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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【9】アラガルド王国へ

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2. ミランダ

 人間と似て非なる者――魔女や魔法使いと呼ばれるそれは、古来畏れられ敬われてきた。

 長い寿命と驚異的な力は、人間の憧れであり、恐怖でもあったのだ。

 故に、王侯貴族は名のある魔女や魔法使いを侍らせ、その知恵と力を借りて政治や教育を行ってきた歴史がある。

 リディアも、そうして生き長らえた魔女の一人。アラガルド王国の王宮付魔女と言えば、ルミール最高位の栄誉であるが、リディアはそれを事もなげに剥奪され、追われ、遂には力を失って辺境の地へと追いやられた。


 清廉の魔女と謳われたリディアの失脚に、当時誰もが驚いた。

 アラガルドの王家に身も心も捧げた彼女が唆して、王女が王子に毒を盛るなど、絶対に有り得ない。そんなことは誰の目から見ても明らかだったのに、宰相アーネスト付きの魔法使いトビアスは、有り得ないという証拠を提示出来ないのであれば、罪は免れないとリディアを断罪したのだった。

 無実の証明は難しい。

 為す術もなく追われたリディアを、当時諸国の名だたる魔女や魔法使いが救おうとしたが、叶わなかった。トビアスという王国の鉄壁に阻まれて、為す術もなかったのだ。


「随分小さくなってしまったのね」


 黄土色の髪を揺らし、琥珀色の瞳をリディアに向けるのは、ガリム公国の宮殿付魔女ミランダ。肩を出した黒いドレスが、彼女の明るい髪を際立たせる。

 ミランダの部屋には魔女らしくおどろおどろしい小物の代わりに、植物や鳥の羽で作った綺麗な細工が壁に並ぶ。小さな鉢植えが所狭しと壁や棚、床に並び、それぞれに香しい植物が植えてある。

 冬の間は暖炉で暖めた部屋の中で植物を愛で、春には外へと出して日の光を浴びせる。王国でリディアがしていたのと同じような暮らしを、ミランダは好んで続けているようだ。


「もう二十年もこの姿なんだ。いい加減慣れたよ」


 床に屈み込み、鉢植えのハーブに手を伸ばして、リディアは言った。

 頭の中には、辺境の小屋に残してきた鉢植えと、雪の下で春が来るのを待つ庭のハーブが浮かんでいる。


「慣れてしまっていいことと、悪いことがあるじゃない。あの美しかったリディアはどこへ行ってしまったのかしら。……あの、絶大だった魔力を殆ど感じない。あなた、魔法はちゃんと使えてる?」


 暖炉の前、椅子に腰掛け、ミランダは目の前の少女と在りし日の魔女リディアの姿を頭の中で必死に重ね合わせていた。


「まぁ……、使えてる。簡単な魔法と呪いなら、不自由なく」

「簡単な……、ねぇ……」


 捲り上がった巻きスカートの下に、丈の短いパンツと、細く長い素足が見える。目の前の彼女は、果たしてあのリディアなのか。まるで大人になる前の、本当の少女のような格好ではないか。

 威厳もない、力もない。

 二つの世界を繋げた反動で……とリディアは言ったが、それにしてもこれはあんまりではないかと、ミランダはため息をついた。


「生きてアラガルドへ戻ろうとしていることは評価するわ。だけど、このまま向かうのは確かに無謀ね。殿下がご心配なさるわけだわ」

「ライオネルに言われずとも、無謀だと思っておるわ。……長い間辺境に身を置いていたのは、単に追っ手から逃れるためだけじゃない。要するに……、私はもう……、魔女としては半人前以下。このままではトビアスには勝てない。だから、身動きが取れなかったのだ……」

「そんなことだろうと思った」


 頭を抱えるミランダの顔を、リディアはなかなか見れなかった。


「タスクが現れ、王女の忘れ形見、リュウの存在を知った。私はもう、迷ってはいられないと思ったのだ。――たとえこの身が滅んでも、トビアスとアーネストには一泡吹かせたい。残っている魔力を全部使ったなら……、もしかしてと言うことも、あるかも知れんだろう?」


「ないわね。小娘程度の魔力では、トビアスには勝てないわ。張り巡らした魔法の網の間を掻い潜って、どうにかしてフィアメッタと連絡を取ろうとしたけれど、それも難しいくらい、トビアスの魔法は精度が高い。フィアメッタが内側から放つ魔法の(ふみ)と同じようなものを、私も彼女に送ろうと思ったの。けど、余程目の細かい網なのか、外部からの魔法は簡単に弾かれてしまう。彼女が気丈に魔法の(ふみ)を送り続けてくれるからこそ、無事が分かって、内情も知ることが出来るのよ。こんな状況で、私達に何が出来ると思うの……?」


 ミランダの言葉は重い。

 リディアは頭をガクンと落として深く息をつき、そのまま床に尻を付いた。膝を抱えて身体を小さく丸め、ぽつりと言う。


「……どうにかして力を取り戻せないかと思って、石の精霊にも願ったんだ」

「石の精霊に? 魔女の願いなんて聞いてくれなかったでしょう?」

「ああ、無理だった。人間の言葉は聞いてくれるのに、魔女の願いは聞かなかった。市場に行ったり、或いは冒険者の落とした宝石を拾い集めたりした。精霊は、力のない人間の代わりに願いを聞き、魔法を使うもの。……魔女は大人しく、自分でどうにかするが良いと、そういう風に言われた気がして」

「魔女なんてそんなものよ。あなた、どうして自分がルミール随一の魔女とまで言われるようになったか、考えてみたらどう?」

「え?」


 ミランダの言葉に、リディアは思わず顔を上げた。


「私もあなたも、かつては力のない魔女だった。けれど二人とも、国に仕えるまでに強くなれたじゃない。何があなたを強くしたのかしら。あなたから欠けたものは何? もう一度原点に戻ってみたら?」

「原点……?」

「私は、復活出来ると思うけど。そして、フィアメッタと共に、あの傲慢な宰相と魔法使いをアラガルド王国から追い払って貰いたいものだわ」


 それは決して、無責任に放たれた言葉ではないように思えた。


「復活……」


 リディアはミランダの言葉に、ゴクリと大きく唾を飲み込んだ。


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