3. 仕立屋
「父さん、こちらがレナードとカイル」
夕方、部屋を訪ねてきた二人を、竜樹は佑に紹介した。
二人ともライオネルに似た赤い髪をしていて、目鼻立ちも整っていた。身なりも仕草も、如何にも王子という精悍さだ。
「伯父上、お初にお目にかかります」
「初めまして、よろしくお願いします」
きちんと礼をする二人に、佑はどうしたら良いのか分からず、すっかり狼狽えてしまった。
「あああ……、ええと……、こ、こちらこそ……よろしくお願いします……。竜樹の、父です……」
背筋をピンと伸ばして、消え入るように自己紹介するのが精一杯。
それでも二人は佑を笑うことなく、にこやかに構えている。
育ちのいい……というのは、こうした所作のひとつひとつに表れるのかと、佑は目を丸くした。
「二人とも、この時間まで兵舎で鍛錬してるんだ。夕食までの自由時間、一緒に過ごす約束だから、ちょっと行ってくるね」
「え? あ……、あぁ」
年齢が近いこともあって、打ち解けやすかったのかも知れないが、それにしては随分馴染んでいる。
どこか羨ましさを感じながら、佑は竜樹を送り出した。
最初は長くても数日で解決するものだと思っていた……などと言ったら、リディアはきっと怒るだろう。エナの町で支度をしていたあの段階で、リディアは数週間程度の旅を想定していたはずだ。
佑は旅を軽く見積もっていた。直ぐに解決すると信じていた。だから、長靴もダウンジャケットもそのままで、ルミールの中ではどうしても浮いてしまう。
一方で竜樹は……、エナの町の段階で装備をしっかり整えている。馬もそうだが、上から下まで服装をルミールのそれに合わせ、すっかり世界に馴染んでいるのだ。
何も知らずに迷い込んだ佑とは違い、自ら選んだ竜樹が準備万端で旅に臨んでいるのは、当然と言えば当然だ。
例えようのない居心地の悪さに、深くため息をついていると、ふいにノック音が聞こえた。
扉の向こうにいたのはリディアだった。
「ちょっと身体を貸せ」
「は……、はぁ……」
有無を言わせぬ迫力に、佑は渋々とついて行く。
大きな窓と太い柱の並ぶ廊下に、カポカポと長靴の鳴る高い音が響いた。
「ライオネルの計らいでな、仕立屋を呼んだそうだ。お前の服と靴を用立ててくれるらしい」
「エッ……!! そんな、仕立屋だなんて」
「精霊祭に行くのに、その格好は目立ち過ぎる。相応しい服を用立ててくれるそうだから、遠慮なく仕立てて貰え」
「け、けど、仕立屋に頼むってことは、それなりのお値段が……」
「公国で金を出すそうだから、遠慮するな」
遠慮するなと言われても、簡単にそうですかとは言いづらい。
しかしリディアはそんな佑の気持ちなんかお構いなしに、ズンズン廊下を進んで行く。
「十日もあれば、余裕で服も靴も仕立てられるだろう。公国の一行としてアラガルドに潜入するためにも、仕立てて貰うべきだ」
「なるほど、そういう……」
「旅するだけならばいいんだがな。明らかにかの地から来たていで王国入りする訳にはいかんだろう。少なくとも、トビアスとアーネストは、セリーナがかの地に逃れたことを知っている可能性が高い。縁者と知れれば、お前の命が危険に晒される。――それとも何か? 王国入りを諦めて、ここで待つか? リュウは行く気満々のようだが、お前はほぼ部外者だ。待つつもりなら、仕立屋は断るが?」
そこまで言われると、言い返せない。
佑は納得しないまま、リディアの後を追った。
*
巻尺が何度も身体を行ったり来たりするのを、佑は目で追った。
仕立屋は片眼鏡の男で、さほど長くない黒髪をしっかりと後ろに結んで固めている。測ってはメモを取り、また測ってはメモを取る様子は、まるで計算されたように、無駄のない動きに見えた。
「ふむ。まぁ、凡そ必要な箇所は測りました。あとは生地と仕様をどうするかですが……。殿下、どう致しましょう」
仕立屋が尋ねるのは佑ではなく、同席したライオネルだった。
先程より幾分か態度を崩したライオネルは、佑の身体を頭の先から足元までじっと眺め、うぅんと唸った。
「……そうだな。如何にも爵位の高い貴族風のものをひとつ。あとは着回しの効く普段用を数着頼む」
「――き、貴族風?!」
シャツのボタンを留めながら佑が言うと、さも当然そうに、ライオネルが頷いた。
「当然でしょう。タスクは我が義兄。爵位があって然るべきだと思っています。どんなに低く見積もっても、侯爵か伯爵か……」
「いやいやいやいや……!! 待ってください! 俺は百姓の出で、そういうのはちょっと……!!」
「あ、靴も二足。ブーツと革靴。大急ぎで」
「かしこまりました。では、先日同様、殿下が生地をお選びになりますか?」
「ああ、そうしよう。見本はあるか」
「はい、こちらに」
佑が慌てふためいている間に、ライオネルと仕立屋の間で話がどんどん進んでいく。
「あ、あの。ちょっと話が見えないんですけど、一体これは……」
「そうだ。何と言いましたか、タスクの姓は。ソォネ……、難しくてよく分からなかった」
「曽根崎ですけど……」
「ソォネザ……、うぅん。言い辛い」
またうぅんとライオネルが唸っていると、部屋の外からコンコンと激しくドアを叩く音。
「ライオネル。タスクの採寸はまだか」
廊下で待っていたリディアが痺れを切らしているようだ。
「今終わりました。少しお待ちください。――タスク、大急ぎで着替えて」
「あ、はい」
採寸のために脱いでいた服を手早く羽織り、急いで身なりを整える。
ある程度着替えたところで、ライオネルは廊下に閉め出していたリディアを室内へと引き入れた。
「リディア殿も、採寸なさいますか? 精霊祭用のドレスが必要でしょう」
「是非頼みたい」
「では明日にでも、ロザリーご贔屓の仕立屋をお呼びしましょう。せっかくです、お気に召すものを仕立てて王国へ乗り込もうではありませんか」
意気揚々とするライオネルとリディアに、佑は面食らってオロオロしてしまう。
確かに必要なものではあるのだろうが、それにしては……なかなかに仰々しい。流石は大公とでも言うべきか、金に糸目は付けず、徹底的で、大胆だ。
「……で、問題はタスクとリュウの姓をどう見繕うか、ですが。ソォネザキ……では、言い辛くて」
「ソルザック……なんてのはどうだ?」
リディアが言うと、ライオネルはオッと声を上げた。
「ソォネザキィ……が、私も言いづらくて。若干音は違うが、それならばこちらの人間としてごまかしも利くのではと……」
「流石はリディア殿。では、タスクは便宜上、タスク・ソルザック侯爵とでも名乗って頂きましょう。リュウはそのご子息、リディア殿はソルザック侯爵家の魔女という設定ではどうです」
「悪くはないな」
「有能な遠縁の侯爵家を呼び寄せ、領地運営の手助けをして貰っている……ということにすれば、一緒に王国入りしても多少のごまかしは利くのではないかと。今年の精霊祭は大規模で開催したいようですからね。近隣諸国からも大勢の人間が集まります。紛れ込んでしまえば、王家の関係者とは気付かれないのではないかと」
ライオネルはそう言って、いたずらっぽく笑うのだった。




