1. スキアの苦手なもの
クンクンと鼻を鳴らしながら、少年姿のスキアはエナの町の中を駆け抜けていた。
間違いない、タスクと似た変な臭いだと直感して、必死に臭いの原因を探る。買い物をしていたのか、あちこちの店の軒先に、その臭いは残っていた。
「スキア、お遣いかい?」
「スキア、今日は葉物が安いよ」
普段リディアのお遣いで立ち寄る店で、おやつを寄越されたり、飲み物をいただいたり。休憩に休憩を重ねて、気が付いたら結構な時間が経っている。寄り道はいけないと頭の片隅では分かっているのに、馴染みの店主達からこっちにおいでと言われれば断れない。耳をピンと立て、尻尾を振って、スキアはありがたくご馳走になってしまうのだ。
食べるだけ食べてから、
「あ~! 違う違う、臭い探してたのに!!」
思い出すのが遅くなって、気付くと昼を過ぎていた。
リディア達はまだ買い物を終えていないようで、タスクの臭いも外にはなかった。
「絶対、臭いしたのにな。タスクの息子。魔法の臭いと、タスクに似てる臭い」
臭いは一カ所に留まらない。あっちからもこっちからも漂ってくる。
この道を何度か行ったり来たりしたんだと、それは分かっている。臭いの濃い場所は、多く立ち寄った場所。薄い場所は、通過しただけの場所。
「臭いの濃い方に行ってみよっ!」
とは言うものの、そちら側に鼻を向けると、あまり得意でない建物がある。
スキアは一度向かいかけた足を引っ込めて、ふぅとため息をついた。
「……ギルドはやだな。怖いおっさんがいっぱいいる」
町で一番大きな建物の中には、ギルドと食堂、宿屋が入っている。
屈強な男達がうろうろする様を思い出し、スキアはうぅんと唸って、それからグルッと踵を返した。
「やっぱ怖い! 怖いからリディアんとこに戻んなきゃ!」
スキアはギルドに良い思い出がなかった。あそこに行くと、ブルブル震えが止まらなくなる。
リディアと一緒なら我慢できるが、ひとりでは無理なのだ。
ブルッと一度大きく震え、それからブンブン頭を振って、スキアは急いでリディア達のいる方へと向かっていった。
「怖い怖い怖い怖い……」
臭いが濃くなってるのは間違いなくギルドの方なのに、 スキアは逆方向に駆けていた。 前屈みで一目散に走っていると、ドンッと何かにぶち当たった。
「い……っ、たぁ~ッ!!」
弾かれて、そのまま地面に尻を付いた。
「なんだよもう……!!」
お尻を擦って、ぶつかった誰かの方を見る。
と、スキアはギョッとしてそのまま全身をブルブルと震わせた。
厳つい筋肉質の男には見覚えがある。如何にもご機嫌悪そうにスキアを見下ろしているこの人は――ギルドのマスターだ。
彼の周辺に、タスクに似た臭いが漂っている。息子と接触したのかも知れない。
「前見て歩け!! ――あ! お前、辺境の魔女の使い魔の!!」
怒鳴って注意してくるマスターに、スキアは意を決して話しかけた。
「あ、あの! 今日、変な格好の子どもと会った?!」
*
宝石屋での買い物を終えた佑達は、ギルドに併設された食堂へと足を運んでいた。
リディア曰く、エナの町に来たら、絶対に行くべき店のひとつらしい。
「あそこの料理長の腕前が、結構素晴らしくてな。昔はどこぞの王宮料理人だったらしい。アラガルドではないぞ? 腕前が確かなんで、ここに来たときにはよく寄るんだ。スキアは嫌がるんだがな、食欲には勝てない」
宝石も決まり、リディアは上機嫌のようだ。
軽い足取りで佑の一歩前をズンズン進んでいく。
「スキアが苦手なものでも出すんですか?」
佑が聞くと、リディアはハハと笑った。
「違う違う。スキアが苦手なのは、料理じゃなくて、あの建物。ギルドの方だ」
街並みの奥の方に、一際大きな建物がある。三階建ての、町で一番大きな建物だ。
ギルドというのは、いわゆる同業者組合のこと。冒険者や賞金稼ぎが多いルミールでは、そうした荒くれ者達に情報や依頼案件を提供する冒険者ギルドのことを、単にギルドと称するのだと、リディアは言った。
もっと大きな町に行けば、商人ギルドや手工業ギルド、宿屋ギルドなど、業種別にギルドが存在するのだという。
「スキアは、厄介者として冒険者に捕らえられた大狼の子どもなんだ。親の方は殺処分されて、残った赤ん坊のスキアを私が引き取って使い魔にした。親子共々殺してしまうべきだと、当時ギルドに出入りしていた冒険者達がうるさくてね。私は使い魔を失って久しかったから、丁度良い、引き取ると言ったんだよ。嫌な思い出はそう簡単に忘れられないのは知ってる。だけど、あの店でしか味わえない料理があるんだから、私はあそこに行くわけさ」
リディアがそこまでして通う店だ。よっぽど美味しいのだろう。
「リディアさんが食べてる間、スキアはどうしてるんです? 建物の外で待ってるとか?」
「いやいや。なんだかんだ店内に入って、一緒に食べるんだよ。私の横に子犬みたいにピッタリくっついて、美味しいねってニコニコしながら食べるんだ。それが可愛くてね。あそこの牛肉の煮込みが堪らなく美味いんだが、……どこに行ったんだか。せっかく今日も頼もうと思ってるのに」
牛肉の煮込みと聞いて、急にお腹が空いてきた。
ルミールに迷い込む直前に作っていたのはホワイトシチューだったが、紗良はビーフシチューが好きで、生前よく作ってくれた。しっかり煮込んだ野菜と肉がルーに程よく混ざって、ほっぺたが蕩けるくらい美味しかった。
「飯を食ったらギルドで聞き込みをして、それから宿を取って、一旦荷物を整理する。日用品の買い足しがまだ終わってない。タスクの身の回りの品が特にな。買い足しが終わったら、再度宿に戻って、明日以降のことを打ち合わせて一泊する。発つのは明日の朝。最近は日が落ちるのも早いし、日が昇るのも遅い。明るくなってきてから出る。いいな」
「い、一泊するんですか」
佑が声を上げると、リディアは半分振り向いて、ご機嫌悪そうな顔をする。
「一泊したら、竜樹がもっと先へ進んでしまう。早く見つけて帰りたいんです」
手を握りしめ、必死に訴える佑に、リディアは呆れたようにため息をついた。




