7. 王国の現状
リディアの目は笑っていなかった。
レニは嫌な予感に吐き気がして、胸をさすった。
「死ぬ気か」
「死ぬつもりはないが、殺されるかも知れないからな」
死を覚悟している目だ。レニは思った。
「殺されるために救ったわけじゃない」
「死なないよう、努力はするさ。レニは王国にも時々足を運ぶんだろう? 薬や薬草の買い付け、道具の仕入れ、貴族連中にも顔が利いたはずだ」
「まぁね」
ボサボサ頭のレニが、王国へ顔を出すときだけはしゃんとしているのを、リディアは知っている。
「王国の現状を聞きに来た。人伝だけじゃ限界がある。アーネストはまだ幅を利かせているのか。リアムが国王になってから随分経つが、あの子はまだ若い。ジョセフは元気なのか。ロザリーが嫁いだガリム公国との関係も危ういと聞く」
「焦るなリディア。……察しのとおり、あれはもう、アラガルド王家の国じゃない。アーネストの国になった。リアム王は飾りだな」
「飾り……か」
やっぱりなと、リディアは大きく息をついた。
「成人を機に十六で無理矢理王座に就いたところで、リアム王に発言権なんかあるわけがない。あれから五年。それでも二十一。経験不足の若い王の代わりに、あのクソ宰相がやりたい放題やってるよ。いよいよ精霊石を狙ってるんじゃないかって話だ」
「……やっぱりな。アレはとかく権力に固執していた。使い方を間違えば大変なことになる。なんとしてもアーネストを止めなければ」
「そういえば、宰相ンとこの魔法使いが妙な未来を見たらしいって話も聞いたぞ」
「トビアスが?」
「俺が聞いた話だと、『近々旧王家の手の者が、復権のため王国入りする』『精霊石が真の王の手に渡る』……だっけかな。権力を振り翳すだけのクソ宰相が真の王な訳が無いし、現王リアムが真の王ならそんな噂は立たないだろう?」
旧王家、のところでリディアは眉尻を上げた。
アラガルドの王家は建国以来ずっと同じはず。なのに“旧”などと。明らかに、王家を愚弄している。
「くだらない。たかがトビアスの夢じゃないか。やたらと兵がウロチョロしてる理由はそれか。二十年も経って、急にどうしたのかと思ったら」
「父王アレックの死から十八年。直後に跡を継いだ前王ジョセフも、だいぶ健闘したんだけどな。目が見えず、結局は宰相が実権を握った。……リディアの予感は現実になった」
「ジョセフは今どこに?」
「離宮に幽閉状態だと聞く。残念ながら、俺は王宮には入れない。精神を病んでなければ良いが」
「幽閉か……! 見えぬのをいいことに」
リディアは頭を抱えた。
有能な王子だったジョセフを想う。視力を失っても尊厳は失わぬと、健気に彼は微笑んだ。支えて行くつもりだったのに、思わぬ事態になった。
理由はどうあれ、ジョセフを見捨てるように王国を飛び出してしまったことを、リディアは激しく後悔する。
味方は国内にどれくらい残っているのだろうか。
どれだけ辛い日々を送っているのだろうか。
「リュウとか言うチビが村に来てた。話は聞いた?」
「セリーナ王女の息子だ。かの地で男と知り合い、産んだらしい。息子を追って、父親もルミールに迷い込んできた。私はその父親を連れて、王国に向かう」
そうかと、レニは頷きながらリディアの話を聞いていた。
暖炉の中、炎の揺らぎをじっと見つめるリディアは、ただの幼い少女に見える。思い詰めたような横顔の輪郭に炎のオレンジが薄らと反射して、彼女の存在を際立たせる。
艶やかな長い銀髪も、かつて成人の妖艶な魔女であった頃の彼女と同じであるはずなのに、二十年の時を経て再会した今、レニの目にはリディアが消えそうなくらい儚く見えるのだ。
「王国に行っても、宰相を倒せるかどうか確証もないんだろう? ここで俺とゆるゆる暮らさないか」
「……言われると思った」
リディアは口元を緩めた。
「あの短い間に親身に介抱してくれたこと、改めてお礼が言いたくてここに来たんだ。ここを出るときも、お前に散々止められたな。だけど私は出て行った。私は誰かとぬくぬく幸せに過ごしていけるような女じゃないよ」
想定通りの言葉がリディアから返ってくると、レニもまた口元を緩ませてふぅと息をついた。
「止めたって無駄なのは知ってたけどね。リュウも出てった。止めても無駄だった。そう言えばあいつ、初めてルミールに来た割には色々知ってたな」
「石の精霊が指南したんだろ。王女のブレスレットを受け継いだんだから」
「いや、それだけじゃない。かの地にいたら知るはずのなかった王国の現状も、ある程度頭に入っている感じだった」
レニの言葉に、リディアは目を丸くした。
「リアム王について、あいつ、ペラペラと喋ってったぞ。『宰相の言いなりだ』とか『まともなヤツが周囲にいない』とか。『教育係も兼ねているはずの魔法使いが、リアム王を蔑ろにしている』って話もしていたな。なんで知ってんだ? ルミールとかの地は、そんなに頻繁に繋がるのか……?」
「まさか……!! 繋がるわけがない。もしそんなに簡単に繋がっていたのなら、王女はルミールに戻っていたはずだ。戻ることも叶わず、かの地で死んだのだぞ?!」
「じゃあどうしてリュウは、ルミールのことを? 幾らエナの町で情報を集めたところで、そんな内部事情にまで辿り着けるはずはないのに」
二人、暖炉の前で考え込んだ。
しかし、答えなんて出るはずもなく。
「ルミールから何者かがかの地に向かった……、とか」
「まさか。有り得ん。有り得んが……、可能性が、ないわけでもない……」
暖炉の火がパチパチと音を立てながら揺らぐのを、二人はしばらくの間、黙って見つめていた。




