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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【9】アラガルド王国へ

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4. 姉様の刺繍

 春めいた陽射しが眩しい朝。

 いびきのうるささを竜樹に指摘されるくらいに、佑は久々にぐっすりと眠った。ルミールに来てから、あまりにも色んなことがあり過ぎてぐちゃぐちゃだった頭も、十分な睡眠で幾分か冴えた。

 直ぐに帰れないことに対する多少の諦めと、ライオネル始め公国側の協力体制に安心したのだと佑は思う。


「リュウ!! 遊ぼ!!」


 朝食を終えると直ぐに、スキアがリディアと一緒に部屋を訪ねてきた。

 いつの間に仲良くなったのか、スキアは中に入るなり、竜樹の周りをぐるぐる回ってねだってくる。


「遊んでもいいけど、これから兵舎に行くんだよ」

「へーしゃ?」

「レナードとカイルと一緒に、衛兵達に剣の稽古つけて貰うことになってるんだ。それでもいいなら来る?」

「いいよ! 面白そうだから付いてく!!」


 エナの町で入手したという竜樹の剣は、佑のそれより立派だった。

 まだまともに剣を振ることすら出来ない佑は、息子の行動力と思い切りの良さに目をしばたたかせた。

 全く、こういうところは紗良に似たのだ。


「邪魔するなと言ったが聞かなくてね」


 リディアはぼやいたが、いつになく穏やかな顔をしている。


「良いじゃないですか。元気があって何より。それに、子どもは遊ぶものですよ」


 大狼の姿になれば巨大なスキアも、まだまだ子どもなのだ。子どもに遊ぶのを我慢しろというのは酷だ。しかも、何日も何日も、大人二人を背に乗せて走り通しだった。好きにさせてあげるべきだと思う。


「じゃあ、行ってきます。スキア、行くよ」

「うん!」


 二人が出て行くのを見送ってから、リディアは佑に部屋を出ろと合図した。


「ライオネルとロザリーが、セリーナの話を聞きたがっている。丁度邪魔者も消えたことだし、少し話さないか」

「分かりました」


 断る理由もない。

 佑は軽い足取りで、リディアと共に部屋を出た。






 *






「姉様が刺繍を続けてらっしゃったなんて、嬉しいわ!」


 出会いから、手芸店の話までひとしきりしたところで、ロザリーが感激の声を上げた。

 柔らかく光が差し込む談話室。豪奢な家具や装飾品に囲まれ、お茶を頂きながら、佑は大公夫妻に求められるままに、過去の話をした。

 天井までの大きな窓が外の光を目一杯取り入れているのもあって、室内はかなり明るい。時折強くなる日差しに目をしばたたかせながら、佑は話を続けた。

 静かに聞き入る二人には、本当に心を癒やされる。


「これが……、紗良の作品です。凄く丁寧で、評判だったんです。個展も開かせて貰ったりして、本当に順風満帆で」


 スマホに保存していた写真を見せると、二人は目を輝かせた。


「ああ! 姉様の模様だわ!! 見て、ライオネル。この花模様、姉様独特の……!!」

「これは素晴らしい。私も昔、セリーナに刺繍入りのハンカチを頂いたことがあって……。手先の器用な方でした」


 刺繍や裁縫が好きだったという話をすると、二人は前のめりになって話を聞いてくれた。

 どうやらこの世界で、裁縫は身分にかかわらず女性の仕事であり、趣味であるらしい。

 特に刺繍は高貴な女性の間で広く親しまれ、それぞれに、自分だけの模様を持っているのだという。


「紗良は……、殆ど自分のことは喋りませんでしたが、刺繍は特に好きで、一生懸命に模様の説明をしてくれました。蔦や花の模様、レースのパターン、用途や行事に合わせた模様の組み合わせ。俺は全然分からないので、ただ頷いて聞いていました」


 いつの間にか佑も二人と打ち解けて、人称も“私”から“俺”に戻っている。

 昨日出会ったばかりなのに、もうずっと、親戚付き合いをしてきたみたいな居心地の良さだ。


「言葉に、文字に。……姉様は凄いわ。私ならきっと途中で諦めてしまうもの」


 ロザリーはそう言って、ふぅとため息をついた。


「不思議なんですけど、言葉は……、分かるんですよね。俺、日本語喋ってるつもりだし、聞こえてるのも日本語なんです。でも、皆さんには俺の言葉がルミールの言葉に聞こえてるんですよね。その辺、よく分からなくて。ただ、文字は、やっぱり読めないし書けない。何かからくりがあるのかなと」

「精霊王の加護の力かも知れんな」


 と、リディア。


「ルミールに言語が一つしか存在しないのは、精霊王が会話によって和平を為すようにと、異なる言語を許さなかったからだと聞いたことがある。もしその加護がセリーナにも働いていたなら、かの地でも言葉には困らなかったのではないかと」


 精霊王の加護。

 リディアの説明でもピンとは来ないが、要するに、何か大きな力が働いて、言葉の不自由がなくなっていることなのだろうか。


「勉強好きで、真面目な姉様でなければ、かの地では耐えられなかったかも知れないわね。そして……、タスクがとても良い人だったから、きっと姉様は頑張れたのだわ」


 ロザリーの言葉に、救われる。

 佑は嬉しくなって、頬を緩ませた。


「本当に、俺には勿体ないくらい、素敵な女性でした。不幸な出来事がなければ、出会えなかったのだと思うと複雑ですけど……、それでも、出会えて良かったと思っています」

「人間の運命など、どこでどう繋がっていくのか分からない。出会ったのがタスクで良かった」


 ライオネルもまた、佑を励ますように声を掛けた。

 何かが一つでも違えば、出会うことのなかった人々。

 そう思うと、佑は何だか不思議な心地がしてしまうのだった。

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