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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【7】ガリム公国の温情

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8. 王家の血

 窓の外にはまだ、雪がちらついていた。

 暖かくなってきたとはいえ、季節はまだ冬。格子窓の向こう、眼下に広がるガリム公国テッセの街並み。家々の屋根や庭先には白いものが残っている。

 あの吹雪の夜、絶望のどん底にいたのが、佑にはもう何年も昔のことのように思えていた。

 こうして息子の温もりや声、心を感じることで、佑の中の空白は、一気に埋まっていくようだった。


「ほんの一週間前のことだ。お前が飛び出したのは」

「うん……」


 ようやく竜樹は泣くのをやめて、持っていたハンカチでしきりに涙を拭いていた。

 目が赤い。鼻も真っ赤だ。

 こんなに泣いた息子を見たのは、紗良の葬式以来かも知れない。


「よく、頑張ったな。エナの町でもズィオ村でも、お前の話をたくさん聞いた。何にも知らない子どもだと思っていたのに、意外としっかりしてて驚いた」

「父さんこそ……、臆病で優しいだけかと思ったけど、意外に行動力があってびっくりした。それに、思ったよりしつこかった。全然、諦めないんだもん」

「当たり前だ。息子がいなくなったのに、のんびりなんかしていられなかった。これ以上、大切なものを失うわけにはいかないと思って、必死だったんだからな……!!」


 ぐしゃっと佑は竜樹の頭を撫で回した。

 竜樹は恥ずかしそうに「やめろよ」と笑って、佑の手を払い除けた。


「俺も、悪かった。竜樹の話も、紗良の話も、本人が言いたくないなら何も聞かないのが正解だと勝手に思い込んでいた。話したくなったら話せるような雰囲気を作ったつもりになっていた。もう……遅いかも知れないが、話、聞かせてくれないか」

「うん。そうする。俺ももっと、父さんと話したい。超今更だけど」


 もしかしたら、何年ぶりかのまともな会話だった。

 佑も竜樹も互いに不器用で、擦れ違ってばかりだったのだ。

 伝えきれずにぶつ切れになり、心の中でわだかまっていたたくさんの想いが、今やっと繋がり合ったかのように、二人の話はどんどんと軽快に進んでいく。


「そうだ。竜樹にも紹介したい。ここまで一緒に旅をしてくれた仲間なんだ。こっちの……、ライオネルとロザリーのそばにいる少年がスキア。彼は大狼の子どもで……、人間に化けてる。リディアの使い魔だ。で、リディアって言うのが、――彼女。そこにいる、魔女の……」


 竜樹に佑が紹介し終える前に、リディアはスタスタと急ぎ足で近付いてきていた。

 リディアは竜樹の真ん前まで来ると、腰巻きのスカートをひょいと摘まみ上げ、綺麗に膝を曲げて、美しいカーテシーを見せた。


「お会い出来る日を、待ち望んでおりました。かつてアラガルド王国の王宮付きの魔女として、セリーナ様の教育係をしておりました、リディアにございます」


 リディアの銀髪がふわりと揺れた。

 佑の前では絶対に見せることのなかった、彼女の一面――……。


「母から伺ってます。初めまして、竜樹です。情報より……だいぶ若いけど、リディア先生、……ですよね」


 戸惑いながらもハッキリと、竜樹はリディアの名を呼んだ。


「母は生前、よく先生の話をしてくれて。自分の立場も、命すら危険に晒して、先生は母を逃がしてくれた。お陰で、俺はこうしてここに居るんです。先生にお礼を言えなかったことを、母はずっと悔やんでいて――……」


 次の瞬間にはもう、リディアは竜樹を抱き締めていた。

 竜樹よりも背が低く、うら若い乙女の姿をしたリディアは、まるで長い間再会を待ち望んだ恋人を見つけたかのように背伸びして、竜樹の肩に手を回し、ギュッと自分の方に引き寄せた。よろめく竜樹にはお構いなしに、リディアは力一杯竜樹を抱き締める。


「私も……待っていた。タスクにお前の話を聞いてから、ずっとずっと、会いたくて。セリーナ王女と同じ目をしている。懐かしい、精霊達の気配がする。あぁ……、良かった。よくぞご無事で」


 最後にぎゅうっと何十秒か、思いの丈をぶつけるような抱擁をした後で、リディアはやっと、竜樹を解放した。


「もっとよく、顔を見せておくれ」


 驚き動揺する竜樹の頬に、リディアは両手をそっと添えてじっくりと仰ぎ見た。


「王家の顔だ。タスクの血は混じってても、やっぱりリュウには王家の血が流れてる。在りし日のアレック王にも似ている。ジョセフにも」


 リディアの目が潤む。

 竜樹は自分の頬に当てられたリディアの両手をそっと掴んで、ゆっくりと彼女の手を剥がした。


「それ、ロザリー叔母さんとライオネル叔父さんにも言われました。そんなに似てますか」

「似てるさ。……あぁ、なんてことだ。タスクの情けない泣き方を見て、私は泣くまいと思っていたのに、リュウの顔を見ていたら、私も涙が……止まらないなんて…………」


 柔らかいリディアの頬に、何筋もの涙が流れていた。


「困ったね。年を取ると、どうも涙脆くなって」

「そんなに年寄りじゃないですよね」


 と竜樹が首を傾げるのを、佑はハハと笑った。


「三百年以上生きてるらしいよ」

「三百年?! マジ……?! 魔女すげぇ……。お、同い年くらいかと思った……」

「好きでこの姿になったわけじゃないんだ。本当はもっと妖艶で美しいと評判で……。なぁ、ロザリー」


 涙を手で拭いながら、リディアはロザリーに声を掛けた。

 ロザリーは少し考えてから、


「どうでしたかしら。先生は昔から、ご自分が思っているよりもずっと可愛らしくて、心も綺麗で、少女みたいな方でしたよ」


 フォローにならないフォローをされて、リディアは困ったような顔をした。


「さて」


 と、ライオネルが声を上げ、両手でパンと音を出す。


「そろそろお昼時です。食事が終わったら、少し話をしませんか。積もる話と、今後の話。リュウが何故ルミールのことを知っていたか、王国が今どうなっているか。その上で、今後のことを話し合いましょう。……タスクも、リディア先生もよろしいですね?」


 場が一気に引き締まった。

 佑はリディアと竜樹、スキアに目配せして、こくりと頷いた。


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