9. 酔っ払い
店内は静まりかえっている。
暖炉の火がパチパチ燃える音や、風がピュウピュウ外で吹き荒れる音すら聞こえてくる。
スキアは佑の話を気にしながらも、もぐもぐと目の前に届いた食事を食べ進めていて、佑はそれをぼんやり眺めながら、過去を吐露したことについて後悔し始めていた。
こんな話、つまらないだろうに。
それでもリディアはしっとりとした顔をして、佑の話を聞いていた。
「逃げても、良かったんですかね」
佑が聞くと、リディアはうんと力強く頷いた。
「逃げるだけ、逃げたんだろう」
佑も、うんと頷いた。
「今度は追いかける。王国に向かっただろう息子を」
「はい」
相当酔いが回っているんだろう。リディアはうんうんと真っ赤になった頭を何度も上下させ、わざとらしく頷いている。
かと思えばダンッとテーブルを叩いて立ち上がり、空のジョッキを高く掲げてグルッと周囲を見渡し、店中に響き渡るように大声を出した。
「聞いたか! こいつァ……、タスクはなァ、凄まじく、良いヤツなんだ!!」
ギョッとした。
目が据わってる。
ただの酔っ払いじゃないかと、佑は目を丸くした。
「や、やめてください、リディアさん!」
佑の制止は通じない。
それどころか、益々調子に乗って、リディアは大立ち回りをするように両手をぐんと広げ始めた。
「たかが百姓の跡取りがッ!! ……農家ってのは、百姓って意味で合ってるか。合ってるな。アラガルド王家のだぞ? かの王女の心を射止めた。跡目こそ継がなかったが、私ぁ、こいつを弱虫なんて思わんね。――なぁ、そう思わんか。思うだろ? な? な?」
客の一人一人に目配せし、頷きを求めるリディア。
「だからやめてくださいってば、リディアさん」
両手を横にブンブン振って、佑は必死に否定したが、全然聞こえていない。
聞こえていない振りをしているのかも知れない。
リディアは佑にぐるんと背を向けて、聴衆に向かって堂々と語っている。
「跡目がどうので気にするのァ、王族や貴族ぐらいなもんだろうと鼻で笑うところだが、こいつぁな、たかが百姓だぞ!! 百姓を継がなかったことを後ろめたく感じて、ずうっと責任を感じていたらしい。とんだバカ真面目じゃないか!! たかが百姓だろ。地主か?」
「違います、地主じゃないです」
「地主でもないのに、跡継ぎに拘ってどぉする! 百姓如きの跡目なんてのぁなあ! 継ぎたいヤツに継がせりゃ良いんだ。誰だってやれる仕事じゃないか!」
「リディアさん、農家の人に失礼ですよ。大変な仕事なんですから。天候に左右されて、物価上昇に振り回されて。先祖代々受け継がれた土地を耕していくのがどんなに重要なのか、考えてみなくても分かるでしょう」
「知るかぁッ!! 私ぁ魔女だぞ! 百姓の気苦労なんか知ったこっちゃないね!」
「庭で何種類もハーブ育ててた癖に、何言うんですか」
「……ンだとコルァ!! もしタスクがなぁ! 百姓なんか継いでたら、王女ァ……どうしたんだ!! お前とは出会わなかった!! 出会わなかったらなぁ……、どうなっていたかも……、分からんのだぞ?! お前が百姓の跡継ぎなんぞやめて、さっさと独り立ちしたからこそ! 王女はお前と出会ってだなぁ……!! うぅ、ううぅ……。お前……、ホンット良いヤツだな……。良いヤツだぁあああぁぁあぁ…………」
ヤバい。今度は急に泣き出した。
他の客もドン引きしている様子。
参った……。
「リディアさん、酒癖悪い代表格みたいな酔い方してるじゃないですか……」
佑は額に手を当て、ガックリと肩を落とした。
「あ~あ~。タスクが酒なんか飲ましたから~」
スキアがわざとらしくため息をついている。
「え? 俺のせいなの? リディアさん、自分で頼んだのに」
知らないよとばかりに、スキアは食べ物を頬張っていた。
一日中、二人と荷物を載せて走り回っていたスキアには、確かに落ち着いて食べて欲しいところだけど。
手の付けられない酔っ払いっぷりは、さすがの佑も余り得意ではなかった。
「り、リディアさん! 酔い過ぎです!! 落ち着いて!!」
涙と鼻水を出しまくり、しゃくり上げるリディアに、さっき差し出されたハンカチを渡す。
チーンと鼻をかみ、涙を拭う。
かと思うとまたうわぁんと泣き出した。
「うるへぇ~~~~~~ッ!! 黙れェ、タスクぅ……」
佑はリディアの肩に触れて座らせようとしたが、リディアはブンと大きく手を払い、フラフラしながら佑に詰め寄った。
「タスク!! おみゃぁなぁ~、いぃ加減にしろよぉ。どこまで良いヤツなんぁ。そんなんだかぁな、セリーナ王女ぁタスクに惚れたぁだろぉが。こンの、人ったらしめがぁァ~」
「リディアさん、れろれろじゃないですか。あぁ、もう。何が酒豪ですか。弱過ぎますって」
ぐらっと、リディアの頭が大きく揺れた。
かと思うと、そのままバタンと、床の上に仰向けに倒れてしまう。
「リディアさん……!!」
わぁっと、店中の客が大声を出して、リディアの具合を気遣った。
……直後。
ずひぃ、ずひぃと、気持ちよさそうな鼾が辺りに響き渡った。
「……ったく」
無防備に、両手を挙げた状態で眠るリディアを、スキアも椅子の後ろから覗いて驚いている。
「寝ちゃった……」
「寝ましたね。だいぶ、無理してたのかな」
佑はぐっすりと眠るリディアの側に屈み込んだ。
熟睡だ。
このまま寝かせてあげた方がいいのかも知れない。
「だ……、大丈夫かい?」
客の一人が、見かねて声を掛けてくれる。
「すみません。なんか、飲み過ぎたみたいで。部屋取ってるんで、寝せてきます。料理も途中だし。スキア! 悪いけど、扉と鍵開けるの頼む」
リディアの荷物から部屋の鍵を取り出してスキアに渡してから、佑はよいしょと、眠るリディアを抱き上げた。
……重い。
寝ている人間が一番重いのだ。
「おいおい、大丈夫か、あんちゃん」
「だ……、大丈夫、です!! よっと!!」
勢い付けて立ち上がり、ガッチリとリディアを抱き直した。
お姫様抱っこされたリディアは、姫というよりは長いドライブの末、車内で眠ってしまった子どものようだ。
「すみません。寝かせたらまた来ます。お代は……、リディアさんの財布、勝手に開けると変な魔法かかってそうだからな……」
困り果てていると、飲み屋のマスターがカウンターの向こうからブンブンと手を振った。
「朝で良いから! とっとと寝せてきな!!」
「すみません。ありがとうございます! じゃ、スキア、行くよ」
「りょ~かいッ!」
両手にリディアの身体の重みがズッシリ伝わり、気を抜くと落としてしまいそうだった。
だけど、出会って初めて弱みを見せてくれたのが何だか嬉しくて、佑は頬を綻ばせながら、リディアを部屋まで連れて行った。




