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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【9】アラガルド王国へ

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8. 鮮明に

 アラガルド王国精霊祭まであと五日。

 嵐の前の静けさとも言うべき、ゆったりとした時間を佑達は過ごしていた。

 日に日に春の陽射しは暖かさを増して、ガリム公国へ辿り着いたあの日にはあちこち雪で覆われていたのが嘘のように消えかかっている。路肩や小路の隅、日陰に白いものが残る程度で、茶色い土の上にも若干の緑が見え始めていた。

 竜樹に遅れること何日か。佑も数日前から兵舎で剣を習い始めた。まともに運動したのは学生以来。鈍り切った身体がミシミシと音を立てるくらいには運動不足で、何度か竜樹に笑われた。


「もう少し運動しとくんだったなぁ……。筋肉痛で死にそうだ……」


 それでも、動かしているうちにどんどんコツが分かってきて、少しは早く剣を振れるようになった気がする。

 汗だくになるのも悪くない。


「伯父上は筋が良いですよ」

「あ、ありがとう……」


 レナードは優しく声を掛けてくれるが、どうしてもお世辞に聞こえてしまうのは、伯父上だなんて仰々しい呼ばれ方をしているからに違いない。


「でも、このまま実戦に突入したら直ぐに死ぬ自信しかないな……」

「父さん、そんな自信要らないから……」


 竜樹の乾いた笑いにも慣れてきた。

 喋ることを喋ってからは、だいぶ親子の距離は縮んできた気がする。

 竜樹はどう思っているのか分からないが、佑はこのやり取りを楽しんでいる節があった。


「竜樹みたいに石の精霊の声が聞こえたり、魔法が使えたりしたら違うんだろうけどな……。かの地の人間だからか、何も変化がない。どうやったら魔法を使ったり、精霊が見えたりするようになるんだ……?」


 佑は袖を捲り、左腕のブレスレットを眺めた。エナの町で入手した橄欖石(ペリドット)は、いつ見ても美しく輝いている。宝石屋はやたらと佑を褒めたが、その割にこれと言って兆候がない。

 殆どの人間に精霊は見えないとも言っていたが、せめて魔法が使えたなら、もしもの時に役に立てるかも知れないのだ。


「父さんとこの精霊も、だいぶ父さんのこと、信頼してるみたいだよ?」


 額の汗を手で拭い取りながら、竜樹は急にそんなことを言い出した。


「……え? 橄欖石(ペリドット)の精霊が見えるのか?」

「いや。父さんとこの精霊は見えないけど、俺んとこの精霊達がそう言ってる」

「へ、へぇ……」


 全く、さっぱり意味が分からない。

 けれど、もしそれが本当なら……、とても喜ばしい事だと佑は思った。






 *






 精霊祭までの間、護衛を付ければ街まで出ても良いと許可を貰う。

 リディアはミランダと、難しい魔法関係の話をしている間、佑はスキアと竜樹を連れ、街に繰り出していた。

 仕立屋から普段使いの服と靴が届くこと。それが、外出許可の条件になっていた。


「服だけでもルミールのものになると、だいぶ目立たなくなりますね」


 同行してくれるのは衛兵のトッドとダーレン。まだ二十代の若者二人である。

 服を着替えて上機嫌の佑に、二人はそうですねと社交辞令的な相づちを打ってきた。


「だからと言って、目立った行動はやめてくださいよ。殿下に叱られます」


 トッドの忠告に、佑は「十分気を付けるよ」と苦笑いした。

 リディアからはたんまり軍資金を貰っている。市場でスキアの肉を多めに買うように言われたのと、あとは何か美味い食べ物を幾つか買ってこいとのことだった。その他は自由にしていいらしい。


「そういえばさ、父さん。エナの町で服屋さんとかじっくり見た?」

「いや……、必要最低限しか見てなかったからなぁ……。防具屋の隅にある服は見たけど」

「そういうんじゃなくて、紳士服とか婦人服とか。ちょっと値段が張るような服だと、袖や襟の部分に刺繍がしてあることが多いんだけど、母さんの刺繍に模様がちょっと似てて。――ほら、ロザリー叔母さんのドレスとかケープなんかも、結構細かい刺繍がしてあるじゃん。母さんの刺繍、ルミールで良く使われてる模様を使ってたんだよ!」


 竜樹は声を弾ませ、人差し指を空に突き立ててくるんくるんと宙に円を描いていた。

 ルミールは母の故郷。

 彼女の生きた証が、あちらこちらで見つかるのだ。


「竜樹は紗良の刺繍、好きだったもんな」

「うん。友達の母さんとか姉ちゃんが、母さんの刺繍の入ったバッグやハンカチ持ってるの、すんげぇ嬉しかった。『それ、俺の母さんの刺繍だよ』って、自慢しまくった」

「丁寧な仕事だった」

「――あ、そうそう。日記に、マフラーがどうのって書いてあった。あれって、白とグレーの……」

「それ。手編みに見えないだろ。ずっと大切にしてたんだ。年代物だぞ?」


 佑は紗良の編んだマフラーを通勤時に首に巻いていた。

 竜樹を追って飛び出したときは、軽作業用のネックウォーマーだった。


「網目模様、ルミールに来てからよく見るのと一緒だった」

「分かる。紗良はずっと、刺繍や編み物をしながら、ルミールのことを思い出してたんだ」


 例えば紗良がよく作っていた焼き菓子や、煮込み料理。香草、香辛料。

 聞いたことのない不思議な旋律の歌、昔話。

 街のあちこちで見かけるもの、聞こえるもの――……、色々なものが紗良との思い出をどんどん鮮明にしていく。


「ナッツ、見ても良い?」


 様々な種類の木の実が山積みになった一角に来ると、竜樹は吸い込まれるように近付いていった。


「向こうのとはちょっと違うけど、似てるの多いね。これなんか見て。カシューナッツみたい」

「クルミみたいなのもあるな」

「こっちは栗でしょ。あ、ピーナッツもある」


 ナッツ類も、よく紗良がシリアルと一緒に出してくれた。


「これ、全種類少しずつ買うって……、アリ?」

「良いと思うよ。軍資金、たんまり貰ったし」


 佑が言うと、竜樹は満面の笑みを浮かべ、早速店主に頼んでいた。

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