6. 妻に似た
「長旅でさぞお疲れでしょう」
ライオネルが続けて何か話そうとしたところで、カツカツと急ぐヒールの音が佑の耳に届いた。
「いいえ、滅相も……」
佑も途中まで出たセリフを言いきらぬまま、
「――リディア先生!!」
女性の甲高い声に言葉を遮られた。
ウェーブのかかった麦藁色の長い髪が、視界に揺れた。落ち着いた若苗色のドレスを翻し、女性は駆け足で壁際のリディアの元へと向かっていく。
「やっと……、やっとお会い出来ました!! 先生……!!」
今にも泣き出しそうな声でリディアを呼び、抱きつく女性の姿と声に、佑は「アッ」と声を上げた。
後ろ姿が似ていた。
声が似ていた。
「紗良!!」
天井の高い応接間に響く自分の声に、佑は驚いた。
佑だけではない。ライオネルもスキアも、リディアも、そして今現れた女性も、執事やメイドらも、一斉に佑に注目した。
「あ……っ! 違う。紗良じゃない……」
自分の無礼さに顔が青くなった。
リディアのそばで振り向いた女性の顔は、紗良によく似ていて――、けれど紗良ではなかったのだ。
「し、失礼を。一瞬、紗良かと。あまりに……、あまりにも似ていて」
後ずさり、両手を突き出して頭を下げた。
「本当に、とんだ無礼を」
お詫びの言葉と共に、佑は自分の目からポタポタと涙が零れ落ちているのに気が付いた。
慌てて涙を手で拭う。
だのに、次から次に涙は零れ落ちて、終いには滝のように止めどなく流れ、とても両手では拭ききれない程にぐちゃぐちゃになってしまう。
「済まないが、私達だけにしてくれ」
ライオネルは使用人らを厄介払いして、応接間の扉を閉めさせた。
「す、すみません。妻が……、紗良が、戻ってきたのかと」
どうしたら涙は止まるのか。
佑はひとり、よろよろと覚束無い足取りて窓際まで行き、カーテンのそばで隠れるようにしてむせび泣いた。
ハンカチを取り出し、涙を拭き、鼻水を拭った。
ずっと我慢していた物が一気に流れ出てきたのかも知れない。
初めて出会ったばかりの、しかも高貴な人の前で年甲斐もなく泣いてしまうだなんて。
あの吹雪の夜、ルミールに迷い込んでから、様々なことが起こりすぎたのも原因なのだと佑は思う。
思い出したら辛くなると、なるべく考えないようにしていた妻のことを、佑は何度も何度も思い出し、リディアに語り続けた。
お互い何も知らない者同士、傷付けないよう、相手を気遣い続けた日々。
少しずつ互いを知り、いつしかそれが愛情に変わっていったこと、未熟な二人が支え合って、永遠の愛を誓ったこと。
突然途切れた彼女との日々が、滝のように佑に降り注いだ。
頭では分かっているはずなのに。
もう紗良はどこにもいない。冷たくなった紗良を抱き締めた。灰になった紗良を見た。
毎日泣いて泣いて、きっと竜樹はそんな父親の情けない顔を見ていられなかったのではないかと。
「義兄殿。少しは、落ち着かれましたか」
涙が底を尽き、ゆっくり息が出来るようになった頃、ライオネルがそっと佑のそばまでやって来て声を掛けてくれた。
鼻を何度か啜って、佑は深々と頭を下げた。
「大変……、失礼しました。もう、大丈夫です……」
とても大丈夫そうには見えないだろう真っ赤に腫らした佑の顔を見て、ライオネルは顔を歪めた。
「セリーナのことは、……残念です。突然の訃報に、私もロザリーも胸を痛めました」
窓の外に目をやりながら、ライオネルは佑の肩にそっと触れた。
「ロザリーだけではありません。アラガルドの義兄弟達も、訃報を聞けば涙するでしょう。……ですが今、王国にはそうした話も出来ない状態です。嘆かわしいことです。ガリム公国はあくまで王国とは同盟関係にありますから、余計な波風を立てたり、ことさらに国民や周辺国へ不安を煽るようなことは出来ないのです」
佑の心中を慮ってか、ライオネルは淡々と静かに話してくれる。
本来ならば、王家から嫁いだ紗良の死を、アラガルド王国全体で悼むべきなのだと、ライオネルは暗に言った。
それが、出来ない。
宰相アーネストの力が強くなり過ぎてしまっているのが原因なのかどうか。
「そういうわけですから、義兄殿とリディア殿が王国を目指すのを、私はあまり推奨しません。今ロザリーがリディア殿を説得しているところです。特にリディア殿には手配書が出ている。王国に入れば、ただでは済まないでしょう。考え直すならば、今です」
ライオネルの視線に釣られて後ろを向くと、壁際で項垂れるリディアと、跪く大公妃ロザリーの姿がある。
見れば見る程、ロザリーは紗良と似ている。
雰囲気も、背格好も。
佑自身も弟と似ていると言われることが多かったが、やはり血を分けた姉妹は似るらしい。
「お言葉はありがたいのですが、私はどうしても息子を……」
と、ふいに佑は違和感に気付く。
佑自身はまだ、名乗ってすらいないのだ。
旅の目的も、紗良が死んだことも、何一つ話していないのに、ライオネルは全てを知っているような話しっぷりで。
確かに佑自身の格好は特殊で、明らかに異邦人ではあるけれど、だからと言ってかの地からの迷い人が全くいないわけでもないという話も聞いた。
それに、リディア。
身体が縮んだことを知られてしまっている。ロザリーはリディアを見るなり真っ直ぐに向かっていた。つまり、こうなっていることを既に知っていたわけで。
特徴を――、数ある旅人の中から自分達を見つけ出したのは、やはり事前に全てを知らされていたからではないか。大狼に乗った、魔女と異邦人の男。この組み合わせがガリム公国大公ライオネルに知られていたとすれば、一体誰がそれを。
顎に手を当て、少し考えに浸る。
「どうしました?」
佑の沈黙に首を傾げるライオネル。
失礼と承知の上で、佑は思い切って訊ねてみる。
「殿下は何故、私達のことを」
するとライオネルは満面の笑みを浮かべ、
「言われると思っていました。義兄殿に、会わせたい人物がいます」
まるで佑の質問を待っていたかのようにいたずらっぽく言うのだった。




