4. 警戒
「聞こえただろ、スキア、止まれ……!!」
平静を失った主の言葉の代わりに、スキアは佑の言葉をきちんと聞いた。
徐々にスピードを緩め、やがて止まる。
その頃にはもう、どこの所属とも分からない騎馬隊がグルッと佑達を取り囲んでいた。
「スキア、ありがとう」
佑が声を掛けると、スキアは気が抜けたように深く息をついた。
リディアはまだ、スキアにしがみ付いたまま震えている。どうにかしなくてはと思いながら、佑はリディアの背中を何度か撫でた。
「アラガルド王国の魔女リディアとその使い魔か」
馬の上から誰かが言うのが聞こえ、佑は急いで身体を起こした。
騎兵たちが剣や槍を構えているのが見える。
緊張が走り、佑はゴクリと唾を呑んだ。
「そ……、そうです」
傷心のリディアに変わって、佑が恐る恐る返事をした。
スキアの背中に乗った佑は騎兵を見下ろす形になっていて、それが更に警戒感を生んでいるのだろう。こちらには対抗の手段もない、敵意がないと見せなければ。
「スキア、降ろしてくれるか」
武器を持った騎兵達に取り囲まれて、スキアも萎縮しているようだ。追い立てられるのが苦手なのはスキアも同じ。かつて厄介者として捕らえられた過去があるから、こうした武器を向けられるのは嫌に違いない。
もしかして、急に失速した理由はそれだろうか。
今も少し震えながら、けれどきちんと佑の言葉を聞いて、スキアは背中を低くした。
佑はリディアとスキアの背中を交互に撫でて、
「大丈夫、俺がどうにかします」
と、なんの確証もない言葉を残し、スキアの背中からゆっくりと地面に下りた。
鎧を着た騎兵は、馬の背に乗っているだけでも威圧感がある。それぞれ手に武器を持ち、正体不明の男が魔女の代わりに答えるのを、彼らは酷く警戒しているようだ。
佑はしっかりと両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「リディアさんと使い魔のスキアは、俺の用事に付き合ってくれているに過ぎません。彼女はとても良い人で、困っている俺のために、使い魔を走らせてくれてるんです。お願いですから、罪を問うことは」
「かの地から来た男というのはお前か」
リーダーらしき男が放った言葉に、佑はドキリとした。
ルミールの人間じゃないのは、格好を見れば……特に長靴やダウンジャケットを見れば直ぐに分かるのかも。しかし彼は、まるで自分がリディア達と同行しているのを知っているかのような聞き方をしてきた。
「そう……です」
余計なことを喋ったり、抵抗したりすれば、きっと痛い目に遭ってしまう。
レニとの約束、何より竜樹と会うまでは、どうにか無事に旅を続けなければならないのに。
カラカラな喉に唾を流し込み、佑は自分らを囲う騎馬隊に目をやった。
長い距離を全力で駆けた馬たちは、それぞれに息を整えている。馬よりも随分大きいスキアに少し警戒しているのか、興奮気味の馬もいて、騎兵が必死に宥めているのも見えた。
けれど不思議と、敵意は感じない。
殺してやろうとか、捕まえてどうにかしてやろうとか、そういう雰囲気ではないのだ。
「大公殿下の命により、馳せ参じた。魔女リディアとその一行を、傷付けることなく宮殿へお連れするようにとのことだ」
「……はぁ?」
思わず、変な声が出た。
何度か目をしばたたかせ、佑は頭の中で男の言葉を反芻させた。
「え、だって、武器……」
「そなたらが攻撃に転じた場合、それを止めるためのもの。その、大狼にも警戒してのことだ」
「……え?」
上げていた両手で、そのまま頭を抱えた。
何を言ってるんだ、この人達は。
「リディアさん、何か俺達……、大丈夫、みたいです……」
気の抜けたような佑の声に、リディアがむくっと顔を上げた。
すっかり真っ赤になった目をこちらに向け、何が起きたのか直ぐには理解出来ないように目を白黒させている。
「私を、捕まえに……来たんじゃ…………?」
敵意が全くないことを確認すると、騎兵らはおのおのに構えていた武器をしまい始めた。剣を鞘に収め、槍の向きを変え、表情を柔らかくしているのが見えると、佑もリディアもスキアも、ようやくホッとして、長く息をついたのだった。
*
佑達は、騎兵と共に馬に揺られてガリム公国の首都テッセへと向かった。
走りすぎて体力のなくなったスキアから荷物を降ろし、何頭かの馬の背中に分散して荷物を乗せて貰うことにした。
スキアも少年姿になって、馬の背に揺られている。普段は乗せてばかりなのに、初めて他の動物の背に乗ったとあって、疲れてはいたが、気分は上々らしかった。キャッキャとはしゃぐので、一緒に乗った騎兵が困ったようにしているのが遠目に見えた。
一方リディアはぐったりと疲れ果て、リーダーの男と共に先頭の馬にいる。捕まえに来たわけではないと分かっても、まさか宮殿へと連れて行かれるなんて思ってもいなかっただけに、激しく動揺しているらしかった。ロザリーに会うわけにはいかないと、零していたリディアの心中は、かなり複雑なのだろう。
佑は別の馬に乗せて貰った。スキアの背中とは違って身体の幅が狭いからか、乗り心地が丁度良かった。
騎兵らは、佑達が森を抜けてくるはずだという情報を元に、大公からの命令通りに待ち伏せていたのだそうだ。
道中もっと話を聞けるかと期待したが、末端の兵に詳しいことを伝えるはずもなく。
ただ馬に揺られ、運ばれていく。
ぬかるんだ雪の下、土がハッキリと色を見せ始めていた。
雪解けの水が土に染み込んで、所々に草の芽が見えている。
二月も下旬が近付いてくると春の気配がしてくるものだと、ルミールの暦は日本とは違うはずなのに、佑はそんなことを考える。
建物が雪に埋もれ、白いだけの景色がどこまでも広がる冬の日も、春が近付くに従って次第に色を帯びていく。今は恐らく、その季節の境目なのだ。
高い壁に囲まれた城下の町が、佑の視界に入ってきた。丘陵に見えるのが大公の宮殿らしい。
せめて少しでも、事態が好転する兆しでありますように。
佑には、そう願うことしか出来なかった。




