5. 矜持
炎の橙が壊れた馬車と佑達を不穏に照らす。
巨大な炎の魔鳥はスキアへの攻撃の最中に、馬列に向かって何度も火の玉を吐いた。騎士団は防御の魔法を張り、被害の拡大を防ごうとするが、その頻度と威力に既に押され気味だった。
スキアは必死に魔鳥を止めようとしているが、その度に苦手な炎を真っ正面から受けている。人間よりも遙かに大きなその身体で、スキアは盾になり、人間達への攻撃を防いでいるようだ。
目の前で起きていることは、決して許されないことだ。そこに居る誰もが、怒りで打ち震えた。
よりによって精霊祭へ向かう、ガリム公国要人の乗った馬車への奇襲攻撃だなんて――。
「一体それはどういう意味だ、リュウ!!」
ライオネルは馬上から竜樹を怒鳴りつけた。
竜樹は悔しそうに拳を握って、「ごめんなさい!!」と何度も謝った。
「トビアスの魔法の文だ……!! ブレスレットの持ち主に向かって、どこからともなく飛んでくるんです……。俺が引き継いでからも、何度も飛んできた。いつもはもっと小さい魔物なのに……!」
「王家の人間の王国入りを警戒しているというのは本当だったのか……!! あの忌々しい魔法使いめ…………!!!!」
ライオネルは赤々と火属性の魔法を身体に纏わせ、真っ赤な髪を逆立てた。
気のせいか、佑の目にもライオネルの両肩に手を置く何かの姿が見えてくる。
赤く燃え盛る炎の羽を持つ獣のような何か――……。
「ガリム公国はアラガルド王国の同盟国ではなかったのか……?! アーネストは何を考えている。今日、この日に!! 宣戦布告すると言うならば、平和は乱れる。儀式どころではなくなるんだぞ…………?!」
佑が初めて見る、精霊らしきものと、魔法らしきもの。
温和なライオネルの怒りに呼応するように、精霊の力が高まっていく。
「父上!! 落ち着いてください!!」
怒りのまま魔鳥に向かって行こうとするライオネルを、レナードが止めた。
「このまま父上が突っ込んではいけません!!」
「えぇい、退け!! レナード!! 私があの魔法使いに劣るとでも言うのか?!」
「そうではありません!! このままでは、あの宰相の思うまま。全ての災厄の原因を我が国に押付けて、彼奴は王国を乗っ取ってしまう!! 感情のまま向かうのだけはおやめください!!」
ライオネルはギリリと奥歯を噛み、勢いよく右腕でブンとレナードを払った。途端にゴオッと炎を含んだ風が起こり、レナードは手網を引き、間一髪で躱していた。
――黙っていられなかったのは、レナードだけではなかった。
ふるふると全身を震わせて、レナードよりも強い魔力を放つのは――……。
「リディア……さん…………?」
黒いドレスが、溢れる魔力でひらひらと大きく揺らめいている。綺麗に纏めた髪は逆立ち、彼女の小さな身体を大きく見せていた。
手を伸ばし、止めようとしたところで、佑の手はバチッと何かに阻まれた。
怒りと憎しみ――トビアスとアーネストに対する激しい感情が、リディアの中でふつふつと煮え滾っている。
「退けぇッ!! ライオネル!! 炎系の魔法ではヤツは倒せん。私が……、私がやる…………!!!!」
壊れた馬車の上から、リディアはふわりと地面に降り立った。
佑は慌ててリディアを追いかけようとしたが、足元の瓦礫が崩れ、前に進めない。
「リ……ディア殿…………。魔力を、失った、訳では…………?」
ライオネルはその迫力に圧倒され、精霊の力をフッと弱めた。
リディアの目は赤く光っていた。
温和な魔女と思われた彼女の想像だにしなかった一面に、ライオネルはすっかりと恐怖していた。
「今……、分かった。失ったのは……、魔力ではない」
リディアは破れたドレスを引き摺りながら、ゆっくりとスキアの方に向かって歩き出した。
「アーネストの出現以来、私は徐々に矜持を削られた。自分の無力さ、ふがいなさ、王妃ルイーズを、ジョセフを、セリーナを守れなかった後悔と苦しさで、王宮付魔女としての誇りを、ズタズタにされていった。私の……、私の力不足が原因で、全てを失ったと自らをどんどん追い詰めた。その結果、王国を追われたあの日、生涯を共にしてきた使い魔を一匹、また一匹と失って、とうとうすっからかんの、ただの少女にまで減退してしまったのだ」
ライオネルは道を空けた。
竜樹も後退りした。
レナードとカイルも、騎兵達も、無言でリディアに道を譲った。
「石は、力を貸さなかった。魔女の魔力は石によって齎されるものではないからだ。魔女の力は、その誇りと自信によってのみ齎される。いつまでも下を向いてうじうじしているようじゃあ、何百年経っても私は少女の姿のまま。そういうことだろう、ミランダ……」
誰よりも前に出たところで、リディアは歩くのをやめた。
両手を思いっ切り前に突きだし、目の前に魔法陣を展開する。
「スキアァァァアァア!!!! 魔鳥から離れろォオォォオ!!!!」
地鳴りのようなリディアの声に、スキアは慌てて魔鳥から飛び退いた。
その身体よりも大きな魔法陣が、リディアの真ん前に現れると、目映い光を放ち始めた。
「その炎、全部吹き消してくれるわァア……ッ!!!!」
リディアの目が、一層赤い光を放つ。
瞬間、魔鳥の動きが空中に張り付けにされたかのようにピタッと止まった。
「キシャアァアァアァアアアァアアアァアアアアア――――――――ッ!!!!」
激しい喚き声と共に、魔鳥の身体が巨大な何かの爪に引き裂かれた。
バシュッ、バシュッ!!
上から、下から、横からと、何度も引き裂かれ、粉々に砕けていく魔鳥を、佑達は呆然と見つめていた。




