6. 前を
スマホを持つ竜樹の手が震えている。
怒りを爆発させたリディアの態度に圧倒されたこと、何も知らない父親が絶望してしまう事実しか伝えられないこと、そして、知っていたのに何も出来なかったこと……。
いろんなことが重なって耐えられなくなってしまったのかも知れない。竜樹は頭をグッと垂れた。スマホを持った手をそのままにして、懐の中で長く息を吐く。
佑はそんな竜樹の様子に気が付き、厳しい顔をして立ち上がった。
「リディアさん、座ってください」
「これが座っていられるかぁぁッ!!」
佑の伸ばした手を、リディアはバシッと強く払った。
魔力が高まっているのか、リディアの周囲に僅かに風が巻き起こり、ローブをを揺らし始めた。
「おのれ……、トビアス…………!!!! 力を失っていなければ、今直ぐにでも呪い殺してやったものを…………!!!!」
「ダメです。落ち着いてください、リディアさん!」
一度払われた手を、佑はもう一度グンと伸ばした。
「リディアさん!! 怒りに身を任せてはダメです!! そんなことをしても、紗良は喜ばない。リディアさんがトビアスを殺したところで、紗良は返ってこないんです……!!」
「…………ッ!!!!」
「紗良を追い詰めたトビアスも、アーネストも、殺せるなら殺してやりたいと俺も思います。だけど、それじゃダメなんですよ……!! そんなことで終わらせちゃダメなんです!!」
「だ……、だったら……!! だったらどうしろと言うんだ?! 泣き寝入りしろって言うのか?! 私の魔力さえなくなっていなければ……!! 私が……、私があのとき、セリーナを逃していなければ……!! 四の五の言わずに戦っていれば良かったんだ。無理矢理にでも戦って、王家を守るべきだった。私が……、尻込みした私が悪い!! 全部全部私のせいだ!! 私の…………!!!!」
「違います!!!!」
佑は一段と強い口調で、リディアを制した。
「リディアさんは頑張りました。紗良をちゃんと逃してくれた……!! せっかくの……、フィアメッタさんの気遣いを無駄にしてはいけませんよ!!」
「うるさい!! タスクのクセに私に指図するな!! 一番近くにいて、お前は何故気付かなかったッ?! お前がきちんと守らなかったからセリーナは……!!」
「――そこまでにしてください」
ライオネルの低い声に、佑とリディアはうっと声を詰まらせた。
興奮したまま拳を握り、震えの止まらないリディア。息の荒い佑。二人とも、ライオネルの鋭い眼光に負けて、それぞれストンと椅子に腰を落とした。
「タスクも、リディア殿も、これ以上ご自分を責めるのはやめませんか。……死者は戻りません。禁忌の魔法を使って蘇らせることが出来たとして、しかしそれはもう、セリーナではありません。遺された我々はどうにか悲しみを乗り越え、前を向くしかないのです。前向きな話をしましょう」
座った途端に力が抜けて、すると途端に震えが来た。佑は深呼吸して、ゆっくりと顔を上げた。
竜樹の顔が視界に入った。
酷く驚いた顔に、佑はハッとした。
「と……、父さんも、怒鳴ったりするんだ……」
「あ、いや、その……」
バツが悪くなって、佑は竜樹から急いで目を逸らした。
「すみません……。取り乱してしまって」
「大丈夫ですよ。リディア殿も落ち着いたようですし、話を続けても?」
ライオネルに促され、佑はこくりと頷き、リディアの方を見た。
「お願いします。リディアさんも良いですよね」
「……私も、悪かった。せっかくの茶が不味くなるところだった。反省してる」
しょぼくれたリディアは、眉と肩をこれまでに無く落とし、魂の抜けるような長い息を吐いた。
「アラガルド王国は、大切な同盟国で、ロザリーの故郷。――いつまでも、アーネストの思う通りにさせておく訳にはいきません」
ライオネルの言葉に、皆、神妙な面持ちで深く頷きあった。
「私もアーネストには随分と手を焼いて来ました。あんなに時間を掛けてじわじわとやられては、なかなか止めようがなかったのではないかと思います。しかも、外面が良い。手回しも上手い。味方を作るのが上手いのではなく、弱味を握るのが上手いのです。フィアメッタの手紙の内容をロザリーと共有し合っているのですが、全く……、とんでもない輩です。特にこの一年は……、かなり酷い有様でした。リアム王も齢二十を超え一人前になってきた、そろそろ摂政を外したらどうかという話が、国内外から湧き上がってきたのが始まりだったと思います」
「摂政を外したら、アーネストはそれまでの身分を失いますね……」
佑が言うと、ライオネルはそうですと話を続けた。
「十代では流石に経験が足りないと私も思います。しかし、四年、五年と経っていけば、経験は積むでしょう。十六で成人、二十歳を過ぎればもう立派な大人です。市井の人間なら、親方から独り立ちしたり、あるいは家族を設け、養ったりしている年頃ですからね。リアム王には摂政は要らない、せめて補佐役ならばと……そういう話が出ていました。アーネストにとって、実に面白くない話です。リアム王が成長することは、同時にアーネストの失脚を意味するのですから」
「そして……、トビアスの夢に繋がるのか」
「夢……、ですか?」
ポツリと呟いたリディアに、佑は恐る恐る聞き返した。
「レニに聞いたんだ。『近々旧王家の手の者が、復権のため王国入りする』『精霊石が真の王の手に渡る』――トビアスの見た未来。まぁ、予知夢的なものを、ヤツはどうやら見たらしい。混沌の原因。セリーナが再び襲われ始めたのも、恐らく……」




