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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【7】ガリム公国の温情

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3. 追っ手

 小屋を発ち、数時間。

 休憩を一度挟み、佑とリディアを乗せた大狼のスキアは、まっさらな雪の上を駆け抜けた。

 朝の空気は爽やかで、風の冷たさも心地よかった。

 十分に休息を取ったあとのスキアの走りは特に軽快で、ブレが少ない。どうしても疲れてくると軸がぶれたり、あるいはスピードが落ちたりするのだが、疲れのない状態だとスキアの走りは安定していて、背中に乗る二人にも伝わる振動が少なく済むのだ。

 森の抜け道を出たところに、標識が立っているのが見えた。止まらずに駆けていくので、何と書いてあったか気になった佑が尋ねると、リディアはそれぞれの方角を指差し、簡単に地理を案内した。


「真っ直ぐ行けばガリム公国の首都テッセに着く。右に曲がればシャルル湖。かなり大きな湖で、この辺一帯の水源になっているんだ。左へ曲がればアラガルド王国領のニドゥ鉱山へ出る。ズィオ村の男達も良く採掘場に出稼ぎに来ていた。今通ってきたトゥーリアの森は、やたらと広い上に休む場所も限られている。余程急ぎでない限り、旅人達は森を迂回して、幾つかの村や町を経由してから公国領へと入るんだ」

「そういえば、ズィオ村を通るのは近道だって言ってましたね。迂回するとどのくらいかかるんですか?」

「そうだな。今、森を抜けるのに二日半程かかったが、迂回すれば急いでも五日以上かかる。今の私達にその余裕はない。だから森を抜けたのだ」


 公国領内の雪野原を、佑達は更にズンズン進んだ。

 スキアの背中からは、大小様々な町があちらこちらに散らばっているのがよく見渡せた。工業品の生産が盛んだというガリム公国には、特色ある町が多くあるそうだが、寄らずに走った。

 目的地はあくまでアラガルド王国。そこに向かう途中で、どうにか竜樹と合流したいのだ。


「雪の音が変わってきましたね」


 スキアの背中で佑が言った。


「心無しか、公国領に入ってから雪の量が少なくなってる気がします」

「良く見ているな。そうだ。森を挟んで気候が違う。こっちは少し暖かい。日が出て、所々雪も消え始めている」


 言われて見渡すと、確かに景色の中に茶色いものが混ざっていた。

 日当たりの良い場所は雪が溶け、足元も緩み始めている。


「スキア、走りにくくないかな」

「大丈夫。気にするな。もう少ししたら首都が見えてくる。大狼は目立つから、もうそろそろスキアにも人間姿に戻って貰わないと」


 リディアがそう零した矢先、


「ピィィィィイィィ――――――――――ッ!!!!」


 警笛のような音が周囲に響き渡った。

 どうした、と佑が疑問に思うまでの間に、リディアは既に警戒を強め、スキアに指示を出していた。


「スキア、急げ!! 見つかった!!」


 リディアの言葉に慌て、佑は周囲を見渡した。


「後ろだ!! 気付かなかった!!」


 佑は言われて後ろを振り返った。

 騎馬が数騎、こちら目掛けて走ってくる。乗っているのはどこの兵だろうか、大きく手を振り、互いに合図を交わしているのが視界に入った。


「私を捕らえる気だ。見つかった……!!」


 リディアが焦りの声を上げる。

 いつもの落ち着きが消え、呼吸が乱れ始めているのに気付く。


「リディアさん、まだそうと決まった訳では」


 佑が後ろから声をかけるが、リディアの焦りは加速するばかり。

 リディアの震えが佑に伝う。

 悲痛な叫びが聞こえ始める。


「違う……! 違うんだタスク!! 私はお尋ね者だ! 賞金首だ!! 森を挟んでこちら側に出れば、それこそ誰もが知る極悪人なのだ。誰かがどこかで私達を見ていたに違いない。大狼に跨る魔女の話を聞いて、面白がって捕まえに来たかも知れん。私はまだ、捕まりたくない。アラガルドへ、王国へ行かねば。王女の忘れ形見を、リュウを支えねばならんのだ……!!」


 レニが言っていた言葉が、ふと佑の脳裏を過ぎった。

 ――『あいつ、死ぬ気だ』

 それだけは、避けなければ。レニとの約束。無事に、王国へ。

 騎馬の群れと、距離が縮まっていく。

 それどころか、両側からも騎馬が数騎ずつ現れ、合流し、佑達を追い立てる。

 気が付くと、後方左右の三方向から囲まれている。ここから逃れるには、スキアが更にスピードを上げて振り切るしかないのだが。


 ふらっと、分かりやすくスキアがよろめいた。

 肉食動物は長距離に弱い。草食動物の方がずっと持久力があって、長い距離、長い時間走り続けることが出来るのだと、佑は頭のどこかでそんなことを思い出す。

 ずっと走り続けてきたスキアの体力はとうに限界なのだ。(あるじ)の期待に応えるために、いつも無理して走り続けてくれていたのを、佑も知っていた。無垢で、無邪気で、そしてリディアのことが大好きだから、スキアはいつも頑張っていた。

 限界が来る。

 スピードがガクンと落ちて、背中が不安定になる。


「スキア!! お願いだ!! 走れ!! 走れぇっ!!!!」


 叫び声が、泣き声に変わった。

 リディアが混乱してる。

 佑はギュッとリディアの腰を左手できつく抱いて、右手でスキアの背中を叩いた。


「スキア止まれッ!! 無理するな!! ゆっくり止まれ!!!!」

「黙れタスク!! 追っ手が来る!! お願いだタスク!! 私を、私を逃がしてくれ――――……!!!!」


 騎馬がどんどん迫ってくる。

 リディアの興奮が増し、恐怖に支配されていくのが目に見える。


「ダメです、リディアさん! スキアは限界だ。このまま突っ走れば、足がもつれて俺達は放り出されてしまう。もう頑張った。頑張ったんです」

「捕まりたくないんだよ!! お願いだから、タスク、どうか私を逃して――……!!!!」


 スキアの背中に身を埋めて、リディアは叫んだ。

 魔女ならば――……、本当に力のある魔女ならば、きっと何かしらの魔法で攻撃してみたり、相手を弱らせたりして折ってから逃れようとでもするだろうに。

 思えばリディアは、簡単な生活魔法程度しか、タスクの前では操らなかった。火をおこしたり、鍵を掛けたり、あるいは持ち物や庭の植物に呪いをかけたり、その程度。

 無茶して力を失ったと、カヤが言った。

 長い逃亡の果てに、力も使い魔も失って、それがトラウマになってしまっているのだとしたら。

 この追っ手を払う力が、今のリディアにないのだとしたら。

 ひっそりと辺境に隠れ住み、見つからないようにしていた理由がそれだったとしたなら。


「リディアさん……!!」


 かつては、ルミール随一だと謳われた魔女だったと、彼女は言った。

 失った力が身体を小さくする程に大きかったのだとして、それを受け入れられず人知れず苦しんできただろう彼女を、佑は責めることなど出来なかった。

 ただただ、虚勢を張っていた彼女があまりにも脆くて、レニが言った『守ってやって』が急に重くのしかかってきて。

 ――騎馬との距離が迫る。こちらを威圧するように、馬上の兵はこちらに向かって止まれ止まれと叫んでいる。


「……守ります。リディアさんのことは俺が守ります。どうにかします。だからリディアさん、スキアが止まるのを許してやって。もう本当に、限界なんだ」


 軽快だったスキアの息が乱れているのに、リディアが気付かないわけがない。

 不自然に、背中が上下していた。リズムが崩れ、頼りなくふらついていた。


「お願いです……、リディアさん。無茶したら、スキアを失ってしまう……!!」


 ビクッと、リディアの肩が震えた。


「い……やだ。スキア、それは嫌だ。誰もこれ以上、私から…………、あぁっ、あああぁあああぁ……アッ!!!!」


 いつもの威厳を全部かき消すように泣くリディアを、佑は後ろからギュッと抱き締めた。

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