6. 精霊の魔法
ぶつ切りになった魔鳥の身体が、炎の気配を消しながらボトボトと地面に落ちて消えていく。最後はジュワッと跡形もなく消えて、それが魔法によるものだと知らせてくる。
リディアはハァハァと肩で息をして、興奮を体内から逃がしていた。
久しぶりの攻撃魔法。何とか撃てたことに安堵し、同時に、早くスキアの元に駆けつけねばと思う。
しかし、身体は正直なもので、幾ら若返っているとは言え反動が凄まじい。
立っているのがやっと。
本当は走ってスキアの方へ向かわなければならないのに。
スキアの毛と肉が焼け焦げた臭いがしていた。可哀想に、主を守らねばと、スキアは危険を察知して直ぐに馬車を飛び出した。火炎に怯みもせず、大狼の姿になって魔鳥からの攻撃を身を挺して防いだのだ。
スキアがいなければ、魔鳥の放つ火の玉にやられて、馬車は壊れるどころか丸焦げだったはずだ。壊れて済んだのは、不幸中の幸いだった。
「――スキアッ!!」
動けないリディアの代わりにスキア目掛けて走ったのは佑だった。
竜樹と一緒に、大狼の姿のままで倒れたスキアの元へと向かっていった。
「スキアッ!! 大丈夫か?!」
酷い火傷だと、見て直ぐに分かった。
早く冷やさなければ。けれど佑には何も出来ず、声を掛けるのが精一杯。
触ると痛むのか、ウッと目を閉じ、歯を食いしばっている。
「ど、どうしたらいい……。スキアが、スキアが……!!」
薬もなければ、清潔な水もない。
大きな身体で必死に庇ってくれたスキアがこんなに傷だらけなのに、どうしてやることも出来ないなんて。
狼狽える佑のそばで、竜樹は何か難しい顔をして、ブレスレットを服の上から何度も擦った。ブツブツと何かと会話するように呟き、それから意を決したように、
「精霊の力……、借りてみる」
まるで本当の兄弟みたいにじゃれ合っていたスキアの痛々しい姿に、竜樹は心を痛めていた。
「精霊の力?」
ぼんやりした頭で首を傾げる佑に、竜樹はこくりと頷いた。
「魔法で冷やして――回復、してみる」
捲った左腕に右手を添え、ブレスレットに額をくっつけるようにして、竜樹は静かに祈った。
「藍銅鉱の精霊――……どうか、君の力で、スキアの火傷を治してやって…………!!」
ブレスレットの青い石が煌々と光り出した。
青い光が広がって、蝶のような羽を広げた透明な何かが、石の中から這い出すようにしてゆっくりと現れる。
それは、竜樹の頭にそっと両手を伸ばし、キスをするような仕草をした。
佑がその幻想的な光景に目を奪われているうちに、それは大きく羽ばたいて宙を舞い、傷付き倒れたスキアに向けて、淡い青の光を放った。
「精……霊…………?」
佑は目を疑った。
さっきライオネルの背後で見たものといい、こうして竜樹が呼びだしたものといい、間違いなく人でも獣でも魔物でもない、形のない概念のような何か。神秘的で美しく、透き通っていて、意思を持つ何か。
「藍銅鉱の精霊は、属性の水魔法の他に、回復魔法が使えるんだ。冷やしながら、どうにか火傷、これで良くなるといいんだけど」
精霊の魔法を見つめながら、竜樹が言った。
――『持ち主との信頼関係や、持ち主自身の力によって、精霊の使える魔法が違ってくる』と、エナの町の宝石屋が言った。
信頼関係を構築している竜樹だからこそ、こうして精霊が力を貸すんだろうと、佑にも何となく理解出来た。
幼い頃から紗良が身につけていたそれをずっと大事に思っていて、引き継いだからこそ……。
「――父さんの持ってる石だけどさ。橄欖石は違うけど、石榴石と黄玉、それからさっき先生に貰った真珠の精霊も、回復魔法が使えるって、俺の精霊達が言ってる。藍銅鉱の精霊の力だけじゃ、スキアの傷は治せない。試してみたら――どうかな。スキアのために」
突然話を振られ、佑は変な声を出した。
「た、試すって、今竜樹がやったみたいにか?!」
「大丈夫。父さんのこと、精霊達は皆信頼してる。力を貸したい、どうにかしてやりたいって。願えば良いんだよ。どうか力を貸して欲しいって。精霊は持ち主をしっかりと見ているんだから」
佑は驚いて袖を捲り、ブレスレットを凝視した。胸に付けられた真珠のブローチも、一緒に視界に入っている。
そんなに……、長い間一緒の時間を過ごした訳ではない。
それでも辛辣してくれていると言うなら。それが、本当なら。
「スキアの命が懸かってるんだよ、父さん」
失敗したらなんて……、考えてる余裕はなかった。
リディアも有り得ないくらい凄い力を振り絞って、魔鳥を撃退した。
騎馬隊はこれ以上の延焼を食い止めるために、あの手この手で鎮火作業に追われている。
壊された馬車や、馬が暴れてひっくり返った荷台の荷物を纏めている者、馬の怯えているのを宥める者、他に魔物らしき影がないか確かめる者……。それぞれがそれぞれに、今必死に出来ることを行っている。
やったことがないとか、自信がないとか。そんな言い訳が通るような状態じゃない。
「願う……んだな?」
佑が恐る恐る呟くと、竜樹はこくりと頷いた。
もし、精霊の魔法が使えたなら……、それでスキアが助かるなら……。
右手で左腕を固定して、竜樹を真似てグッと額を近付ける。
「俺の……、石の精霊達。石榴石……、黄玉……、 真珠……。回復の力が使えるなら、どうか……、スキアを救って欲しい。傷を癒して貰えないだろうか……。かけがえのない仲間なんだ。お願いだ…………!!!!」
しばしの沈黙。
何も……、起きない。
竜樹の時のように、即座に光らない。
失敗……したのだろうか。
ルミールの人間ではないから?
あまりにも不甲斐ないと、石の精霊達に呆れられてしまった……?
《やっと……頼ってくれたね》
どこからともなく子どものような声が聞こえてきて、佑は声の出処を探すように、あちこち見渡した。
《ずっと待ってたんだ。ぼくたちのこと、信じてくれるのを》
声は、佑の頭の中に直接響いていた。
優しく、柔らかい、安心するような声だ。
《大丈夫だよ、タスク。ぼくたちみんなでスキアの傷を癒してあげる。誰のためでもない、自分の大切なものを守るためにぼくらを頼ってくれた、優しいタスクの願いだもの――――…………》




