8. 守ってやって
昼近くになって、リディアは長髪の男と共に食堂に現れた。
佑は少しドキリとして、男の人相を確認してしまった。
頭の良さそうな人に見える。多少小汚くはあるが、自分だって大した変わらない。佑より十は年上だろうか。
「タスク、こいつはレニ。昔、王国から逃れ、傷だらけだった私を救ってくれた命の恩人だ。レニ、こいつがタスク。例の、リュウの父親で、王女の夫だ」
食堂の客は、昼間のそれに入れ替わっていた。
朝よりも賑やかになり、たくさんの視線が集まる中で、レニはニッと笑ってタスクに手を差し出した。
「初めまして。お会い出来て光栄です」
「こちらこそ」
意味有りげなレニの態度を気にしつつ、タスクも立ち上がって手を出し、二人、握手を交わした。
「噂に違わず誠実そうな人で安心したよ。リディアはすぐ無茶するから、声掛けてあげてください」
まるで保護者のような言い方だ。
「レニは口うるさいんだ。まぁ、それはさておき、こいつは薬師でな。王国にも頻繁に出入りしてる。色々話を聞いてたんだ」
「王国に精通してるってことですか」
「多少はね。リディアに大抵のことは話したから、後で聞いて。俺はタスクに興味があって、顔を見に来ただけだから」
「リディアリディア、オレのことも紹介して」
と、スキアがリディアの服を引っ張ってアピールすると、リディアは「はいはい」と優しく笑って、レニにスキアを紹介した。
「スキアだ。私の新しい使い魔。こう見えて優秀な大狼の子どもなんだ」
優秀と言われて、スキアは自慢げに背筋を伸ばした。
レニはへぇと相づちを打ちながら屈み込んで、スキアの頭を何度か撫でた。
「大狼とは頼もしいな。リディアを頼むよ。大切な人なんだ」
「大切? 結婚する?」
「う~ん。したいけど、さっき断られたからなぁ」
突然スキアの口から飛び出した“結婚”の言葉に、佑は思わずドキリとした。
やっぱり二人はと、目をしばたたかせていると、リディアはハァとわざとらしくため息をついた。
「魔女と結婚するやつなんぞいるか。人間の男の方が早く死ぬだろう? たくさんの男と出会ったが、皆棺桶の中だ。――だいたい、私はレニにそんな話、されてないぞ。適当なこと言いおって……」
「一緒に暮らそうって言ったら、断ってきただろ。いたいけな中年男の心を、魔女は平気で踏みにじるんだよ」
「勝手に踏みにじられておいて、何を言う。だからその年まで独り身なんだ」
「つれないなぁ。二十年前のあの美しすぎたリディアを忘れられなくて、今までずっと独りだったのに」
「仲、良いですね」
二人をニコニコ見ていた佑は、思わずそんな言葉を掛けた。
すると、
「良くない」
「良いと思うでしょ?」
二人から真逆の言葉が返ってきて、佑はプッと吹き出してしまった。
「ま、冗談はさておきさ」
レニは襟元を正し、真面目な顔を佑に向けた。
「王国の宰相、アーネスト直属の魔法使いトビアスは、冷酷で残忍な魔法を使うと聞く。トビアスの魔法を恐れて、誰も宰相に逆らえない。森を抜けたらガリム公国の領内に入る。公国は現王リアムの義姉ロザリーの嫁ぎ先だ。それもあって、以前よりずっと王国寄りなんだ。リディアもそうだけど、タスクも、正体がバレたら面倒なことになるだろうから、どうか注意して」
「ありがとうございます。忠告、痛み入ります」
「と、それから……」
レニはグイッと佑の肩を引き寄せた。
「ちょっとこっち来て」
「え、あっ!」
「レニ! お前、タスクに何を」
リディアの制止を振り切って、無理矢理レニは、佑を壁際まで引っ張った。
咄嗟の出来事に対応できず、佑は身体を強ばらせた。
「ど、どうしました。レニ……さん」
強引さに驚き目を白黒させる佑の耳元で、レニはボソッと言い放った。
「リディアをどうか守ってやって。あいつ、死ぬ気だ」
「え?!」
「大切なものを守るためなら、何でもする。それがリディアだから。前は力と使い魔を失った。今度は、命を失うかも知れない。それだけはどうか……」
それだけ言うと、レニはサッと佑から離れた。
「こらレニ! 余計なことを喋ったんじゃないだろうな!!」
リディアが膨れっ面でレニに迫っている。
さっきとは打って変わって締まりのない顔に戻ったレニが、
「いやいや、リディアは俺ンだから取るなよって忠告しといたんだよ。こんなに可愛い女の子になっちゃってぇ~」
「はぁ? 何だと、このぉ!!」
冗談交じりにリディアに返しているのを見て、佑は逆に不安になった。
*
昼過ぎ、嵐が止んだ。
日差しが白い雪を照らして、目がチカチカするほど輝いていた。
身支度を終えて村から出ようとする佑達を、村人が見送ってくれる。
「早くリュウに会えますように」
「無理しないでね」
「良い知らせがあることを祈ってるよ」
素朴で、いい人達だと、佑は思った。
静かに暮らしていた村の人達が、アラガルド王国のゴタゴタに巻き込まれ、様々な苦労を強いられていたこと、それでもまだ王家を慕っていること。
少しだが、リディアの過去を知れたのも、悪くはなかった。
「ありがとうございました。皆さんも、お元気で」
スキアの背中に乗って、佑は大きく手を振った。
これから、森を抜ける。
スキアの足ならば、馬より早く進めるのではないかと、リディアは言った。
風はまだ冷たかった。
細かい雪の粒が舞い、視界のあちこちを白くしていた。




