4. 敵襲
金色の真珠……。
産地や養殖方法によって様々な色の真珠が存在することくらい、佑も知っていた。その中でも金色の、しかも大振りの真珠。明らかに希少で、高価な代物だと、佑にもひと目でわかった。
「円満、完全、長寿や富……真珠の石言葉は、どれも幸せを約束するようなものばかりだ。属性は光。どの石とも相性が良い」
リディアは佑の襟元に光る真珠に視線を落とし、柔らかく微笑んでいる。
「この前、橄欖石に合わせる石を選ぶため、宝石屋を呼んだだろう? お前が柘榴石と黄玉を選んだあと、私も宝石屋に一つ相談していたのだ。私の持っている石の中から、タスクに一つくれてやりたいが、どうすれば良いかと」
「リディアさん……?」
普段から、あまり感情も気持ちも言葉にしないリディアが、突然らしくないことを言い出したのもあって、佑はゴクリと唾を飲んだ。
いつもとは違うメイク、髪型、ドレス……。だから妙な感じがするのか、それとも気のせいではないのだろうか。
「タスクには随分世話になったからな。……学ぶことも多かった。お前が現れなければ、私はずっとあの辺境の小屋に閉じこもって、スキアと平坦な余生を過ごし続けていただろう。お前には感謝しているのだ。だから、石の一つもくれてやろうと思ってな」
「や……、やめてくださいよ、リディアさん! なんですか、その言い方……!!」
「ギルドから持ち出したあの鞄の中身、金貨だけって訳じゃあないんだ。大量の宝石が入ってる。……失った力をどうにか取り戻したくて、この姿になって何年か、現実に抗うように集めまくったのだ。石の精霊達に縋ろうとしたが、ヤツらめ、魔女には一切力を貸さない。金という金を注ぎ込んで、手当り次第買い占めたのに……、全く、ざまぁなかった。で……、鞄に隠し、ギルドに預けてたって訳さ。その真珠も、鞄に入ってた一つ。私とミランダと宝石屋で選んだんだ。似合うのがあって良かった」
「そ……、そういうつもりなら、受け取れませんよ?! リディアさん、俺は…………」
まるで覚悟を決めているかのようなリディアの顔に、佑は耐えられなかった。
リディアの寄越したブローチに手を当て、予想が当たりませんようにと願いながら、どうにか考えを改めて貰いたくて――……。
「――あっ!!」
不意にスキアが声を上げ、走行中の馬車のドアをバンと開けた。
スキア、と声を掛ける間もなく、ボンッと激しい音を立てて馬車がガクンと斜めに傾く。
「うわぁっ!!」
佑は咄嗟にリディアの頭に手を伸ばし、彼女を庇うようにして身体を丸めた。
「な、何だァっ!!」
御者の叫び声と、馬の嘶き。――直後、バキバキと音を立て、馬車全体が崩れだした。
「リディアさんっ!! 」
「――アァアッ!!」
「ウグッ!!」
何かに驚いた馬が暴れ出し、客車が激しく揺さぶられた。ガクンッと、タイヤの外れる音がする。
次の瞬間、ガンッガンッと上下に何度か激しい揺れ。佑達は客車ごと、何度も地面に叩きつけられた。
更に連続で破裂音。地面が激しく揺さぶられる。
「クソッ!! 今のタイミングかよ……!!」
叫んだのは竜樹だった。
何が起きている。
ようやく振動が収まったところで、佑はリディアを庇ったまま、恐る恐る顔を上げた。
「――敵襲だァァァァアァ!!!!」
騎馬隊の誰かが叫ぶ声。
佑達が乗っていた馬車は跡形もなくめちゃくちゃで、客車の箱の形がザックリと残る程度。
馬達は恐怖で甲高く鳴き、足をばたつかせて騎兵を振り落とそうとしていた。
攻撃を受けた。
奇襲だ。
平和な旅が、一気に危険なそれに変わった。
敵襲、と聞こえたが、敵と思われる軍隊の影も形も見えなかった。
辺りは一面の野原で、隠れるところがどこにもない。山々も遠くに峰が連なり、そこから攻撃してきているのだとしたら、それこそ現代の兵器か何か、この世界には存在しない科学を駆使しない限り無理なはずだ。
一体どこからどうやって。
佑は震える腕でギュッとリディアの肩を抱き、背筋を伸ばして、壊れた客車の隙間から周囲を見渡した。
「ウォォオォォォ……ン!!!!」
狼の遠吠え。
「スキア!!」
リディアは佑の腕を振り解き、崩れた座席と佑の足を踏み台にして、客車から這い出そうとした。黒いドレスの裾が木の切れ端に引っかかり、ビリッと嫌な音を立てる。それでも構わず、リディアは遠吠えの聞こえる方へと身体を捻り、何が起きているのかと身を乗り出した。
「な……、何だ、これは…………」
絶望の色を濃くしたリディアの声。
嫌な予感どころか、心臓がバクバクと激しく鳴るのを全身で感じながら、佑も急いで客車から這い出した。
気が付いた時にはスキアは馬車に居なかった。いつの間にか竜樹も居なくなっていた。
レニとの約束、リディアを守らなければと必死で――……、周りが全く見えていなかった。
「スキアァァァァァアアァァァアアァァァ――――…………!!!!」
力の限り叫ぶリディア。
その視線の先、真っ赤に燃え上がる翼を持つ巨大な鳥と激しくぶつかり合うスキアの姿が見えた。
転がり、激しく羽に齧り付き、鋭い鉤爪に襲われながらも大きく爪で引っ掻き返している。身体の大きさは五分五分だが、相手は攻撃を食らう度に空に逃げる。飛びかかり、前足で大きく引っ掻き、齧り付き、を繰り返す。
炎でふわふわの毛が焼け焦げ、とても見ていられない……!!
「リディア殿!! タスク!! リュウも無事かぁ――ッ?!」
ライオネルの声が遠くから聞こえる。
前方、数百メートルのところで、先頭の騎馬隊とライオネル達を乗せた馬車が止まっているのが見えた。
馬車から飛び出したライオネルが息子共々騎馬隊の馬を借り、こちらへと向かってくる。
「無事です!! けど、スキアが……!!」
大きくライオネルに手を振る佑。
馬は佑達のそばまで来るとスピードを緩めた。
「魔鳥……!! 下草が燃えているッ!! 水魔法の得意なものは鎮火を!!」
ライオネルの指示で騎馬隊が動く。
炎があちこちで燃え上がり、草の燃える臭いと熱が風に混じって佑達を取り囲んだ。
壊れた馬車の前方に、立ち尽くす竜樹の姿があった。
「標的は……多分、俺です……」
竜樹は肩を震わせ、左腕の袖の下に隠したブレスレットを擦っていた。




