は絶対に諦めません。きっといつか、また先生と共に生きることが出来ると、信じています……!!』


 忘れた訳ではなかったが、叶わない夢だと諦めた途端、ガタガタと足元が崩れていく音がした。

 魔力が弱まり、使い魔が次々に力尽き、ズィオ村に入る頃には一人きりになってしまっていた。

 あの絶望の日々を思うと――、今、こうして馬車に揺られてアラガルド王国へ向かっているなんて、夢のようだ。

 出来るなら、何の障害もなく、城門の関所を通りたいところだが……。


「今日と明日、二回とも無事に関所を抜けられれば、あとはどうとでもなるだろう。ペンデでも気を抜けない」

「あれ? リディアさん、関所は一箇所だけじゃないんですか?」


 城門と一体になった関所だと聞いている。

 そこを通れば、無事にアラガルド王国領に入るのでは……。


「関所は二箇所ある。公国側と、王国側にそれぞれな。ペンデは城壁でぐるっと囲まれている、全く文字通りの城壁都市なんだ。王国へ入る人間や物資が、まとも(・・・)かどうか、城壁の中で精査する。ペンデに入る時に通行料を支払い、出る時には滞在費を取る。……アーネストが考えた仕組みだ。お陰で、金のない人間はペンデからは出られない」

「……何ですか、それ」


 違和感を感じ、佑は顔を歪ませた。


「王国から出ていくもの、王国に入っていくもの、その全てが一旦ペンデの中を通る。迂回する方法もあるにはあるが、魔物の生息する深い森を通ることになるからな。大抵の人間は、諦めてペンデを通るのさ」

「……関税はペンデで徴収してる感じですか?」

「そうだ。品目ごとに税率が違うし、評価基準が複雑でなぁ……。数字に疎い人間は、あれではすぐに騙されるのではないかと思うがな……」


 明らかに、嫌な予感がする。

 佑は顎を擦りながら、考えを巡らした。

 ルミールは、向こうで言うところの中世くらいの文明レベルで……、市民には教育が行き届いていない。読み書き出来る人間も限られている。簡単な計算は出来ても、複雑なルールが絡んでくると、幾らでも誤魔化しが……。


「不正の温床……、でしょうね」

「タスクもそう思うか」

「単純に考えて、そうでしょう。外から見えにくい高い壁は、その象徴だと思います。それに、細かく分かりにくい税率は、徴収する側にだけ有利に出来ているものです。その計算すら正確に行なわれているのか、怪しいんだ方が良いかもしれません。もし、これといって問題が起きていないのだとしたら、関わっている人間が全員利害関係にあるからだと思いますよ」

「利害関係?」


「まぁ、平たく言えば贈収賄です。一部の人間にしか利益の出ない仕組みを作って、懐を潤している人間がそこかしこにいる可能性が高い。そいつらが権力を誇示したり、脅したりして反対勢力を黙らせるんです。そういうのには大抵、身分の高い人間が絡んでいる。……例えば、貴族とか」


 リディアだけではなく、ロザリーも佑の話に釘付けになっていた。

 情報はそれほど伝えていないはずなのに、佑の口からつらつらと分析が飛び出すのを、感心したように聞き入っている。


「……タスクは、頭が良いんですのね」

「褒めても何も出ませんよ」


 佑はロザリーに向かって、口角を上げて見せた。


「アーネストも貴族の出でしたよね。王太后シーラも」

「ええ」

「以前、リディアさんから王国の関税の話を聞いたとき、妙な感じがして。高い壁や関所のことも合わせると、だいぶきな臭いというか……。兵力を増強してるのも、執拗にあのブレスレットの持ち主を狙ってくるのも、変ですよね。やっぱり、宰相のアーネストは曲者だと思います」


 城壁が眼前に迫ると、馬車のスピードが徐々に緩くなった。

 石造りの巨大な壁に、大きく口を開けた穴が見える。


「お、タスク、関所が見えたぞ」


 リディアに言われて、佑は窓の方へ身体を傾けた。

 白い壁の中に設けられた関所へと、馬列はゆっくりと向かっていった。

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