5. 王子様
スキアは結局、宿泊者用の朝食に加えて、大人二人分のパンと肉料理を平らげた。鶏肉のリヤ酒煮は、乾燥させた香草も散らしてあって、かなり美味しそうな匂いが漂っていた。
スキアが食べ終わるまでの間、佑は食堂に居合わせた村人と話をして過ごした。
「リュウは本当にお前さんの息子なのかい? 良くもまあ、あんなに立派に育てたもんだ」
白髪の男が驚いたように言った。
「そうですね。凡人の俺と違って、あいつは飲み込みも早いし、賢い子だと思います。紗良に……、セリーナ王女に似たんです」
「やっぱり、行方知れずだったアラガルドの王女様の……」
と、別の男。
「ルミールからかの地に逃れて……、俺と知り合って、結婚しました。で、授かったのが、その……、竜樹、つまり“リュウ”です。実は、リディアさんに聞くまで、俺、何も知らなくて。こうしてルミールに迷い込まなかったら、一生妻の正体なんて知らなかったと思います」
へぇと、またあちこちから声が上がる。
「あんた、昨晩の話も聞いてたけど、本当にいい人だね」
今度は別の、少し頭の禿げ上がった男。
隣で少し年配のしわがれた老婆がこくこくと頷いている。
「本当だよ。リュウも良い子だった。王女様もそれはそれは素晴らしい方だったけど、あんたがその旦那様なんだと言われたら、そんな気がしてくるねぇ」
「リュウが言ってたんだよ。『父は優しすぎるくらい優しくて、生真面目で、絶対に約束は破らない、とても誠実な人なんだ』って。特に約束を破らないってのが良いね。大抵の男は直ぐに約束を破る。そして、あたしら女に無様な言い訳をしてくるもんさ」
恰幅の良い女性給仕が空いている席にドカッと座った。
佑は頭を搔いて、はははと笑った。
「約束は守りますよ。ただ、俺はあまりにもしっかり守りすぎるので、よく、呆れられます。竜樹は多分、相当イライラしたと思いますよ。俺は何も聞かないから、何も知らないんです。思い悩んでも、竜樹は俺に相談すら出来なかった訳ですから。……ただ、知っていても、何もアドバイスは出来なかったかな。好きなようにしろと、背中を押すくらいしか出来なかったと思います。俺はルミールの人間でもなければ、王位継承権とも無縁な農家の倅ですからね。しかも、その農家すら継がなかったヘタレです。その点、竜樹は凄いなと……。俺の知らないところでどんな話をしてたのか分かりませんけど、ずっと、行ける保証もないアラガルドに思いを馳せていたんですから……」
「昔話みたいに聞かされてたらしいよ」
女性給仕に言われ、佑は「えっ」と声を漏らした。
「リュウが言うにはね、母親が昔話みたいに、ルミールの話をしていたんだって。精霊石に守られた国の話、石の精霊の話、無実の罪を着せられたお姫様が逃れた先で優しい男と出会って、幸せになる話」
「王女が、そんなことを……」
リディアがへぇと頷く向かい側で、佑はふるふると震えていた。
昔話……。
幼い竜樹を寝かし付ける時、絵本を読み聞かせるみたいに、知らない話をして、知らない歌を歌う紗良の横顔が思い出される。
思い返してみれば、あれは……。
「お姫様の話、リュウがしてくれたんだけどね。なんて素敵な話なんだろうって、みんなで話してたの! そうかいそうかい、あんたがその……」
ニヤニヤと、女性給仕は佑に変な笑みを向けている。それどころか、他の客まで同じようにニヤニヤしている。
「どど、どうしました?」
妙な寒気がして周囲を見回すと、特に女達が一様に口元を隠して笑っている。
「ふふふ。王子様ねぇ……」
「王子様には見えないねぇ」
「まだ平民の皮を被っているのかも知れないよ」
「王女様にはあんたが王子様に見えていた、なんて! 一体どんな魔法を使ったんだい?」
「おおおお王子様?! 俺がぁっ?!」
恐らくルミールに来てから一番大きな声が出た。
佑は耳まで真っ赤にして、ブンブンと手と顔を左右に振った。
「ばばば馬鹿なこと言わないでくださいよ!! こんなんですよ?! 金もないし、地位も名誉も何もないのに、おおおおおおお王子様とか、なっ!! そんなっ!! 竜樹のやつ、何でそんな話!!」
「確かに、タスクには金も地位も名誉もないな」
茶を啜りながら、リディアは言った。
「だが、お前のような、真っ直ぐで裏表のない人間が、女には王子に見えるってことさ」
佑は面食らった。
面食らって、頭が真っ白になった。
リディアが柔和な笑みを浮かべているのも、食堂に集まった客達がにこやかに佑を見つめるのも、スキアがいっぱいになった腹をさするのも見えていたのに、何にも反応出来なかった。
「固まったぞ。つくづく面白いな、タスクは」
からかうようにして笑うリディアと、釣られて笑う客達で、食堂は大いに盛り上がった。
外はまだ強い風が吹いている。
ゴウゴウと壁に吹き付ける風の音。風に当たって僅かに建物が振動していた。
「さぁて。いい加減スキアも食い終わったな。天気は昼過ぎに回復するんじゃないかって話だ。それまで自由時間で良いか」
リディアに言われ、佑は気を取り直して「はい」と、スキアは「いいよ~」と答えた。
「それじゃ、私はちょっと行くところがあるから、また後でな」
「行くとこ、ですか」
「昔世話んなった人への挨拶だ。お前はここで、もうちょっと息子の話でも聞いたらどうだ」
かつて、アラガルドを追われたリディアはこの村を訪れたのだと言っていた。世話になったのだとすれば、恐らくはその時の。
「分かりました。そうします。リディアさんも、外、寒いから気を付けてくださいよ」
他人の過去には極力立ち入らない。本人が望まない限り。
佑は付いて行きたいのをグッと我慢して、リディアに笑顔を向けた。
「すまないな、タスク。スキアもタスクと一緒にここで暖まってろ。後で存分、働いてもらうからな」
リディアはそんな佑の気持ちを受け取ってか、小さく笑うのだった。




