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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【5】佑と紗良の昔の話

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8. 負け犬の話

 ふぅと、佑は額に浮かんだ汗を腕で拭った。

 アルコールで良くなった血流のせいか、あちこち汗ばんでいた。


「幼い頃から、とにかく体裁に気を付けるよう、厳しく言われていました。昔の家なので、うちは親方……つまり、家長ですけど、親方の言う事は絶対で、逆らってはいけない決まりがありました。家制度自体は戦後廃止されて何十年も経つわけですけど、田舎ではまだまだ制度は現行でした。子どもであっても、親方である祖父の地雷がどこにあるのか探りながら、動かなきゃならなくて。弟はさておき、両親、祖父母、それから当時健在だった曾祖父母には、かなり気を遣いました。家族に気を遣うってのが、一番辛かった。祖父母と曾祖父母の目が怖くて、俺はずっと良い子を演じていたくらいです。……ちょっとでもはみ出すと、怒られるし、叩かれるし、(なじ)られます。気が気じゃなかった。母が良く俺を守ってくれたので、俺は母のためにも良い子でいようと思ったんです。ただでさえ、旧家では嫁の立場は低いですから。何か俺が粗相をすると、直ぐに母のせいにされましたね。母の血筋が悪いとか、母の躾が悪いとか。不器用で、要領が悪くて、望んでいた姿に近付けていたのかどうかは分かりませんけど、俺は母を守るためにも、とにかく必死で良い子を演じ続けました」


 スッと、リディアが佑にハンカチを差し出す。

 ありがとうございますと受け取り、佑はハンカチで顔を拭った。また、洗って返さなければと、頭の隅で考える。


「特に厳しかった曾祖父母が小学生の時に相次いで亡くなって、少しは解放されるかなと思ったんですけど、それも甘かったですね。驚くくらい曾祖父母の考えを踏襲した祖父母と父が、俺に妙な期待をかけ始めたんです。中学でも学年十位以内をどうにかキープし続けて、高校は進学校に入りました。高校生になったら、少しは自由になれるかなと思いましたけど、自由なのは学校にいる間だけで、あとはあんまり変わらなかった。相変わらず生活態度には厳しかったんです。俺が限界を感じたのは、進路の話になったときでした。窮屈な田舎は懲り懲りだったんで、都会に出たくて。高卒じゃ仕事も限られるし、大学に進学して都会で仕事がしたいと、ずっと思ってたんですよ。それでね、俺は意を決して言ったんです。『大学に進学したい。勉強して、都会で働きたい』それこそ、一世一代の大勝負のつもりで。そしたらね、なんて返ってきたと思います? 『大学には行かせてやる。その代わり、卒業後は必ず農家を継ぎなさい』――継ぐわけないじゃないですか。一生親に縛られて、何の自由もない生活を強いられるの分かってて、どうして戻ってくると思ってたのか。担任には『曽根崎は進学できる頭があるのに』と残念がられました。嫌だったんです。これ以上縛られたくなくて。大学に入っても就農を義務づけられるなら、家を出ようと。就職することにしました。勝手に進路を変えました。散々、罵られましたよ。『家を捨てるのか』『今までどれだけお前に期待したと思っているんだ』と。弟もいたし、跡継ぎには事欠かないはずです。母のことは心配でした。だけど、あの家に居続けると俺は壊れてしまいそうだった。誰の力も借りず、一人で生きることにしました。都会に出るのは無理でしたけど、どうにか地元の金融機関に就職しました。実家との連絡を絶ちました。紗良に出会ったのは、その直後です」


 一気にそこまで話すと、佑はまた、グビグビとエールを呷った。

 二杯目のジョッキは空になっていた。


「……くだらない話です。親から逃げてきた、負け犬の話。聞いても、面白くなかったでしょう」


 視線を上げると、リディアが目を細め、眉をハの字にして佑を見ている。


「いいや。そんなことはない」


 リディアは首を横に振り、頬を綻ばせた。


「どこにでもある話です。くだらない。何の、生産性も無い話です」

「勇気を出したんだな」

「どうでしょう。逃げたと、思っています。母には感謝してますけど。就職したときやアパートを借りるときに保証人になってくれたし、俺の選択を否定しなかった。だけど、あとは全部、弟に押しつけた」

「気に病むことか?」


「体裁を気にして生きてきたので、しがらみから抜けるのが大変でした。『長男なのに家を継がないなんて』と、散々言われてきたので、そればかりが頭の片隅にずっとあって。何のために頑張っていたのか分からなくなりましたよね。何になりたくて頑張ってたのか。だから、紗良の話を今聞いて、俺とは真逆だなって。彼女は自分の国や家族のために必死に頑張った。俺はその逆。保身のために逃げたんです。……釣り合いませんよ」

「またそうやって、自分を否定する。気に病む必要などない。逃げることも、立派な選択肢だ。私も王女も逃げたのだ。生きるために。お前も逃げた。逃げたからこそ、出会ったのじゃないか。逃げることを否定するのは得策じゃない。逃げることで、新しい出会いがあった。何もかも否定してしまったら、王女との出会いも、その後の人生も、全部否定することになる。お前は正しい選択をした。だからこそ、出会えたのだ。そう思えば良いじゃないか」


 パスタ料理のようなものが目の前に運ばれてきていたが、手を付けることが出来なかった。

 湯気が立つ。

 リディアの顔が霞んで見える。


「リディアさんは優しい。俺はずっと、自分の過去が後ろめたくて」

「後ろめたいわけがあるか。生きづらかったら、逃げてくれば良いだけの話。誰も責めたりせんよ。誰のものでもない、お前の人生じゃないか。自分で決めたこと、自分で選んだことに対し、誰かが無責任に口を挟むもんじゃないだろう」


 佑は髪をぐしゃぐしゃと掻いて、ふぅと長く息をついた。

 アルコールが回っているからか、頭がぼうっとして、思考がハッキリしない。

 何年か振りに身の上話をしてしまった。

 気が付けば佑達のテーブルの周囲には店中の人が(たか)っていて、佑の話にじっと耳を傾けていた。

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