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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【5】佑と紗良の昔の話

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7. 太郎右衛門の佑君

 グビグビと喉を鳴らしながら、エールを流し込んでいく。

 爽快感と共に、生ビールとはまた違う、深いコクと、程よい苦み。鼻に抜けるハーブと香辛料の香りも新鮮だった。


「ん~~~~!! 久々に飲んだな」


 リディアの顔は、アルコールで少し赤かった。

 ジョッキをテーブルに置き、タスクもふぅと息をついた。


「リディアさんも久々ですか。普段は飲まないとか」

「いや、昔は酒豪で通ってたんだがな。縮んでからはサッパリ、飲んでなかった」


 飲み始めると、村人の視線も目に入らなくなってくる。

 飲み物に続いてテーブルに届いた葉物野菜と豆のサラダを自分の皿に取り分けて摘まみながら、佑は更にエールを流し込んだ。


「タスクは? 飲まんのか」

「紗良がいた頃は、二人で週末に晩酌することが多かったですけど、死んでからはサッパリ。竜樹はあんなだし、一人で辛気くさく飲んだって、酒は美味しくないですからね」

「息子とは、随分前から上手くいってなかった?」

「さぁ……、どうでしょう。俺は自分なりに、やることはやってたつもりだったんですけど。結局、つもりでしかなかった。だから、竜樹は俺を見放したんでしょう」


 思い出すとズキッとする。

 外は猛吹雪なのに、玄関のドアが開く音がして、慌てて追いかけた。


「見放したとは思えんがな」


 リディアはテーブルに頬杖を付いて、目を細めている。


「どういう意味ですか」

「本当に見放したなら、あの小さな箱をギルドに預けたりなんかしない。それに、お前は自分が思う程、価値のない人間ではないぞ?」

「……だと、良いんですが」

「王女の選択は正しかった。お前は王女の正体を聞かなかった。息子は賢く育った。それもこれも、お前と出会ったからだ。他の人間ではなく、タスク、お前に」

「褒めても何も出ませんよ」


 笑みを零して、タスクはまた、エールを呷った。


「……タスクの話も聞きたい」


 リディアは酔いに任せてか、急にそんなことを言い出した。

 次々に運ばれてくる料理を片っ端から食べながら、スキアもウンウンと何度も頷いている。


「オレも知りたい。タスクの話、面白い」 


 濁りのないスキアの瞳と、リディアの圧力に負ける。


「じゃ、じゃあ、少しだけ」


 佑は渋りながらも了承し、木のジョッキをテーブルに置いた。


「俺の、何が気になるとか、ありますか」


「そうだな。変な商売をしていた話は聞いたから、それ以外。お前、生まれも商人の家か」


 佑はいいやと首を横に振る。


「生まれは……。って、本当はこういう話、あんまり得意じゃないんです」

「ほぉ」

「結構後ろめたいところもあって、思い出したくなくて。向こうにいるときは、なるべく気にしないよう、心掛けてたんですけど。……まぁ、ここはルミールだし、俺の事情がどうあれ、ここに来たら関係ないし、大体、くだらないと言われて終わりだから話しますよ。俺だけ何も喋らないの、フェアじゃないし」

「随分勿体ぶるんだな」

「いや、ホント、中年のくだらない昔話だと思って聞いてください」


 ジョッキの中はほぼ空になって、少し酔いも回ってきた頃だった。

 リディアは給仕に合図して、更に追加のジョッキを頼み、佑に渡した。

 タスクはそれを受け取って、またグイッと呷ってから、意を決したように話し始めた。


「――俺は、だだっ広い平野の中にぽつんとある小さな集落で育ちました。実家はいわゆる旧家というヤツで、先祖から何代も続く、大きな農家でした。農地も結構持ってて、昔は人を雇ったり、住み込みで働かせたりしていたみたいです。俺が生まれた頃には、さすがにそういうことはしてなかったですけど、生まれる少し前までは、下働きの老人が一緒に住んでいたらしいです。実家の周辺では、今でも屋号を使ってるんですよ。屋号ってのは、まぁ、アレです。その家の別名っていうか、昔からの呼び名っていうか、そういうの。昔の、明治時代辺りの当主の名前をそのまま屋号で使ってる感じなんですけど、うちの場合は“曽根崎太郎右衛門”。太郎右衛門が訛って、“たろえん”。俺は、“太郎右衛門(たろえん)の佑君”って呼ばれてたわけです」


 ほぉほぉと、リディアは両手で頬杖を付き、前のめりで聞いてくる。

 スキアもクチャクチャと肉を噛みながら、佑の話に耳を傾けていた。


「田舎には個人情報とかプライベートとか、そういうのは全然ないので、どこの誰がどこで何をしていたとか、全部筒抜けなんですよ。“太郎右衛門”の家を穢さないよう、長男だった俺は、厳しく躾けられました。例えば箸の持ち方、字の書き方、姿勢、言葉遣い、挨拶、勉強、スポーツ、地域の活動、学校での態度、友達との付き合い方……。全て完璧であるようにと、言われて育ったんです。俺には弟が一人いるんですけど、あいつも同じように厳しくされていました。けど、弟って結構要領が良い生き物なんですよね。なんだかんだ羽目を外して、外面は良いけど、内面では家の考えは古いと反抗していた。――俺は、そういう器用な真似は出来なかったので、とにかく必死に、“太郎右衛門”の跡取りとして望まれる姿になろうとしていたんです」


 時折ジョッキを傾けながら、佑の話は続く。

 淡々と話す声が、いつの間にか周囲の客の気を引き付けていることを、佑は知らない。


「娯楽も極端に制限されていて、友達がゲームとかテレビの話で盛り上がっていても、俺んちは一日一時間の制限を一分たりとも超えることを許されなかったし、遊ぶ友達すら制限されました。友達の親の職業や、友達の素行を見て、あの子とは遊ぶなと。どんなに仲がよくても、学校の外では遊べなかった。変な断り方をして、嫌われました。親も祖父母も、俺が清廉潔白な人間であることを望んでいたので、色々と、大変でした。成績が落ちることも当然、許されない行為だったので、毎晩必死に勉強しましたね。田舎なんで、塾もなかったですけど、両親が家庭教師代わりになって、毎晩毎晩、遅くまで。だから、成績だけはよかったです。成績が良くて、生活態度が良い間は、家族は優しかったので。俺は、怒られたくない、冷たくされたくないから、頑張ってたんです」

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