4. 姉様の刺繍
春めいた陽射しが眩しい朝。
いびきのうるささを竜樹に指摘されるくらいに、佑は久々にぐっすりと眠った。ルミールに来てから、あまりにも色んなことがあり過ぎてぐちゃぐちゃだった頭も、十分な睡眠で幾分か冴えた。
直ぐに帰れないことに対する多少の諦めと、ライオネル始め公国側の協力体制に安心したのだと佑は思う。
「リュウ!! 遊ぼ!!」
朝食を終えると直ぐに、スキアがリディアと一緒に部屋を訪ねてきた。
いつの間に仲良くなったのか、スキアは中に入るなり、竜樹の周りをぐるぐる回ってねだってくる。
「遊んでもいいけど、これから兵舎に行くんだよ」
「へーしゃ?」
「レナードとカイルと一緒に、衛兵達に剣の稽古つけて貰うことになってるんだ。それでもいいなら来る?」
「いいよ! 面白そうだから付いてく!!」
エナの町で入手したという竜樹の剣は、佑のそれより立派だった。
まだまともに剣を振ることすら出来ない佑は、息子の行動力と思い切りの良さに目をしばたたかせた。
全く、こういうところは紗良に似たのだ。
「邪魔するなと言ったが聞かなくてね」
リディアはぼやいたが、いつになく穏やかな顔をしている。
「良いじゃないですか。元気があって何より。それに、子どもは遊ぶものですよ」
大狼の姿になれば巨大なスキアも、まだまだ子どもなのだ。子どもに遊ぶのを我慢しろというのは酷だ。しかも、何日も何日も、大人二人を背に乗せて走り通しだった。好きにさせてあげるべきだと思う。
「じゃあ、行ってきます。スキア、行くよ」
「うん!」
二人が出て行くのを見送ってから、リディアは佑に部屋を出ろと合図した。
「ライオネルとロザリーが、セリーナの話を聞きたがっている。丁度邪魔者も消えたことだし、少し話さないか」
「分かりました」
断る理由もない。
佑は軽い足取りで、リディアと共に部屋を出た。
*
「姉様が刺繍を続けてらっしゃったなんて、嬉しいわ!」
出会いから、手芸店の話までひとしきりしたところで、ロザリーが感激の声を上げた。
柔らかく光が差し込む談話室。豪奢な家具や装飾品に囲まれ、お茶を頂きながら、佑は大公夫妻に求められるままに、過去の話をした。
天井までの大きな窓が外の光を目一杯取り入れているのもあって、室内はかなり明るい。時折強くなる日差しに目をしばたたかせながら、佑は話を続けた。
静かに聞き入る二人には、本当に心を癒やされる。
「これが……、紗良の作品です。凄く丁寧で、評判だったんです。個展も開かせて貰ったりして、本当に順風満帆で」
スマホに保存していた写真を見せると、二人は目を輝かせた。
「ああ! 姉様の模様だわ!! 見て、ライオネル。この花模様、姉様独特の……!!」
「これは素晴らしい。私も昔、セリーナに刺繍入りのハンカチを頂いたことがあって……。手先の器用な方でした」
刺繍や裁縫が好きだったという話をすると、二人は前のめりになって話を聞いてくれた。
どうやらこの世界で、裁縫は身分にかかわらず女性の仕事であり、趣味であるらしい。
特に刺繍は高貴な女性の間で広く親しまれ、それぞれに、自分だけの模様を持っているのだという。
「紗良は……、殆ど自分のことは喋りませんでしたが、刺繍は特に好きで、一生懸命に模様の説明をしてくれました。蔦や花の模様、レースのパターン、用途や行事に合わせた模様の組み合わせ。俺は全然分からないので、ただ頷いて聞いていました」
いつの間にか佑も二人と打ち解けて、人称も“私”から“俺”に戻っている。
昨日出会ったばかりなのに、もうずっと、親戚付き合いをしてきたみたいな居心地の良さだ。
「言葉に、文字に。……姉様は凄いわ。私ならきっと途中で諦めてしまうもの」
ロザリーはそう言って、ふぅとため息をついた。
「不思議なんですけど、言葉は……、分かるんですよね。俺、日本語喋ってるつもりだし、聞こえてるのも日本語なんです。でも、皆さんには俺の言葉がルミールの言葉に聞こえてるんですよね。その辺、よく分からなくて。ただ、文字は、やっぱり読めないし書けない。何かからくりがあるのかなと」
「精霊王の加護の力かも知れんな」
と、リディア。
「ルミールに言語が一つしか存在しないのは、精霊王が会話によって和平を為すようにと、異なる言語を許さなかったからだと聞いたことがある。もしその加護がセリーナにも働いていたなら、かの地でも言葉には困らなかったのではないかと」
精霊王の加護。
リディアの説明でもピンとは来ないが、要するに、何か大きな力が働いて、言葉の不自由がなくなっていることなのだろうか。
「勉強好きで、真面目な姉様でなければ、かの地では耐えられなかったかも知れないわね。そして……、タスクがとても良い人だったから、きっと姉様は頑張れたのだわ」
ロザリーの言葉に、救われる。
佑は嬉しくなって、頬を緩ませた。
「本当に、俺には勿体ないくらい、素敵な女性でした。不幸な出来事がなければ、出会えなかったのだと思うと複雑ですけど……、それでも、出会えて良かったと思っています」
「人間の運命など、どこでどう繋がっていくのか分からない。出会ったのがタスクで良かった」
ライオネルもまた、佑を励ますように声を掛けた。
何かが一つでも違えば、出会うことのなかった人々。
そう思うと、佑は何だか不思議な心地がしてしまうのだった。




