6. 宿屋
味も量も満足な遅めの昼食をいただいたところで食堂を出て、そのまま右に曲がる。
同じ屋根の下、直ぐにそこに宿屋の入り口があり、そこで一泊の手続きを済ました。三階の部屋に案内されて荷物を下ろすと、佑はやっと重さから解放された。
「結構身体に来てる。武器とか防具とか、身に付けてるだけでも体力使いますね」
ベッドが三つある部屋を一つ、取って貰った。
女性とは別々の部屋にした方がと佑は言ったのだが、何かあったときに別々では都合が悪いとリディアに突っぱねられたのだ。
「かの地では丸腰でも過ごせるってことの方が驚きだがな。魔法はない、魔物もいない、人間も襲ってこないっていうのは、噂だけじゃなかったんだな」
リディアも、トランクの中身や買った荷物を床やベッドに広げて確認している。
「そりゃ、戦争してる国も中にはありますけど。少なくとも、俺が住んでる日本は平和で。そもそも武装しちゃいけないですから。例えばこんな小さなナイフだって、持ってるだけで捕まりますよ」
言いながら武器屋に貰ったナイフを見せると、リディアは「そんなもので」と驚いていた。
「もう一回買い物行くの?」
ベッドの上でゴロゴロ寝転びながら、スキアが言った。
綿の布団が気持ちいいらしく、丸まって遊んだり、スリスリしたりして楽しんでいるのが実に微笑ましく佑の目に映った。
「目的地はアラガルドで間違いないだろうってことが分かったからな。もう少し薬草や食料を買い込まなければならない。それから、消耗品。タスクの身の回りの品、あとは地図。私がトランクにしまっていたものと、もしかしたら色々違っている場所があるかも知れない。特に国境線。アラガルドの領地がどうなっているのか、関所の位置、新しい施設はあるか、逆になくなった施設はあるか、確認しておく必要がある。日程によっては野宿も必要になるかも知れない。スコップも要る。毛布も二人分必要だ。スキアに守られたとしても、外気に露出している部分があると、それだけで命取りになる可能性が出てくるからな」
「だいぶ……、荷物が増えますね。普通は馬車でも使うんじゃないんですか」
佑が尋ねると、リディアは首を横に振った。
「吹雪が酷くなったり、雪が深過ぎたりするとと馬車は使えない。風に煽られて馬ごと飛ばされるし、車輪が雪に取られたりもするだろう? となると、さっきみたいにスキアにしがみ付いて移動した方がいい。天候によっては、更にあの上から毛布を被って、自分の身体をしっかりスキアの背中に固定しなくちゃならなくなる。この季節の旅は命がけなんだ」
「命がけ……。そう、ですよね。分かります」
「へぇ。かの地でも、雪の季節は荒れるのか?」
「かなり荒れますよ。昨日だって酷かった。前の日から雪がズンズン降り積もって、それどころか雪もビュウビュウ吹いていて、目の前に何があるのか分からないくらい真っ白になるし、足元は覚束ないし。……結果、竜樹に追いつけなかった」
荷物から手を離し、佑はため息をついた。
昨日の今頃は、こんなことになるなんて思っていなかった。
日曜日、家から出ることもなく過ごしていた。
明日まで大雪が続いたら、どうやって学校に送り出そうか、出勤しようか考えながら、流れてくるニュースに頭を抱えていたところだった。
まさか異世界になんて。考えもしなかった。
「リディアさん、俺、考えてたんですけど」
佑はふぅと息をつき、リディアの方を見た。
「……竜樹がギルドにモバイルバッテリーを置いてったってことは、もしかして、俺がルミールに来てること、あいつは知ってるってことですかね……?」
リディアは無言で頷いた。
「です、よね。……やっぱりあいつは全部知ってる。知ってて、こんなことを」
「王女が生前どんな話をしていたかが分かればな。いつルミールに行くことになってもおかしくないと思っていた可能性は、大いにある」
「そう……ですか」
「二つの世界は偶然にしか繋がらない。禁忌の魔法を使えば別だがな」
突き付けられる事実は重いものばかりだ。
佑は毛糸の帽子を脱ぎ捨てながら、一段と深いため息をついた。
「悲観するな、タスク。昨日から一歩前進してる」
リディアは荷物の整理をしながら、佑にニヤッと笑顔を向けた。
「昨日は息子がこっちにいるかも分からなかった。今日はそれが確実だと分かった。明日もまた、一歩前に進めばいい」
「……ですね」
リディアの前向きな言葉に救われる。
佑は凝った肩を揉みながら、窓の外に目をやった。
低い屋根に雪が積もり、町全体が白く染まっている。
山々が連なるこの景色のどこかで、竜樹が馬を走らせているんだろうかと思うと、少しだけ気が軽くなったような気がした。
*
軽く身支度を調えた後、買い物へ出るため宿を出た。
ギルドの金庫から取り出したトランクには相当な量の金貨が入っていたようだが、リディアはそこから必要な分だけ取り出し、あとは宿に置きっぱなしにした。
「あの鞄には呪いが仕掛けてある。魔法陣が描いてあったの、見ただろう? 私以外の人間が中をこじ開けようとしたら、呪いが発動して、まず鞄に触れていた手が腐り出す」
「く、腐るんですか」
買い物の道すがら、リディアはとんでもない話をして、佑を驚かせた。
「腐るというより、爛れると言った方が適切かも知れんな。まぁ、アレだ。肉が削げ落ちて、骨になるといった方がいいか。それでもしつこく中身を奪おうとするヤツもいるだろう。そしたら、あの鞄自体が化け物になって、盗人を食らうんだ。……まぁ、余程の手練でなければ倒せんだろうし、そこまでして金貨を手に入れようなんて思わないと信じたいが、冒険者の中には、それなら自分が倒してみせようだなんてヤツが居たりするだろう? そうして変な噂が広がったらどうだ。私とスキアの緩やかな日常が失われかねない。だからギルドに預けてたんだ」
「は、はァ……」
「庭のハーブも、荒らされたことがある。あれは乾かして加工することで価値が高まるというのに、何も知らん頭の弱い冒険者達が安易に毟りとってしまってな。不本意ながら、春には庭にも呪いをかけねばならなかった。不法侵入者を庭に沈める呪いだ。私の知らないうちに、何人か地面の下に埋まってるかもしれん」
魔女なのだから仕方ないのかも知れないが、リディアは時々かなり物騒だ。
「ギルドで金貨を出していた時、冒険者達がジロジロ覗いてましたけど。部屋を空けてる間に、なんてことは……」
「一人二人、腕がもげるかも知れんな。鍵は掛けて来たが、あまり期待はしていない。呪いのヤツに荷物の見張りも頼んだから、どうにでもなるだろうよ」
「呪いのヤツ……?」
リディアはそれ以上、教えてはくれなかった。




