7. 精霊祭
「その話は、私の耳にまで届いていますよ。まさか魔法使いの予言如きでと、最初は首を傾げました。……しかし、これまでのことを考えると、アーネストが動揺する気持ちが分からなくもないのです」
ライオネルはふぅとため息をつき、ゆっくりと応接間に集う面々に目をやった。
目の前のテーブルには色とりどりの菓子やお茶が並び、午後のティータイムを演出してはいるが、その実は秘匿性の高い会議だ。使用人も殆ど締め出して、リディアと佑から必要な情報を聞き出すための。
佑もリディアも最初からそれに気付いていて、――だからこそ、真剣に話し合う。
「人間は、一度手にした権力を手放したがらない。かく言う私も、父上に退位して頂く際、かなり苦労しました。頭が回りにくくなっていたのを、どうしてもお認めにならない。あのままでは国の先行きに不安がありました。医者と学者、父上の旧友に頼み込み、説得するのに三年は掛かったと思います。今は悠々自適な隠居暮らしをしておりますが、もし説得に失敗していたらと思うと……、肝が冷えます。――アーネストは王族ではありませんが、名のある貴族の出だと聞きます。権力に固執した彼は、己の地位を守るため、なりふり構っていられないほど追い込まれているのではないかと……」
「兵を雇い、武器を掻き集めているらしいじゃないか。あれは何だ? ライオネルは何か知らんのか」
リディアは眉をひそめた。
エナの町でも、ズィオ村でも、聞こえてくるのは王国の不穏な話ばかりだった。
若いリアム王の指示とは考え難い。宰相アーネストの意向であることは、誰の目から見ても明らかなのだ。
「表向きは、謀反人であるセリーナとリディア殿を探し出し、処刑するためだということになっています。けれど、二十年も音沙汰のない二人に対して、そこまでする意味が分かりません。本当は、もっと別の理由があって武装しているものだと考えています」
「精霊祭が……、近づいてるからだよね」
竜樹がぽつりと言った。
「精霊祭?」
「精霊石にその年の豊作を祈ると共に、アラガルドの王が精霊石の継承者として、精霊の王に世界の平和を誓う祭りです。春の感謝祭……と言えば伝わりますか?」
ライオネルの丁寧な解説は有難い。
分かりますと佑が頷くと、更に詳細な説明が続いた。
「アラガルドの王は、精霊の王に認められて初めて王となる。精霊石の導きで建国されたアラガルドは、ずっとその伝統を大切にしてきました。祭りの儀式の場には、年に一度だけ、精霊石がお目見えします。とても美しい石です。様々な色に光る、一抱えもある原石です。私達も国賓として毎年参列していますが、あの石を見るために参列していると言っても過言ではありません。儀式で精霊王に誓いを立てる。それが、アラガルドの王にのみ許される神聖な行為です」
「……なるほど、アーネストは儀式を荒らす気か」
リディアの不穏なひと言に、佑とスキアは息を飲んだ。
ロザリーと竜樹は、既にそう予感していたらしく、微動だにしていない。
「考えたくはありませんが……、恐らく。フィアメッタが寄越した手紙にも、祭りの日程や手順を例年になく確かめるアーネストの様子が書かれていました」
――例年になく。
毎年行われる祭りの準備に入念なアーネスト。
トビアスの妙な予言。
増兵、そして摂政を外す話……。
「昔……、同じように儀式を荒らして精霊石を奪おうとしたヤツがいてな」
眉間にシワを寄せ、リディアは頭を抱えた。
「私がまだ王宮付きの魔女になる前の話だ。王位継承権を得られなかった、当時の王の、何番目かの妻の子がな、精霊祭の大事な儀式の最中に、王の暗殺を企んだことがあったらしい。無論、その者は死罪になった。その者が言うには、『精霊の王によって王と認められるのであれば、精霊石を手に入れれば王になれるのではないか』と。詭弁ではあるが、あながち間違いでもない。……精霊石を手に入れるということは、世界を手に入れるということ。強大な魔力を持つというあの石の力を、アラガルドの歴代の王は決して使おうとしなかったが……、もし……万が一…………ということがあれば…………」
「集められた兵力が、アーネストを止めに入る周辺国に向けられるのは目に見えます。どうにかして、アーネストを止めなければなりません。リュウも、ロザリーと同じ手紙を読み、そう感じたのですね?」
「……はい、そうです。俺には何も出来ないかも知れないけど……、それでも、まだ間に合うなら、どうにかしたいと思って」
「だったら、王国には行くべきじゃ……」
佑が言うと、ライオネルは首を横に振った。
「考え無しに王国へ向かうのは推奨しません。リュウを引き留めたのも同じ理由からです。精霊祭まではまだ時間があります。それまでの間、じっくりと作戦を練るべきです」
「ちなみに、精霊祭はいつ……」
「これから十日余りあと。まだ時間はあります。……どうですか、それまで滞在なさっては」
ライオネルは佑とリディアを交互に見て、意思の確認を促してきた。
「俺は、それでも構いませんけど。リディアさんは?」
「良いだろう。ライオネル、世話になるぞ」
二人が了承したことを確認して、ライオネルは「是非」と微笑んだ。




