5. 紗良の青春
「姉様は、ずっと針仕事をなさっていたの?」
お茶でひと息つく佑に、ロザリーが訊ねてきた。
出される度にフレーバーを変えるのか、前日とは違った花の香りが鼻を抜けていく。
「いや、そういう訳じゃないですよ。ある程度読み書き出来るようになったのもあって、翌年の春からは、高校に通い始めたんです」
「コウコウ……?」
聞き慣れない言葉に、みんな首を傾げている。
「学校です。……勉強するところ。この世界にはないですかね? 同じ年頃の少年少女が集まって、色んな勉強をする施設なんですけど。……あれ?」
キョトンとしている三人に、佑は目をぱちくりさせた。
「ライオネルは聞いたこと、あるか?」
「……いいえ。リディア殿もご存知ないとなると、そういう施設はルミールには存在しないかも知れませんね」
「学校って言うのはつまりですね……、身分や貧富の差関係なく、子ども達を一箇所に集めて、何年もかけて色んな勉強や経験をさせるんです。高校は、だいたい十六から十八くらいの子達が通う施設で、紗良は標準より一年遅れて入学しました」
「それぞれに教育係を付けるのではなく、皆で習いごとや勉学に励むような感じなのかしら。刺繍とか、お料理とか、ダンスとか……、読み書きや歴史を学んだり……?」
ロザリーは、自分の中にある常識の中から必死に正解を探そうとしているようだ。
「そうですね。勿論そういうのもやりますけど、主に座学をやる感じですね。世の中の仕組みや、これから生きていくために必要な知識を覚えるんです。あとは、身体を動かしたり、大勢で何かイベントをやってみたり」
「まぁ! 面白そうね。身分関係なくということは、貴族も平民と一緒に過ごすのでしょう? 姉様は大丈夫だったのかしら」
「俺も心配したんですけど、案外上手くやってたみたいで。友達もたくさん作っていましたし、学業成績も優秀だったようです。優雅で素敵だと、学校でも人気みたいでしたよ」
「姉様らしいわ。皆に愛されていたのね」
「ですね。しょっちゅう告白されてました。その度に『断るのが大変だった』って、よくぼやかれましたよ」
「……告白?」
と、ロザリーが目を見開いた。
「そうです。綺麗ですから、男子は放っとかないですよ。俺、いつ紗良を取られるかとヒヤヒヤしっぱなしで。紗良が俺をずっと好きでいてくれるの、奇跡みたいに感じてました」
「コウコウ……には、男もいたのか?」
とライオネル。
「はい。男女共学ですから」
「た……、タスクお前、良くもセリーナをそんなところに平気で……!!」
リディアまで驚いている。
「あれ……? 女子校なんて一度も言ってないですけど。どうしました?」
「どうしましたじゃないぞ、タスク。かの地の人間は何を考えているのかサッパリ分からんな……。なんて恐ろしいことを……!!」
まさかそんなところで驚かれるとは。
佑は思わず苦笑いした。
「何言ってるんですか、リディアさん。学校は勉強しに行くところですよ。紗良はとても充実した日々を送ったみたいで、満足げでしたし。心配しなくても大丈夫ですよ。かの地では当たり前のことです」
頭を抱えるリディアを見て、タスクは改めて文化の違いを思い知らされた。
紗良は、これだけの違いを必死に乗り越えてきた。それだけでもう、彼女には敵わなかったのだ。
「……それで? コウコウに行った後は、どうしたの?」
気を取り直し、ロザリーが訊ねてくる。
「高校を卒業したのが、十九の時で。俺も二十歳を過ぎて成人していたので、そのまま結婚することにしました」
佑は更に話を続けた。
かの地に紗良が迷い込んでから四年……、あまり思い出したくはないが、話さずにはいられない話。
とても大切で、とても辛かった一日。誰にも話したことのない話――……。
「一般的には、結婚って、皆に祝福されることだと思うんですよ。これから幸せになりますって覚悟を、形にする行為ですから。……だけど俺は、家族とは全然上手く行ってなかった。仕事を始めてから先、実家には一度も戻らなかったのも、戻ったら最後、また自由を奪われるのじゃないかという恐怖心が先に立ったからです。普段は気にせず過ごせていても、思い出すと震えが来ますし、なるべく考えないようにしたい存在。――それが、俺にとっての家族でした」
農家に生まれたこと、跡を継げなかったこと、よい思い出がなかったことを、ライオネルとロザリーには、過去の話の一部としてさらりと伝えていた。
だからこそ、結婚の話と一緒にその話に入った途端、皆の顔が一様に曇りだした。
「二十歳を過ぎれば成人です。親の許可が要らなくなる。だから、俺は実家に走らせないで結婚しようと思ったんです。……紗良は、そんな俺を止めました。『ちゃんと家族に報告して』って。紗良にとっての家族がどんなか、当然その頃は何も知らなかった。記憶がないのか事情があるのか、何も話さない彼女のバックグラウンドなんか知らないですから、俺は思わず、『嫌だ』と反論したんですね。そしたら紗良は、いつになく怖い顔をして、『絶対にダメ。家族に私を紹介して。私達二人で幸せになるって、ちゃんと佑の口から宣言して』って言ったんです」
佑の目線は次第に下を向いた。
声のトーンも、どんどん低くなった。
「久しぶりに、実家に行くことになりました。家が見えてくると、それだけでもう、動悸が激しくなって。……昔のことを、思い出したんだと思います。顔色が悪くなって、足が震えるのを、紗良は支えてくれました。先に連絡を入れていれば良かったんですけど、それすら怖くて出来なくて。休みの日なら家に居るかもと、休日の昼間目掛けて、二人で行きました。出迎えてくれたのは、母でした。俺が最後に見た日より、年老いて見えました。母は静かに笑って家に入れてくれました。茶の間に通されて、親父や祖父母が目の前に現れると、もう、ガタガタと震えが止まらなくなって、吐き気がしてくるんですよね。けれどどうにか踏ん張って、青い顔をしたまま両手と頭を畳に付いて、『結婚します。二人で幸せになります。家は継ぎませんから許してください』って、言ったんです」




