1. 大家さん
一階の食堂でまたリディアに豪華なディナーをご馳走になる。遅い昼食だったにもかかわらず、スキアはまたお腹いっぱい肉を食べ、大満足のようだった。そのせいもあってか、スキアは部屋に戻ると直ぐに寝てしまった。全く、小さな子どもと一緒だと、佑はスキアを抱えてベッドに寝かせた。
昨晩とは違い、寝ていても大狼の姿に戻ることはなかった。主であるリディアが命じた時にだけ姿を変えるのだろうか。本当のところはよく分からないが、あの大きさに戻られたら抱きかかえるどころか下敷きになってしまうところだった。
リディアが防寒具や靴を脱がせ、布団を掛けてやると、スキアは更に安心したようにぐっすりと気持ちよさそうな寝息を立てた。
可愛い。
竜樹にもこんな頃があったはずなのにと、佑は隣のベッドから微笑ましく見つめていた。
*
「また話を聞かせてくれるか」
と、リディアが言ったのは、ランプの火を消してベッドに入った後。
三つ並んだベッドの真ん中にスキア、その両端に佑とリディアが寝ることになった。
部屋も暗い上、パテーションで目隠ししているため、彼女の表情は窺い知れない。
「紗良の話ですよね。良いですよ」
佑はベッドの中、リディアの方にゆっくり身体を向けた。
暖炉の残り火で部屋は暖かく、厚めの綿布団と毛布、肌掛けで、丁度心地よくなってきた頃だった。
目が少しずつ慣れてきて、口を開けて寝るスキアの横顔が見えた。
佑はスキアを起こさないよう、声のトーンを絞った。
「どこから話します?」
「そうだな。今朝方、あの日の晩までの話は聞いたから、その続きかな。王女を預かることになって、まだ若かったお前がどうしたのか……」
「そうそう。思い出した。俺が彼女の名前を勘違いしてしまったところからでしたね。あの翌日、結局仕事は休んでしまって。俺一人じゃ無理だと思ったんで、大家さんに事情を話したんですよ。行くところが決まるまで、紗良のこと、どうにか手伝って貰えないかって」
◇
紗良はだいぶ疲れていたのか、朝までぐっすりだった。
佑は上司に事情を話し、どうにか有給を取り付けた。
そのままの勢いで向かいに住むアパートの大家を訪ね、協力を仰ぐことにした。
『単身用のアパートなのは知ってます。だけど彼女、行くところもないし、どこからか逃げてきたみたいで。放っとく訳にもいかないんで、行くところが決まるまでの間、一緒にいてやりたいんです』
大家は、六〇代のハキハキした女性だった。
必死に訴える佑に、大家は驚き、先ずは落ち着きなさいと諭してくれた。
『曽根崎君、良く教えてくれたね。同性にしか話せないこともあるかも知れないから、ちょっと話、させて貰っても良いかな』
◇
「大家さんは俺にとって、田舎のおばあちゃんみたいな人でした。紗良の話も聞いてくれて。とにかく、何もかも分からない様子の紗良は、酷く不安がっていたので、大家さんと話してホッとしたんでしょう。たくさん、泣いていました。大家さんの孫娘が、その時確か中学生で、紗良に色々と教えてくれたり、話し相手になってくれたりしたんですよ。俺だと言いづらかったこととか、いっぱいあったらしくて、そういうのも全部。生活習慣は特に、結構違ったみたいですね。気を抜くと地が出るみたいで、何度か首を傾げることがありました。今思えば、王女様だったんだから、初めてのことが多かったんだなって分かりますけどね」
「王宮には侍女がいて、朝から晩まで、王女を世話していた。何もかも一人でやっていた訳じゃないからな。仕方あるまい」
「ですよね。だから、色々驚きの連続だったんだと思いますね」
◇
『あたし、朝倉真穂。紗良さん、よろしくね』
大家の孫娘・真穂は、紗良の初めての友達になった。
出会ったその日のうちに打ち解けて、着替えを買いに行ったり、銭湯へと連れて行ってくれたりと、色々手を焼いてくれた。
不登校気味の真穂は、紗良に何か感じ取ったらしく、佑と同じように深い事情は聞かなかったようだった。
就職したばかりで貯えもない佑を見かねて、大家は紗良に古着を渡したり、彼女の身の回りのものを揃えたりしてくれた。
『曽根崎君の部屋は狭いし、もし住む所がないなら、別の部屋を貸そうか。それとも、うちで預かるって手もあるけれど』
しかし紗良は首を振って、大家の申し出を断った。
『た、佑さんが、良いです』
一人で暮らすのも、大人数の中に入るのも怖いようだった。
『曽根っち、紗良さんに手ぇ出しちゃダメだかんね!』
真穂は佑に何度も念を押した。
『そんなことしないって! 失礼だな……』
佑はブンブンと顔を横に振った。
あくまでも、困っている彼女を助けたいという一心でやっていることだ。
どこか秘密めいた紗良に惹かれている自分を、佑は必死に振り払った。
◇
「大家の孫、真穂のお陰もあって、紗良は次第に笑うようになりました。だけど紗良は、一向に自分のことを話そうとしませんでした。俺は無理に聞きませんでした。真穂も、大家さんも、聞きませんでした。心の傷を抉るようなことはしたくなかった。せっかく取り戻しつつある彼女の笑顔が消えてしまうんじゃないかと、怖くて堪らなかったんです」
「優しい人間ばかりだったのか。……王女は、救われたな」
「本当に、そう思います。俺自身も、大家さん達にだいぶ助けられてたので。良い人達でした。本当に。並行して、大家さんは、紗良のことを警察や行政にも相談してくれていました。手を尽くしても、紗良の正体は分からなかった。無戸籍なのかなってのが、憶測じゃなくて事実になってしまったとき、このままじゃダメだ、きちんとひとりの人間として生きれるよう、環境を整えてあげないとって話になって。色んな人達に力を貸して貰った結果、半年以上掛かって、紗良は正式に、瀬名紗良になったんです」




