3. 贈り物
晴れ渡る青空の下、長い馬列がアラガルド王国へと向かう。
ガリム公国要人を乗せた二台の馬車の護衛のため、多くの騎馬隊が馬車の前後を固め、物々しい雰囲気のまま王国への道を辿っていく。
公国からしばらくは敷煉瓦で舗装された道が続いていた。徐々に煉瓦が途切れて舗装がなくなり、平らに整備された剥き出しの土へと道の様子が変わっていくのを、佑は馬車の中から物珍しそうに眺めていた。
春の陽射しの下、のんびりとした旅が続く。
小鳥のさえずりが高いところから聞こえてきて、軽快な馬の足音と相まって音楽を奏でているようにも思えた。
大公一家の乗る馬車の後方、佑と竜樹はリディア、スキアと共にもう一台の馬車に乗る。
ガタンガタンと、時折大きく車体が揺れ、その度に佑の臀部を刺激した。それがとても辛くて、佑は何度もウッと声を上げ、腰を擦った。クッションを多めに敷いているのに、なかなか乗り心地はよろしくない。リディアもスキアも平気な顔をしているのが、不思議なくらいに。
「酷い顔だな。そんなに尻が痛いか」
振動に耐える佑を、進行方向とは逆側に座るリディアが笑った。
「揺れるの、気になりませんか。俺はどうしてもダメですね。痛いし、気になって酔いそう」
「タスク、面白ぇ。俺の背中の方が気持ちいいなら、今からでも大狼になる?」
スキアが笑うと、リディアは「ダメ」首を振った。
「気持ちは分かるがな。スキアの背に跨がって、せっかくの服が傷んでしまっては申し訳ない」
なるほど、リディアはドレス姿、佑も急ごしらえではあるが侯爵らしい格好をしている。諦めて馬車に乗るのが良いに決まっているのだ。
「スキアの背中、そんな気持ちよかったんだ。馬とどっちが良いかな」
竜樹が言うと、スキアは向かい側でニヤニヤと頬を緩めた。
「リュウも乗りたい? あとで乗せようか?」
「乗りたい乗りたい。……でも、目立たないところで、そっとだぞ」
「うん。そうしよう、そうしよう」
クスクスと笑いあう二人は、本当に仲の良い友達みたいで、佑はほっこりしてしまう。
「流星号、恋しくなったか」
「うん……、まぁね。一週間も一緒にいたから。でも、公国で面倒見てくれるって言われて、本当に助かった。騎馬隊の馬になれるよう、訓練してくれるってさ。凄いよね」
流星号というのは、竜樹がエナの町で買った馬のこと。この旅を通して、母の育った国へ行くという願いが叶うようにと付けた名前らしい。
公国へ辿り着いてから先、兵舎で他の馬と共に面倒を見て貰っていたのだが、とうとうお別れを決めたのだ。
「公国の人達は、皆良い人ばかりで、世話になり通しだ。こんな格好までさせて貰って、王国に行く足がかりが出来たんだ。きちんと期待に応えないと」
「父さんが貴族なんて変な感じ。ちょっとは慣れたけど」
髪を固めている佑に違和感があったらしく、最初は腹を抱えて笑われた。
そういう竜樹も、仕立ての良い服をレナードから借りて、すっかり侯爵令息になっている。元々顔立ちも良く、紗良に似て西洋人風な要素も強いため、着るもの以外調整の必要がないのは強みでしかないだろう。
「侯爵だなんて、ライオネルもあんまりだ。お陰で頭に入れることが多くて大変だよ。馬車なら、少しは復習出来るかと思ったけど、乗り心地までは勘定に入ってなかったな……」
「ハイブリッド車に慣れすぎなんだよ。音も揺れもないのが当たり前になってて、身体がビックリしてるんだと思うよ、父さんは」
「まさか、車輪にゴムを使ってないとは思わなかったから……。よくよく考えれば、向こうでだって、ゴムを使い始めたの、だいぶ近代になってからだからなぁ。そういう素材がありそうにはとても見えないし」
「靴底もゴムじゃなくて、革だよね。何枚も重ねてクッション性出してる」
「多分、バネの技術もまだも一般的じゃないんだろうな。板バネとかサスペンションとか、そういう技術はもうちょっと文明が進まないと。中世後期くらいの技術レベルじゃ、発明されてても量産化は難しいか……」
ため息をつきながら佑と竜樹が話しているのを、リディアとスキアは目を丸くして聞いている。
驚かれているらしいことに気づき、どうしましたと首を傾げると、リディアは肩をすくめて「意外だ」と言うのだった。
「理解の出来ない話を良くもまぁ、つらつらと。リュウも相当頭が良いのだな。タスクの話、私には何が何だかサッパリ分からんが……。勉学は得意なのか」
「人並みですよ。本当は、ルミールに来てる場合じゃないくらい勉強に力を入れなきゃいけない時期なのに、無視してここに来ちゃうくらいだから、得意かどうかは察してください」
頬を引き攣らせる竜樹を見て、佑は少しドキリとした。
竜樹は受験生。本来ならば今頃は、公立高校受験のため、最期の追い込みをしているはずだ。
私立の受験は間に合わなかったが……、せめて……。
ルミールから戻れる見込みのないのに、佑は頭のどこかで未だそんなことを考えていた。
出来るならば無事に戻り、今までと同じ暮らしを続けたい。そのために、スマホも鍵も……ずっと大事にしてきたのだから。
「賢いのは良いことだ。幾らでも周囲を騙せる。貴族の令息が頭も身のこなしも剣術も出来ないとあっては、直ぐに正体がバレてしまう。その点リュウは合格点に達していると思うぞ」
「ホントですか? リディア先生が仰るなら大丈夫ですね。ありがとうございます」
竜樹は本当に嬉しそうに、声を弾ませた。
褒められたのは息子なのに、佑も一緒にニコニコしてしまう。
「ところでリディアさん。俺達はソルザック侯爵とか適当な名前付けられちゃいましたけど、リディアさんはそのままの名前じゃ、アラガルド側にバレバレですよね。なんて呼びますか?」
「おおっと、それもそうだな。リリー……にでもしておくか。うっかり最初の発音を間違っても、ごまかしやすいように」
「良いですね。今のメイクにピッタリです」
「タスク! そういう褒め方はやめろッ! 恥ずかしい……!!」
何故かリディアは真っ赤だった。
隣でスキアがリディアの顔を覗き込み、可愛い可愛いと何度も頷いている。
「じゃあ、リリー先生、ですね。あとでレナード達にも教えとかなくちゃ」
「――っと、そうだそうだ。忘れるところだった」
リディアはそう言いながら、小さなバッグの中をゴソゴソと漁り始めた。
「侯爵の肩書きに、石は三つでは足りんだろうと思ってな。三つ分の石を入れられるブレスレットだったから、まぁそのままでも良いと言えば良いのだが、やはり肩書きに見合った石を身につけておかないと、色々と面倒だろう」
丁寧に布に包まれたそれを、リディアは取り出してそっと佑の手に乗せた。
佑はリディアのキラキラした目に、並々ならぬ想いを感じ、息を呑んで布をゆっくりと広げていった。
「ご……、ゴールデンパール……!!」
それは、十数ミリの大きな金の真珠が眩しい、大振りのブローチだった。繊細な花の細工が、中央の真珠を引き立てている。
高価なものだ。
佑の手は、否応なしに震えた。
「も、貰えませんよ、こんなの!」
「ソルザック侯爵には似合うと思うぞ?」
リディアは微笑み、前屈みになって佑の襟元に真珠のブローチを付けた。
佑の服は落ち着いたセージグリーンで、そこに一際輝く金の真珠はよく目立った。
「似合う。私の見立て通りだ」
まさかの贈り物に、佑の口からは即座にありがとうの言葉が出なかった。




