6. 視線
荷物を置き、暖炉に火を入れる。
一応はまともな宿らしく、寝具は揃っているようだ。
防具を外して身軽になってから、三人で飲み屋の方へ向かった。
カウンターの前を通ると、やはり宿屋の主人の視線が妙に気になった。佑はちょっと気まずくなりつつも、癖で主人に会釈した。
飲み屋のドアを潜ると、また佑に妙な視線が降り注いだ。
テーブル席、カウンター席、そこかしこにいる地元住民達が、こぞって佑の方を見ていたのだ。それどころか、飲み屋のマスターや給仕まで、その空間にいるありとあらゆる人達が、佑に視線を向けている。
リディアやスキアは気が付かないのか、視線に構わずズンズン進んで、空いているテーブル席に腰を下ろした。佑も慌てて席に着き、読めないメニュー表で僅かに顔を隠した。
「何やってんの?」
佑の変な動きに最初に気付いたのは、少年姿のスキアだった。
狼の耳をピンと立て、尻尾を椅子の下で揺らしながら、佑の顔を覗き込んで面白がっている。
「視線が、ちょっと」
肩をすくめてメニュー表で更に顔を隠そうとする佑だが、その行動がスキアのツボに入ってしまったようだ。ゲラゲラと余りに大きな声で笑うのを、リディアに「うるさい」と注意され、スキアはしゅんとして耳を寝かせた。
「酒でも頼むか。少し酔った方がよく眠れる」
リディアが手を上げると、給仕の女がつかつかと歩いてきた。
「エールを二つ。ホットミルクを一つ。それから料理も頼む」
メニュー表の中から、肉中心に何皿かリディアが頼んでくれる。
給仕は注文を繰り返したあと、じっと佑を訝しげに見つめてから、カウンターテーブルの向こうへと戻っていった。
「俺……、やっぱり浮いてますか」
佑はテーブルの向かい側にいるリディアに小声で尋ねた。
「浮いてる? 別に浮いとらんだろう。お前の連れが、魔女と使い魔だってのが引っかかってるんじゃないのか」
三角帽子こそ被ってはいなかったが、魔女独特の、上から下まで真っ黒な出で立ちのリディアと、狼少年のスキア。冒険慣れしていない佑の連れにしては、明らかにアンバランスだ。
「あっ! もしかして、このダウンかな。防具屋さんにもジロジロ見られたし。それとも長靴! 長靴の可能性、結構高いと思ってるんですけど、違うかな。なんたって、紫だからな……」
ホームセンターでいつものように買い換えた長靴。劣化して穴が空くと、また同じメーカーの、同じ長靴を買う。色々試した結果、一番しっくりきた長靴だけに、ちょっと悲しい気持ちになる。
「気にするなと言った。そんなもの、見ているようで見ていないものだ。……それより、もし道なりに進んだなら、お前の息子が昨晩辺り立ち寄っているはず。恐らくはそっちが原因だな」
「竜樹が、ですか」
村人の視線ばかりが気になって、そういう簡単な憶測すら出来なかった。
佑は改めて村人らの表情を確認する。
不審者として向けられている視線とは違う。佑と目が合うと、気まずそうに視線を逸らす。なんだか不安そうな、だが敵視とは違う視線。
もしかして、竜樹が先に来て、何らかの会話をしてったなら。
「あんまり、余所の人間とは交流のない地域なんでしたっけ」
「まぁ、そうだな。馬で半時ほど離れたところに、大きな宿場町がある。急ぎでなければ、大抵の人間はそちらを通る。何せ、エナの町より大きな町だ。ここは、王国までの近道として、急を要する人間くらいしか立ち寄らんのだ」
「……なるほど。つまり、王国に縁のある人間はよく立ち寄る?」
「そういうこと」
「王国と村は、長い間ずっと友好的な関係にあったって仮定しても良いですか」
「その通り。村の男達は、出稼ぎで王国に来ていた」
「王国は、周辺諸国にも関税など無理難題を引っ掛けてましたよね。当然、村にも」
「察しが良いな。そういうことだ。宰相は、出稼ぎ労働者にも税金の追納を言い渡した。無理なら年貢を取ると言った。村は王国の領地でもないのに」
見えてきた。
長年築いてきた信頼を崩された過去があるから、警戒してるんだ。
となると、リディアが逃亡時に警戒されたのは、渦中にいたからかも知れない。王家側か、宰相側か、見ただけでは分からない。不信感が募って、相当に警戒されたのでは……。
視線の理由が何となく分かってくると、あとは気が楽だった。
佑はメニュー表をテーブルに置き、ふぅと息をついて、肩の力を抜いた。
「どうした、タスク」
「いや、俺がビクビクしてれば、そっちが不審だよなと思って」
話していると、テーブルにエールとミルクが運ばれてきた。
女給仕は、右手にエールの入った木のジョッキを二つ、左手にホットミルクを持ってきて、まずはトンとホットミルクをテーブルに置いた。
「熱いから気を付けて」
若い女給仕に声を掛けられると、スキアは「うん!」と嬉しそうにカップを手にして、尻尾を左右に振りながら、はふはふと息で冷まし始めた。
続けてエールがテーブルに置かれる。
「ありがとうございます」
佑が声を掛けると、女給仕は驚いて顔を赤くした。
「タスクは誰にでも笑顔を向ける。相手は給仕だぞ? 門番や宿屋の主人にも労いの言葉を掛けていたな」
そそくさとカウンターテーブルの内側へ戻っていく女給仕を目で追いながら、リディアは呆れたように息をついた。
「癖なんです。仕事柄ってのもあるけど、多分、子どもの頃からの、どうしても抜けない癖ですね」
「きちんと労いの言葉を掛けるよう躾られた?」
「……まぁ、そんなところです。挨拶とか、感謝や労いの言葉とか。言葉にして伝えないと伝わらないですから。子どもの頃からの習慣や考えは、簡単には抜けない」
リディアはふぅんと眉尻を上げ、ニヤニヤと佑を見ている。
何か言いたげだが、焦らしているようにも見える。
「さて、エールが来たぞ。酒は久しぶりだ。タスクはいける口か?」
「まぁ、人並みには」
ジョッキを手にする。
ガラスが貴重だから、木のジョッキ。妙に軽くて変な感じがする。
「――リディアさん、乾杯しましょう。スキアも」
口元にジョッキを運びかけていたリディアの手が止まる。
スキアもミルクを冷ますのをやめて、んっと顔を上げる。
「何だ急に」
「いや。せっかくですから」
「で、何に乾杯すんの?」
スキアは目を輝かせて、佑に顔を向けた。
「うん……、そうだな。まずは無事にズィオ村に辿り着けたことに。そして、雪原を駆け抜けてくれたスキアの頑張りに。リディアさんのお陰で、旅支度がスムーズに出来たことに。あとは、竜樹の目的地が分かったことに。かんぱ……」
「待て待てタスク。一人分足りんぞ」
乾杯の準備をしていたジョッキを、リディアは一旦引っ込めた。
「王女と出会ったのが、タスクだったことにも」
リディアはニコッと、これまで見たことがないくらい柔和な顔をして、
「乾杯!」
一気にジョッキを突き出した。




