7. 逃げない
布団屋、道具屋、金物屋を巡り、毛布や地図、スコップなどを買い足す。他にも香草、薬草、保存袋やガーゼ、包帯、多用途に使えそうな紐を幾つか入手する。
午前中、買い物に回った店にも再度顔を出し、買い物に来ていた竜樹の様子や買ったものを聞き出した。
リディアの予想通り、竜樹はギルドマスターに案内され、あちこち買い物していたらしい。格好だけは少しおかしかったが、特に迷う素振りもなく、淡々と買う物を買っていったのだと聞かされる。
道具屋で地図を求めたときに至っては、「同じ日に地図が二枚も売れるとは」と店主が口を滑らした。竜樹は地図の現在地と目的地のアラガルドの方角をしきりに聞いてきたのだそうだ。
「いよいよ、王国へ向かったと見て間違いないな」
リディアに言われ、佑もさすがに頷かざるを得なかった。
*
最後に宝石屋に向かう。丁度出来上がったところだと、宝石屋の店主が笑顔で迎えてくれた。
「良い感じに仕上がりましたよ」
カウンターテーブルに座り、店主の差し出したトレイを見ると、太めのバングルにしっくりと嵌まった橄欖石がキラリと輝いていた。森を思わせるような、透き通る柔らかな緑色。
「どうぞ、付けてみてください」
手袋を外し、袖をまくって、左腕にそっとブレスレットを通していく。
金属の冷たい感触。
紗良が付けていたのと同じ、左腕の手首より少し上の辺りに固定する。
手首を捻ると、光の加減で色がチラチラ変わって見える。
「自分の腕じゃないみたいだ」
変な感じがした。
無骨な自分の腕に、宝石なんて。
「よくお似合いですよ。是非、石の精霊と仲良くなってください」
「……ありがとうございます。頑張ります」
右腕でそっと撫でると、腕時計とはまた違うゴツゴツ感に、なんだか心がウキウキした。
家事の間、濡れるのが嫌で、腕時計を外すのが佑の習慣になっていた。あの時外して、家に置きっぱなし。腕時計の代わりに、 新しい相棒になったのだと思えば、特に違和感もない。
「で、やっぱり旅に出るの?」
カウンターの中で、カヤが心配そうにリディアを見つめている。
「ああ。明日の朝、天候を見て発つ」
「さっき、武器屋が尋ねてきて、リディアがどこかに行こうとしてる、止めてくれって懇願してきたよ。……皆、心配してんだよ。どうしても行くのかい?」
遠くを見つめるリディアと、佑の隣で水晶を覗き込みニコニコするスキアを見ながら、カヤは泣きそうな目をしていた。
「私はもう、十分逃げた。今度は、逃げんよ」
リディアは寂しそうな、それでいて意志の強そうな顔で笑うのだった。
*
宿屋に戻り、部屋に入ろうとすると、既に鍵が開いていた。
リディアは、一瞬の躊躇いの後、ため息をついて佑に振り返った。
「盗人が入ったな」
佑はギョッとして、目を見開いた。
「まぁ、想定内だ」
ガチャリとドアを開けて中に入るが、出たときと何ら変わりのない室内にホッとする。
「呪いのヤツが上手いこと撃退したようだ。見てみろ、ここに髪の毛がある」
リディアに言われて床を見ると、荷物に近いところに男のものと思われる短めの金髪が何本かまとめて落ちている。
薄気味悪い。思わず顔を歪ませると、リディアはそっと髪を摘まんでさっさとゴミ箱に捨てていた。
きちんと鞄に詰めておいた佑の荷物は、特に荒らされてはいなかった。
買って貰ったばかりなのに盗まれでもしたらと思うと気が気でなかっただけに、佑はホッと胸を撫で下ろした。
「鍵を掛けてても盗もうとするんですね」
なかなか、有り得ないことだと思う。
鍵を掛けていなくても、普通は誰かのものを奪おうとはしないはずなのに。
「景気が悪いんだ。物価高騰の原因は、王国のせいだけとは限らんがな。一因にはなっている。きな臭くなると、どうしても生活物資の流通に影響が出るもんだ。自分達の生活が極端に苦しくなってくると、やたら誰かのせいにしたり、持っている者を妬んだりするヤツが増えてくる。……全うに働きもせんで奪おうだなんて浅はかだ」
リディアはトランクを開け、残高が変わっていないことを確認し、ヨシヨシと頷いている。やはりトランクの中身は相当な金貨で埋め尽くされているようだ。
恐らくこの世界には銀行はないだろうから、こうやって現物を預けておく、貯めておくしか方法がないのだろう。
パタンとトランクを閉め、リディアはまた入念にベルトで固定した。
「そう言えばタスク、お前は金貨を見ても全く動じないな。この中にはしばらく遊んで暮らせるくらいの金貨が入っているのだぞ?」
リディアは不思議そうに佑を見つめている。スキアも面白がって足元からチラチラと佑の顔を覗き込んでいる。
「どうして人のお金を見て動じるんですか。リディアさんが貯めてきた大事なお金です。大切に使って欲しいなとは思いますが、それ以上は何とも思いませんよ」
「ほぉ。なかなか感心なヤツだ」
「お金に関わる仕事をしてたんです。自分の金と他人の金の区別が付かなくなるようじゃ、務まりませんから。……それに、他人のお金なんかに興味はないです。そんなことより、一分でも早く竜樹に会いたい」
外は既に暗くなってきていた。
徐々に明かりが灯っていくのが、窓から見えている。
「息子に会ったら、どうする気だ。隠していたことを責めるのか?」
佑はブンブン頭を横に振った。
「いや。紗良と――、妻と何を話していたのか、俺にも教えて欲しいって言おうと思います」
「そうか」
リディアは佑を見て、小さく笑った。




