6. 恩人
リディアが食堂から出たあとも、佑は引き続き、村人と話を続けた。
奢りだよと、食堂の女達が、佑とスキアにお茶と菓子を持ってきてくれた。
スキアは目をキラキラさせて、遠慮なく頬張っている。嬉しいと耳としっぽが揺れるのがまた可愛くて、女性達は次々にお菓子を追加する。
「本当は、リュウには行って欲しくなかったんだけどねぇ」
女性給仕が言うと、皆一様にウンウンと頷いた。
少しずつ弱まってきたとはいえ、まだ風の音がする。
皆の意識は否応なしに外に向かった。そして、多くの溜め息が漏れた。
「王国から派遣された兵がうろちょろしだしてるって噂なんだよ。幸いまだこの村には来ていないけど、森の抜け道を使って来るだろうから、鉢合わせにならないか心配で心配で」
「それにこの吹雪だしね。もう少し暖かくなってからでもいいんじゃないのって、あたしらなりに足止めしたんだけど、聞かなくてね」
村の女達が口々に言うのを、佑は頷きながら丁寧に聞き取った。
「何か、急ぐ理由があるって言ってましたか?」
女達は首を横に振った。
「肝心のことは何も。……ねぇ?」
「そう……、ですか……」
そんなに簡単に手掛かりが掴めるはずなんてない。分かっていつつも期待していただけに、落胆は大きい。
せめて何の目的があって急ぐのか、理由が分かればと思ったのに。
「心配し過ぎかも知れないんですけど、あいつが本当に一人で旅をしてるなんて、まだ信じられなくて。リディアさんは、『石の精霊が守っているから大丈夫だろう』って言うんですけど……」
「『精霊が教えてくれる』って話はしてたよね」
と、佑と同じくらいの歳の女性が声を上げた。
「確かね、『馬の乗り方もルミールの風習も、精霊が教えてくれる』んだって。だいぶ石の力を使いこなしているように見えたけど」
「石を、使いこなしてる……? 確かにずっと身につけてはいたようだけど……」
紗良の形見だから、ずっと大事にしているのだとばかり。
佑は少し考え込んだ。
竜樹はだいぶ昔からアラガルドの現状を知らされていた。ルミールのことを聞かされて育ち、石の精霊とも信頼関係を築けている。そして間違いなく、紗良の祖国アラガルド王国へと向かっている。
紗良はいずれ自分がルミールに戻る前提でいたのだろう。それとも竜樹が行くことになっていたのか? はたまた、二人で消えるつもりだったのか。
いずれにせよ、そこに佑が入る隙などなかったらしい。
竜樹は佑が追いかけてくる可能性に気付いていた。モバイルバッテリーも、ズィオ村での言付けもそれを物語っている。
まともに会話できていたら何の問題もなかったことを、遠回しに遠回しに人伝で聞いている。
不機嫌そうに佑を避けていた理由は何だったのだろう。
あの時佑を突き放すようにはなった言葉の真意は。
本当はどんな理由で家を飛び出したのか。
思い出そうとしても、あの時は頭が真っ白で、どんな会話の最中にあの言葉の応酬があったのか分からないのだ。
「ところであんた、いずれリュウとかの地に戻るつもりなのかい?」
さっきの同年代の女性が佑に尋ねてきた。
佑は、ハッと顔を上げ、それからうぅんと少し唸った。
「戻ろうと思って、追いかけてきたんです」
佑の言葉に、食堂全体が大きなため息に包まれた。
「……けど、そういう結末を俺が最初から持っていちゃダメなんだなって。色々な人に話を聞いてて思いました。何より、俺の人生じゃない。竜樹の人生ですから」
「じゃあ、リュウに会ったら、どうするの?」
そうですねと、佑は一拍置いてから、自分に言い聞かせるように静かに言った。
「それは、竜樹と会ってから決めますよ」
*
村外れの小さな家を、リディアは訪ねていた。
壁の隙間から細かい雪が入り込み、足元に白い筋を作っている。
明かり取り用の窓はこの季節、しっかり塞がれていて、外からの光は隙間から雪と共に差し込んでくる程度。暖炉の火とランタンが、室内を淡く照らしていた。
「また王国に戻るって? あんなに悲惨な状態で逃げ込んできたクセに」
男はだらしなく無精髭を生やし、無造作に伸ばしたぐちゃぐちゃの髪を軽く後ろで結っている。それでいて、着るものはしゃんとしていて、彼の机には薬の瓶や先の尖った鋏、鉗子が置いてあった。
「まあね。逃げるのにも疲れたし、いい頃合いだと思ってさ」
リディアと男は暖炉に向かって横並びになった椅子に腰掛け、指先を温めていた。
「あんなに色っぽかったのに、こんなにちんちくりんになりやがって」
「あの後、急激に縮んだんだ。力は無くなるし、弱くなるし、最悪だ」
「見た目は人間と同じでも、身体の仕組みは全然違う。魔女って生き物は、どうして弱くなると若くなるんだか」
「知るか」
リディアはフンと鼻で笑った。
男は少し嬉しそうに口元を緩ませた。
「身体中穴だらけのリディアを見た時に、目をひん剥いたのを思い出すよ。あんなに傷付いたのに、懲りないな。使い魔もたくさん失ったって嘆いてたの、忘れたのか?」
「忘れんよ。……カヤもレニも心配症だな」
「カヤ?」
「レニとここで別れたあと、エナの町で知り合った魔女さ。どいつもこいつも、放っとけって言ってるのに、心配だのなんだの。最強の魔女リディアを知らんのか」
「かつての話な」
レニはそう言って、またふふんと笑った。
――かつて、ルミール随一とも、最強とも謳われた魔女が、アラガルド王国を転覆せんと、第一王女セリーナと共に第一王子に毒を盛った――。
人間の噂話は下手な魔法や呪いよりも、ずっとずっと恐ろしい。
王女を逃した魔女リディアは、極悪人と称され、王国に命を狙われた。
何度も攻撃に遭い、全身傷だらけだったリディアを助けたのがレニだった。
「王国の魔女リディア。最初は本当に悪者だと思ってた。上から目線で無遠慮で。いい女ではあったけど、いけ好かなかった。二十年の隠居生活で、だいぶ柔らかくなったじゃないか」
「王国に仕える前は、師匠と似たような暮らしをしていた。それを思い出して、必死に一からやり直したんだ。丸くもなるさ」
「……で、懐かしむために来たのか? それとも俺が恋しかった?」
レニは無精髭を擦りながら、リディアに笑みを向けた。
「別れの挨拶にな」
「は?」
「命の恩人に、別れの挨拶くらいしておきたかったんだ」
リディアは無理矢理口角を上げた。
暖炉に照らされた彼女の目に涙が溢れているのを見てしまったレニは、ゴクリと思い切り唾を飲み込んだ。




