5. ビーフシチュー
マスターと共に一階に下りると、ロビーにいた冒険者達が一斉に佑達に注目した。
何やら言いたげな輩も中にはいるようだが、マスターもリディアも無言で歩いて行く。佑は男達の視線に身体を縮めながら、コソコソと後を追った。
スキアは首と耳と尻尾を限界まで垂らして、まるで全てが終わってしまったかのような、悲しい気持ちを全身で表している。リディアと過ごしてきた小屋に戻れない、その事実が、スキアをここまで追い詰めてしまったんだろう。
可哀想に。肩を叩いてやると、お前じゃねぇよとばかりにスキアは佑にそっぽを向いた。
カウンターの中に入ったマスターは、ギルド職員に指示して、奥の部屋から革製のトランクを一つ持って来させた。見た目は普通のカバンだが、側面に魔法陣が焼き付けられている。
「長い間、世話になったな。なにせ、住んでいる場所が場所だったから、大金を置いておくことも出来なくて」
マスターはカウンターから出て、リディアにトランクを渡した。
「いや、こちらこそ。その分、かなり多めに保管料も貰ってたからな」
トランクを渡したマスターは、そのままカウンターの中へと戻っていく。
「さて、買い取り分と合わせて十二枚……」
リディアはカウンターテーブルの上にトランクを置き、ベルトを一つずつ外していった。外し終えると中を開けて、そこから袋を一つ取り出し、手元でゴソゴソと金貨を数え始めた。
同じロビーにはまだ何人も冒険者がいるというのに、リディアは無警戒だ。あっちこっちで背伸びしたり前のめりになったりして、トランクの中を覗こうとしている。
幾らギルド職員らの監視の目が行き届いていると言っても、ちょっと隙があり過ぎではと、佑は意識的に彼らの目線を塞ぐよう立ち位置を変えた。
「十二枚だ。受け取れ」
金貨を手のひらに並べ、リディアはスッとマスターに差し出した。
マスターはカウンターの中から金貨を受け取り、枚数を確認して、こくりと頷いた。
「確かに。――では、辺境の魔女。よい旅を」
「ありがとう。この恩は忘れん」
リディアはトランクを閉じて、ギルドに最後の挨拶をした。
*
ギルドから出て、向かい側の食堂へと向かう。
午後のピークはとっくに過ぎていて、店内は疎らだった。一番奥の席に案内され、ようやく遅い昼食の時間。
薄い木の板に羊皮紙の張られたメニュー表を見て、リディアが適当に頼んでくれた。ランチとディナーの間の時間とあって、仕込み中のものもあったが、金は出すとリディアが言うと、店で一番高いディナー用のものを特別に出してくれるという。
色々あって落ち込み気味のスキアも、美味しそうな匂いが店内に充満すると、畳んでいた耳をピッと立て、ご機嫌を直した。
「ここのお肉美味しいんだよね!」
と、リディアの証言通り、彼女にピッタリ隙間なくくっついて、よだれを垂らしている。
「ここで食うものを食ったら、宿に荷物を置いて、もう一度買い物しながら店を回ろう。どうやら私達の前に、お前の息子の方がマスターに案内されて買い物をしていたらしい。肉屋も防具屋も武器屋も何だか様子がおかしかった。朝のうちに店にやって来た息子とお前が似てたから、知らんふりをしてごまかしてたってことだ」
「肉屋にはスキアが一緒に入ったじゃないですか。あの時スキアは何も言わなかった」
佑が言うと、リディアは隣のスキアを見てハァとため息をついた。
「腹が減って、肉の匂いばかりが優先的に鼻に届いていたに違いない。スキアはまだまだ子どもだから、こういうことがよくある」
リディアはまた、スキアの頭を撫で回した。
「金貨で馬を買ったってことは、もしかして、もうこの町には……」
「いないだろうな」
リディアは向かい側に座る佑に、冷たく言い放った。
「馬なんて、乗ったこともないのに」
「ちょっと練習すれば乗れるようになるもんさ。若ければ飲み込みも早かろう。なにせ、あの王女の血筋だ」
「……そんなもんですか」
「そんなもんだ」
一体息子は何を考えているのか。
佑は困ったように、頭を数回横に振った。
「ほぼ間違いなく、目的地は王国だ。五連の石のブレスレットに宿る精霊達が、上手いこと息子を案内してるってことだろう。従順で、頭の良い精霊が揃ってたからな。何の心配もいらんだろう」
「……こんなに寒いのに。心配ですよ」
「紅玉の精霊が付いている。あれは火属性だから、身体を存分に温めてくれてるはずだ。小さい頃から王女のブレスレットに触れていて、しっかりと受け継いでいるのなら、息子には精霊が見えているかも知れんしな」
「精霊が、見えてる?」
「石の精霊は、信頼できる持ち主には姿を見せることがある。信頼だけじゃダメだ。姿を見せても構わないと精霊に思わせるくらい意志が強く、芯が通ってないと。何十年身につけていても、一切精霊の姿を見ずに終わる人間の方が多い。大抵、石は単なる装飾品で、それ以上の意味を普通の人間は持たんからな」
「紗良は……、王女はどうでした? 精霊が、見えていたんでしょうか」
「見えていた。だから私は石の精霊達に、王女を守るよう願ったのだ」
精霊は、概念じゃないらしい。
なかなか理解の難しい事象に、佑は天井を仰ぎ見た。
ルミールは、向こうとは全然違う。科学的なものは殆どなく、魔法だとか精霊だとか、そういうものが当たり前に働いている世界だ。
文明的な暮らしに慣れた佑が、中世ヨーロッパレベルの文明に留まるルミールでずっと過ごし続けるのは、なかなか大変だと思う。
紗良は――、どうだったろうか。
佑とは真逆に、突然進んだ文明の中に放り出された。なのに紗良は、何事もないように繕っていた。
やはり紗良も、今の佑のように心細かったのではないだろうか。
誰にも言えない孤独を、彼女は精霊達と会話しながら必死にやり過ごしていたのでは。
「じゃあ、紗良は、決してひとりぼっちじゃなかったってことですか? ――竜樹も」
「ああ。その通りだ」
肉を煮込んだ濃厚な匂いが、フワッと鼻腔に流れ込んだ。給仕が次々と料理をテーブルに運んでくる。
器の中には、艶のあるソースの絡んだ煮込み料理が盛られていた。
温野菜やパンも添えられている。
「しっかり味わえよ」
「はい」
ずっとお腹を空かしていたスキアが、必死にふうふうと料理を冷ましているのを傍目に、佑もフォークを手に取った。
肉塊のひとつをそっと刺すと、驚く程柔らかく、スッと中までフォークが通った。
何日も煮込んだだろう野菜と肉の旨みが凝縮されたソースを絡め、佑はゆっくりと、肉を口に運んだ。
葡萄酒の香りと肉の匂いが鼻に抜ける。後から追ってくるのは、何種類かのハーブに違いない。
舌の上で解ける繊維。
「美味い……!!」
「だろ?」
リディアは柔らかく笑った。
佑は何度も頷きながら、存分に料理を味わった。




