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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【2】曽根崎紗良とセリーナ王女
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1. スキアの背に乗って

 どこまでも続く雪原の真ん中に、小屋はぽつんと建っていた。

 小屋を出て周囲を見渡す佑の目に入ってきたのは、広大な自然の風景だった。

 美しい山の稜線が視界をグルッと囲んでいる。山の麓までは殆ど真っ平らで、ぽつらぽつらと目印程度に木が立っているのが見える。嵐の去った空には野鳥が隊列を作って飛び、キュルキュルと甲高い鳴き声を響かせていた。

 小屋の周囲に雪を遮る物はない。雪囲いも暴風柵も見当たらなかった。低い木が数本あるだけの簡素な庭と井戸があるだけだった。

 先に外に出て走り回っていたスキアのお陰で、庭先はほどよく踏み固められている。リディアと佑は、踏まれた雪の上にゆっくりと降りていった。


「よくこんなところで生きてますね」

「変わり者だって言いたいんだろう? まぁ、色々あって今は自由気ままの身なんだ」


 リディアは鼻で笑って、「スキア!」と大きく手を振った。

 小屋の前で散々駆け回り、雪だらけになっていた少年姿のスキアは、リディアに呼ばれると嬉しそうに雪を掻き分けながらこちらに寄ってくる。厚手のコートもフードも、何もかもが雪だらけで、存分に遊んだのが見て取れる。まるで小学生だなと、佑は微笑ましくスキアを見た。


「よしスキア、身体は温まったな。これからエナの町へ向かう。そこまで私とタスクを乗せていけ」

「分かった! あとで肉ちょうだいね。羊の干し肉が良いな」

「売っていればな」


 リディアに微笑まれ、数回撫でられると、スキアは嬉しそうにジャンプした。

 竜樹より少し幼いとは思っていたが、もしかしたらもっと幼いのかも知れない。

 ふぅと、スキアは身体を屈めて息を吐き、それから両手を握ってフンと踏ん張った。途端に全身に毛が生え、ムクムクと膨らみ、服が裂け、千切れ、巨大な狼へと変化していった。


「え、えええ……?!」


 人間の子供だったスキアの身体は、徐々に大きくなった。佑の背を超え、小屋の屋根に迫る程にまで膨れ上がった。


「オォォ~ン!!」


 大狼になったスキアが遠吠えすると、佑は身体の底からブルブルと震え上がり、肩をすくめた。


「あはは。怖いか」


 リディアに笑われた。


「あ、いいえ。ちょっと驚いただけで」


 小屋の中で見た狼のスキアは、まるで室内を全部占拠してしまうのではないかと言うくらい大きく見えた。頭の部分だけでも暖炉より大きかった。

 外で見る狼のスキアはというと、またこれはこれで違う迫力がある。

 背中の高さが、佑の視線の上にある。かなり……大きい。


「スキア、伏せ。荷物を載せるぞ」


 リディアが手を掲げると、飼い犬のようにスキアは上手に身体を伏せた。手慣れた様子でスキアの背中に荷物と革製の鞍を括り付けていく。


「よし、終わり。乗るぞ、タスク」

「は、はい」


 先にリディアがスキアの背中に乗った。首の直ぐ後ろにリディアが乗り、その後ろに佑が乗る。最後尾には荷物がある。

 二人が乗り終わると、スキアはのっそりと慎重に立ち上がった。

 目線が急に高くなる。


「うわぁっ! 凄い!!」


身体が大きい分、安定感も抜群だ。


「私の腰にしっかり掴まれ」

「こ、腰ですか」

「振り落とされないようにな。さぁ、行け、スキア!!」


 ヌッと、視界が上下に動いた。

 かと思うと軽快に、スキアは雪の中をザクザクと歩きだした。


「良い眺め! 大型バスみたいだ……!」


 眼下に広がる雪原に、スキアが新しい足跡を付けていく。振り向くと、スキアの通った場所にだけ綺麗に穴が並んでいる。

 冷たい風が頬を撫で、澄んだ空気をタスクの身体に通していった。

 普段の、佑が知る田舎の景色とはまた違って、遠くまで何もない。電柱の一本だって建ってない。


「凄い! 遠くまで、よく見える……!」


 遙か向こう、山の麓に町の影が見えた。そこまで道には、遮るものは殆どない。見たことないくらい真っ平らな世界。


 地元の――雪景色を思い描く。


 格子状に走る田んぼの畦が雪景色に僅かな凹凸を作っているのを横目に、佑は毎日車を走らせた。

 除雪された道路の両側に広がる雪の世界。道路の片側に連なる電柱と電線が、道案内をするようにどこまでも続いていた。

 農村が田んぼの中にぽつらぽつらと点在していて、景色に僅かながらの変化をもたらしていた。

 晴れた日には白鳥の群れが田んぼの中から落ち穂を漁るのが見えた。


「気持ちは少し晴れたか、タスク」


 手前の方から、リディアの声がした。


「はい。少しは」

「前屈みになって、私にもっとくっつけ。その方が声も良く聞こえる。それに、寒さも凌げる」


 佑はギョッとして、高い声を出した。


「そ、そういうわけには」

「遠慮していると振り落とされるぞ」


 一瞬躊躇ったが、それは困るとリディアの背中に身体をくっつけた。温かい。人間同士でくっつくだけで、風の冷たさが感じにくくなる。


「お前の妻の話が、聞きたい」


 佑の耳に、か細いリディアの声が届いた。


「どこから、話せば良いのか」

「知り合ったのはいつ?」

「……知り合ったのは、深夜のコンビニの」


 コンビニじゃ分からない。言い換えなくてはと、言葉を選んでいると、


「そのままでいい。かの地の言葉で。お前の知る彼女のことを話してくれ」


 リディアの言葉に押され、佑はそのまま話を続けた。

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