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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【9】アラガルド王国へ

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7. 同じ

 四月半ばのことだった。

 紗良が高校を卒業したら結婚したいと、ずっとそういう話をしていて……、壁になったのが佑自身の過去のこと。

 自分の家族がどんななのか、言うに言えずに年数だけが過ぎていって、気付けば紗良と実家を訪れていた。

 言えなかった。

 偏った考えでしか動けない、旧時代の化石みたいな祖父母と、言いなりの父。虐げられて何も言えぬ母。家族だなんて軽々しく紹介したくない。……だからずっと、隠してきた。

 きっと紗良もショックを受けたに違いない。

 実家から河川敷まで、紗良は無言だった。佑の手首を無理やり引っ張って、勢いだけでずんずん進んだ。

 河川敷には桜並木。青い空の下に、優しいピンク色がよく映えた。

 川面が見えるところまで来ると、紗良はようやく、足を止めた。


『あぁ……!! 怖かったぁ!!』


紗良はそのまま草地にへたり込み、気の抜けたような声を出した。

 佑はキョトンとして、そのまま立ち尽くした。


『久しぶりに、ドキドキしちゃった。――ごめんね、佑。もっと佑の話、聞いとくべきだった……』


 そのまま膝を抱え、頭を沈める紗良の背中は、僅かに震えていた。


『勝手に……、酷いこと、しちゃった。家族は大切だって、勝手に思い込んでた。佑がどうしてこんなに優しいのか、どうして何も聞かないのか……、今、気付いた。遅い……、よね……。私……、佑の何を……、見てたんだろう……』


 長い麦藁色の髪が風に揺れた。

 佑はよろよろと足を引き摺って、紗良の隣に腰を下ろした。


『……太郎右衛門(たろえん)の佑君』

『――え?』

『子どもの頃、俺はずっと、“太郎右衛門の佑君”だった。太郎右衛門ってのが家の名前で。俺は、そこんちの跡取りでしかなかった。良い子にしないと……、怒られたし、叩かれた。逃げたかった。自由になりたかった。……普通の子どもと同じように、たくさん遊びたかった。俺は……、ただの、“佑”になりたかった』


 佑を見つめる紗良の目には、涙がたくさん溢れている。

 口元が歪むと、堪えきれなくなった涙が、ポロポロと紗良の頬を伝い始めた。


『幻滅……したよね。これから夫になろうとしてる奴が、こんなに情けないなんて。紗良に言われてハッとしたよ。そうか……、俺、奴隷だったんだって。ストンと腑に落ちた。自由もない、発言権もない、(なじ)られ、貶され……、それが嫌だから、必死に良い子を演じ続けた。逃げて……、良かったのかも知れないって、今日初めて、ちょっとだけ……思えた』


 情けなさ過ぎて、乾いた笑いしか零れなかった。

 釣り合わないと思った。

 一生懸命、新しい環境と戦ってきた紗良とは、釣り合いそうにない。


『ううん。大丈夫。逃げてきたのは……、私も同じ』


 紗良が突然変なことを言い出して、佑は耳を疑った。

 逃げてきた……? やっぱり紗良は、何か隠して。


『逃げなくちゃ、生きていけなかったんだもの。逃げたから、出会えたんだもの。……辛かったでしょ。我慢、したんでしょ……?』


 大粒の涙をたくさん零し、青玉(サファイア)のような瞳が潤んでいる。

 それは決して憐れみからではなくて――、同じような悲しみ、苦しみを知っているからこその共感に思えた。

 紗良、君は。

 そこまで出かかった言葉を、佑はグッと飲み込んで、掻き消した。


『大丈夫よ。今までいっぱい、我慢したんだもの。今度は目一杯、幸せにならなくちゃ』


 紗良の、満面の笑顔。

 佑はそのまま、ギュッと、更に抱きついた。






 ◇






 ボタボタと流れる涙を、佑は何度も手のひらで拭った。

 止めどなく涙が出てくるのは、思い出の中で紗良があまりに綺麗だったからに違いない。


「……すみません。涙腺、弱くて」


 ハンカチを取り出し、目元と鼻を拭き取って、佑は力なく笑った。


「丁度、桜が満開の頃で。だけどあの界隈は、観光地でもないから、人がいなかったのが幸いでした。今みたいに、いっぱい泣いてしまって。紗良は、俺の境遇を知っても態度を変えなかった。それが凄く嬉しくて。――同時に、秘密を晒すことに対して、凄く、恐怖を感じました。俺の過去なんてたかが知れてるわけですけど、その俺でさえ、恐怖で取り乱して、泣き喚いてしまった。紗良も何か隠し事をしているって、最初からそんな予感の上で声を掛けたんです。もう絶対に、紗良の秘密を知りたいなんて思わない、思うことをやめようと……その時、固く誓いました」

「……それで、死ぬまで一度も聞かなかった」


 と、ライオネル。


「聞きませんでした。あの日、河川敷で紗良は少し葛藤していたようです。だけど俺は、首を横に振りました。言わなくて良い、言うなって」

「世の中の大半の人は、隠し事はよくない、言うべきだって思ってるはずよ? それでもタスクは、姉様に何も聞かなかったのね」


 ロザリーは驚いたように言ってきた。

 タスクはハンカチをギュッと握り締め、そうですと頷いた。


「お陰で、竜樹には迷惑を掛けてしまいましたけどね。あいつ、出ていくときに『今更遅いんだ、聞く気もなかったくせに』って、凄い顔をして言ったんです。昨日の話を聞く限り、竜樹はずっと俺と話をしたがっていた。追い詰めたのは、俺です。話すに話せない状況を作ってしまった。……本当に、難しい。何が正解だったのか、今考えても答えは出ません」


 ため息をつき、佑は頭をグシャグシャと掻いた。

 あの時、ぼうっとして話をまともに聞くことが出来なかった佑に、竜樹は幻滅していたに違いない。

 二つの世界が繋がる万に一つの機会なのに、一から説明している余裕もなかったはずだ。

 早く行かなければ。しかし、そのまま出て行くことも出来ない。

 その中で『言いたいことがあるなら、言ってくれれば良かったのに』だなんて言葉が聞こえてきたら……、竜樹でなくても激高したはずだ。


「難しいです。……こと、親子に関しては」


 幼少期、まともな親子関係になかった自分を思うと、どうしたら良いのか迷いが生じるのは確かなのだ。


「大丈夫ですよ。リュウは良い子だ。そしてタスク、あなたもよい人だ。あなたとリュウの関係は、あなたとご両親の関係とは違う。胸を張ってください」


 自信をなくしそうな佑に、ライオネルは優しく声を掛けた。


「……そう仰って頂けると、救われます」


 窓からの日射しのように暖かく心地よい言葉に、佑は頬を綻ばせ、長く、息をついた。


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