2. 雪の朝
暖炉の火を利用して、リディアは温かいスープを作った。少なくなってきた葉物野菜を細かく切って、大きめの根菜と、腸詰め肉を一緒に煮込む。ポトフに似ている。スープに染み出た野菜の旨味が、身体を芯からほぐしてくれる。
リディアの作るスープはいつも優しくて、深い味がする。
「アラガルドのあちこちで、様々な鉱石や原石が採掘される話はしただろう。資源が豊富なのは良い事だが、それが元で争いが起こる」
「どこの世界でも同じですね。資源は平等には採れないけど、需要は高いですから」
「変だよね。石は食べられないのに」
と、スキア。
「石は食べられないけど、石を売ったお金でご飯は食べられるよ。綺麗な石は高く売れる」
佑が言うと、スキアは「そっかぁ!」と驚いた顔をした。
お腹を空かせたスキアは、既にスープのお代り三杯目。乾パンと肉を浸して、しっかり味を吸わせてから美味しそうに食べている。
「そういう訳で、昔から王国と周辺国との間では、小さな揉め事が絶えなくてね。まぁ、採掘権やら何やらの利権絡みのことだったり、宝石の取引に関してどの国が有利だの、関税に対する不服だの、そういう話さ。アラガルドは精霊石に庇護されているとはいえ、小さな国だからね、一国ではどうにも出来ないことも多かった。そこで、隣国ガリム公国の力も借りて、上手く乗り越えてきた歴史があるのだよ。縁談は、この先も未来永劫、両国が手を取り合い支え合う証として、公国側から持ちかけられた。ガリム公国の産業は、アラガルド王国の鉱石が支えているんだ。それが将来も途絶えぬようにと」
「かなり……、政治的な思惑の中での、縁談だったと」
「好きとか嫌いとかな、そういう個々人の感情とは遠く離れたところで決まるんだ。特に、王家、貴族の縁談というのは。本来ならばジョセフ王子が王位を継承し、ガリムの現大公と手を取り合って、二つの国の和平を保ち続けると、そういう話になっていたはずなのに。どこで何が間違っていたのか」
聞けば聞くほど、胸が苦しくなった。
たった一人でリディアは、抱え込んで。
「そんな経緯なら、宰相の横暴を……、大公は見過ごしているはず、ないですよね」
「私もそう思う。王国でアーネストが妙な動きをしているのも、恐らく大公は全て知っていて、何とか和平を保つために表向き友好な状態を維持しているのではないかと。……推測の域を出ないが、そう信じたい」
夜が更ける。
明り取り用の小さな窓が、小屋の角に一つ。
外は次第に荒れ、轟々と風の渦巻く音が聞こえてくる。
丸太で組まれた壁の隙間から細かい雪が入り込み、冷たい空気を連れてくるのにも、だんだん慣れてきた。
「明日、天候が回復したら直ぐに発とう。あと少しで公国領だ」
リディアは自分に何かを言い聞かせるように、そっと呟いた。
◇
石の話をしてくれたのは、いつだったか。
恐らく彼女の出自に繋がる大切なものなのだろうと、佑は何となく分かっていながら、彼女に聞くことはしなかった。
入浴の時以外はずっと身につけている、五連の石のブレスレット。高価な石に見えた。しかしそれが本物なのか、そうでないのか、佑には分からない。
『キラキラした石が好きなの?』
『キラキラしてなくても好き。石には色んな表情があって、どれ一つとして同じものはないから』
紗良は石と紐を使って、お守りのようなものを作った。
『針金でも良いんだけど、市井の人には入手しにくいから、こうやって丈夫な紐で作って、大切な人に渡すの。無事に過ごせますように、幸せになれますように』
誰に習ったのか、どこで習ったのか。
『紗良の育ったところでは、そうしてたの?』
何気なく聞いた佑の言葉に、紗良は顔を青くした。
手を止め、紐を握り締めて、それからブンブンと顔を横に振り、
『しゅ……、手芸の本に書いてあったの。そういう風習が、昔、どこかの国にあったって』
紗良はまるで、聞かれてはいけないことを聞かれたような顔をしていた。
◇
午前中の早い時間に、嵐は止んだ。
内開きのドアを開けると、コンクリートのブロックを縦に二つ積み上げたくらいの雪が、ピッタリと小屋に張り付いていた。
スキアはピンと耳を立て、ドアを開けるなり、雪の壁に突っ込んだ。
スザァと雪の軋む音がして、同時に小屋の中に白いものが雪崩てきた。
「あ〜あ。スキア、やってくれたな!!」
呆れて頭を抱えるリディアを見て、佑はハハと笑った。
スコップを取り出し、ザクザクと小屋の外へと放り投げる。
「スキア、遊ぶなら外で遊ぼうな。リディアさん、ちょっと雪掻いときますから、支度しててくださいね」
「悪いな、タスク。スキアは雪遊びが大好きなんだよ」
「知ってます。いつも楽しそうで、元気貰ってますから」
陽の光が当たって、雪の粒が煌めいている。
質のいい雪だと、佑は思った。
こんな雪の日には、子供は大はしゃぎで外に繰り出し、大人は落胆して雪掻きに励むのだ。
いつだったか、紗良と竜樹と、同じような朝を過ごしたことを思い出しながら、佑は頬を緩め、スコップを動かし続けた。




