2. 王国へ向かう朝
アラガルド王国へ向かう日の朝、ガリム公国の宮殿では慌ただしく出発の準備が進められていた。
警備の衛兵隊は勿論、馬車を先導する騎馬隊、精霊祭へ参加する大公一家、そして大公の遠縁で領地運営の補佐をしているソルザック侯爵家の面々……。荷車には大量の貢物や道中の食料など、この日のために用意したものがどんどん詰め込まれていく。
アラガルドの精霊祭は、春に行われるルミール最大の祭りで、各国から要人が多く訪れる。当然、社交の場としての需要も高く、良家の令息令嬢の出会いの場としても知られているのだ。年頃のレナードやカイルが同行するのは、将来の伴侶となる令嬢に目星を付けるためでもある。竜樹が混じっても違和感がないのはありがたいと、佑は思う。
問題は、存在しないソルザック侯爵家を如何に取り繕うか、ということ。ライオネル監修の元、近隣諸国の勢力図、各国の主要な産業や権力者の情報、社会情勢などを、ライオネルの執務室に閉じこもって時間ギリギリまで頭に叩き込んでいく。
紙は貴重だということ、つけペンに慣れていないことなどから、メモはスマホで取った。ギルドで入手したモバイルバッテリーは殆ど残量が空になってしまったが、竜樹が持っていたものはソーラー式充電器で、お陰でどうにかスマホを使えている。
スマホの機能にいちいち驚かれ、解説しているうちに、ライオネルはかの地の文明の進み具合に興味を持ったようだった。
「タスクは博識だな。魔法使い共よりずっと優秀ではないか。適当に考えた補佐役というのも、それなりに説得力があるように思えてきた」
ライオネルは、ソファに座りスマホと睨めっこする佑を見て、何故か満足気にうんうんと頷いている。
魔法使いの立ち位置が佑にはよく分からなかったが、恐らく褒められているのではないかと思う。
「ルミールだとネットに繋がらないから、使える機能がだいぶ制限されてるんですよ、これでも。竜樹とデータのやり取りするのが精一杯だし。……でもまぁ、使えるものは使って、どうにかしますよ」
仕立て屋から届いた貴族風の衣装に身を包み、髪の毛をキッチリオールバックに固めると、急拵えのソルザック侯爵が出来上がった。袖口からはチラチラと、三連の石のブレスレットが見える。中身が平凡な銀行員だとは、傍目からは分からないだろう。
「小悪魔もマントを羽織れば王子になるとは、よく言ったものだな」
唸りながら情報を頭に叩き込んでいる佑の元に、リディアがやって来た。黒い魔女のドレス、髪は綺麗に編み込まれ、化粧もいつもの紫系ではなく、年頃の少女に似合うピンク色に統一されている。
「それって、馬子にも衣装的な?」
「よく分からんが、多分それだ」
悪戯っぽく頬を緩めるリディアに、佑は少しドキリとした。
「リディアさんは、お姫様みたいに見えますよ。お似合いです」
「お、お世辞は要らんぞッ!! こんな子ども染みた格好、恥ずかしいったら……」
佑は懐からスマホを取り出し、シャッターを切った。パシャッとライトが光ると、リディアは「目くらましかっ!!」と両手で顔を隠した。
「違いますよ。酷いな。レニにも見せてあげたくて。こんな可愛いリディアさんを見たら、レニはきっと惚れ直しますよ……!!」
「見せるって何だ!! 全く、その魔具で一体何種類の魔法が使えるのだ!!」
「あはは。魔法じゃないですって」
「どれどれタスク。私にも見せてくれ」
ライオネルはすっかりスマホの機能を理解して、画面を覗き込んできた。佑と一緒に写真を確認し、おおっと感嘆の声を上げる。
「素晴らしい。この肖像なら、妻にしたがる貴族も多いでしょう」
「ライオネル、それじゃあ俺がレニに怒られますよ。ずっと独り身で、リディアさんを待ってるんですから」
「そうだったそうだった。薬師レニはガリム公国でも有名だからな。余計なことをしたのでは、何かあった時、助けて貰えなくなってしまう。ここはレニに譲るとしよう」
「なんの話をしているのだ……。男共は全く、幾つになってもしょうもない……」
リディアは呆れ顔だった。
が、いつもとは違って、ニヤニヤと嬉しそうに見える。
「後でちゃんとした写真も撮りましょう。こんな格好、結婚式以来だし。いい思い出になります」
「セリーナとの結婚式か。さぞや綺麗だったろう……」
「綺麗でしたよ。……写真、クラウドに上げてるから、ここじゃ見れないな。残念。本体に保存しとけば良かった……」
固めた髪を撫で付けながら、佑はふぅとため息をついた。
本当に、綺麗だったのだ。あの日の紗良は。
まるでおとぎ話の世界から出てきたみたいに、純白のウエディングドレスを着こなして、柔らかく微笑んでいた。あまりの美しさに、参列者みんなが息を呑んだ。
「親に反対されながらも、きちんと式は挙げたのか?」
ライオネルに聞かれ、佑はそうですと頷いた。
「金もなかったので、式というか簡略的な披露宴というか、その程度でしたけど。母にはどうにか参列して貰いました」
「お母さんは確か、君の実家では……」
「母は……、大家さん通じて、俺に内緒で紗良と会ってたんです。色々と話をして、こっそりやり取りしてたとかで。母には、自由がなかったのに……」
幼い頃から家族に虐げられる母の姿を見ていた話をしたとき、ライオネルはとても悲しそうにしていた。
佑は言いづらそうに、口元を歪ませた。
「……母だけには、見せたくて。普段着でも大丈夫なように、簡単なパーティにしたんです。あの日母は医者に行くって誤魔化して来たって言うんですよ。度肝を抜かれました。母親って、凄いですよね。どこにあんな度胸があったのかと」
立場の弱い母が、その日はとても満足そうで、帰宅後を気遣った佑に『心配要らないよ。おめでとう』と満面の笑みを見せたのを思い出す。
手土産を持たせることも出来なかったのに。
「女はいつだって強いですよ。セリーナ然り、ロザリーも、リディア殿も然り。大切なものの為に、とんでもないことを平気でやらかすんです。追い詰められたら、小さな身体で命だって張るんだから、敵いませんよ」
ロザリーも……、姉への縁談を引き受けた。ライオネルの愛が姉に向けられていると知っていたはずなのに、それでも、アラガルドの為にとガリム公国に嫁いだのだ。
「……ですね」
佑は在りし日の紗良のことを思い出し、ギュッと手を握り締めた。




