7. 抱き締める
ライオネルは応接間の外で待つ執事に何やら言付けをしてから、佑達に声を掛けた。
「今お呼びしています。しばらくこの場で待ちましょう」
会わせたいという誰かが来るまでの間に、改めて佑は、自分の名と、紗良……つまりセリーナ王女が自分の妻であることをライオネルに伝える。それすら初めて伝えたはずなのに、ライオネルはにこやかに自分の中の情報と照らし合わせるように、何度も頷きながら佑の話を聞くのだった。
妙な予感がする。
と、スキアがライオネルのそばに寄り、クンクンと鼻を鳴らし始めた。
「ん?」
「ん、じゃない、スキア。失礼だぞ」
佑が止めても、ますますスキアはライオネルに近付いて、特に手の辺りの臭いを入念に嗅いでいる。
「……タスクの臭いの他に、似たような臭いがもうひとつ」
「え?」
「エナの町で嗅いだ臭いに似てる。気のせい……じゃないよね。薄いけど、これって……」
エナの町で……!!
それが、スキアが単独行動して追いかけた臭いなのだとしたら。
「ほ、ホントか?!」
思わず佑は声を上げ、スキアの肩を掴んだ。
「うん。……ちょっと待ってね。ここ、嗅いだことのない洋服とか香水とか……、そういう臭いが多くて、まだ鼻が慣れないんだ。だけど……、間違いないと思う。そっちの……、おばちゃんからも似た臭いがする」
「ス、スキア!!」
「まぁまぁ。良いではないですか、義兄殿。小さなスキアから見れば、ロザリーはいい歳のおばちゃんだ」
ハハとライオネルは豪快に笑い、スキアの頭をグリグリ撫でた。スキアは何故かご機嫌で、尻尾を振っている。
佑はハラハラして落ち着かなかったが、おばちゃんと呼ばれたロザリーも、リディアのそばで朗らかに微笑んでいるようだ。
ライオネルの手招きに応じて、ロザリーがすっくと立ち上がり、佑の方へとやってきた。
優美な姿にドキリとしつつ、佑の前で恭しく膝を曲げカーテシーをするロザリーに、思わず仰け反った。
「お義兄様、初めてお目にかかります。セリーナの妹、ロザリーでございます」
「ひ、妃殿下! 私のような者の前で、そんな!!」
カーテシーが目上の人間への敬意であることくらい、佑も知っている。確かにロザリーは義妹ではあるけども、身分が違い過ぎ、面食らう。
「面白い方。姉様が好きになったの、分かる気がします」
にこやかに笑うロザリーは、やはり紗良に似ていた。……似ていたが、紗良よりも一段と物腰柔らかく、垂れ目で、背も幾らか小さいようだ。
「タスクとお呼びしても? 私のことも、妃殿下ではなく、ロザリーとお呼びになって。夫のことも、是非ライオネルと。あなたも、“義兄殿”はちょっと仰々しいわ」
ロザリーに言われると、ライオネルは言い返せないらしい。
「全く、ロザリーには敵わないな。――だ、そうですので、義兄殿……いや、タスク。縁あって親戚となったのですから、敬称はお互いにやめにしましょう」
「わ、……かり、ました。では、ライオネル、ロザリー、お会い出来て光栄です。まさか……、高貴な方々とお近付きになれるなんて、全然思わなくて。は、はしたない格好で、本当に申し訳なくて」
「お気になさらないで、タスク。誰一人、こんな未来は予測していなかったのです。あ……、違いますね。たった一人、あの子だけは……」
ロザリーがそこまで言いかけた時、コンコンとノック音が聞こえた。
ピクンとスキアの耳と鼻が反応し、ピッと尻尾が立った。
「この臭い……!!」
スキアの声が応接間に響いた。
壁際の椅子がガタッと鳴って、リディアが立ち上がった。
ガチャリと音がして、少しずつ、重い扉が開かれる――――…………。
「――――竜樹!!!!」
佑は無意識に息子の名を呼んだ。
絨毯の上、長靴がカポカポと気の抜けたような音を立て、次第にリズムを速くして竜樹の元へ向かって行く。
竜樹は父を見て、目を丸くした。
歯を食いしばり、目にいっぱいの涙を浮かべ、情けないような頼りないような顔をした父親に、竜樹はただただ驚いた。
「父さん……」
勢いよく飛びつくと、佑はギュッと力強く息子をハグした。
竜樹は抵抗しなかった。
震える腕で抱き締められ、困惑の表情を浮かべながらも、頬を緩ませた。
「竜樹……!! 良かった!! やっと、やっと会えた……!!!!」
紗良と同じ、麦藁色の髪。羨ましいくらいに髪質が良くて、柔らかい髪。
佑は竜樹の頭を自分の胸に押し付け、抱き締めながら何度も撫でた。
「心配した。心配したんだ……!!」
「ちょ……ッ!! 苦しいよ、父さん!!」
あまりにも強く抱きすぎて、竜樹はとうとう佑の身体を押しのけた。
「あっ、悪い。あんまりにも嬉しくて、つい……!」
パッと手を離し、竜樹が自分の身体から少し距離を置いたところで、佑は改めて息子を見た。
間違いなく、竜樹だ。
そんなに時間は経っていないはずなのに、本当に久しく顔を見ていなかったのではないかと勘違いしてしまう程に、久々に見る息子の顔。
竜樹はダウンジャケットも、気に入りの赤い色の入ったブーツも身につけていなかった。
ルミールで調達しただろう服とブーツ、そして鞄。何もかもがルミールの物で揃えられていて、一見したらルミールを旅する冒険者の一人なんじゃないかと勘違いしてしまうくらいには、世界に馴染んでいた。
「お、驚いたな……。こうしてみると、最初からこっちで生きてきたみたいに見える。見違えた。それに、俺が思うよりずっと、お前は立派で、誇らしかった」
向こうでは滅多に褒めていなかったのかも知れない。
竜樹は少し恥ずかしそうにはにかんで、目に涙を浮かべている。
「俺こそ……、ごめん……!! 酷いこと言って飛び出して。父さんの性格、全部知ってたくせに、なのにあんな風にしか言えなくて。……ルミールまで付いてくるなんて、最初は信じられなかったけど、でも……、――う、嬉しかった。最初から、言えば良かった。言えば良かったけど、どうしても言えなかったんだ……!!」
まだあどけない竜樹の頬に、つぅと涙が垂れた。
紗良と同じ青玉のような瞳が潤むのを見ると、さっき枯れたばかりの涙がまた佑の目に戻ってきてしまう。
感極まった佑は、また竜樹をギュッと抱き締めた。
今度は竜樹が、佑の胸の中で声を上げて泣いていた。
しばらくの間竜樹が泣くのを、大人達は静かに見守っていた。




