2. タスクに似た臭い
全身鎧から胸当て、旅装束まで、店内には様々な形状の防具が並んでいる。鎧、兜、肘当て。冬用のブーツもある。
「おやおや、魔女が珍しい」
防具屋は肉屋に比べて少し威圧的に見える。佑は身構えるように、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「こいつに防具を揃えて欲しい。旅にも慣れていないんでね。軽装備でも良いから、旅に耐えられそうな格好にして貰えないか」
リディアに言われ、防具屋は渋々巻尺を取り出して、佑のそばに寄ってきた。
防具屋も佑がかなり気になる様子。佑の胸回りを測りながら、ダウンを触り、「おっ」と声を出す。
「何だこのツルツルしたのと思ったが、随分フカフカだ。雪の中を来た割に、マントも羽織らないなんて意味不明だな」
「こう見えて、結構暖かいんですよ」
「暖かい? まさか」
「しかも軽いんです。ダウン。分かります? 鳥の羽が入ってて」
「鳥の?」
「アヒルとかガチョウの羽です。……って、この世界にもいるのかな。羽を毟って、布と布の間に詰めてあるんですけど、結構保温効果が高くて」
「なるほど。それで綿より随分軽いわけか。貴族向けの高級布団を着ているような感じかな。この、ツルツルした生地は何だ。手袋も似たような素材か。絹ではないようだが……」
「ナイロンはこの世界にないですもんねぇ。化学繊維なんですけど、撥水効果もあるんです」
「へぇ……。その言い方、もしかして、かの地から?」
「そうです」
言うと防具屋はこくこくと何かを確かめるように何度も頷いた。
「なるほど。仕立屋と協力すれば、良いものが作れるかも知れない。このところ寒さが厳しくて。この物価高で毛皮の値段は急騰しているし、羊毛の加工費も嵩んでたんだ。しかも厚着をすれば動きづらくなるときたものだ。困り果てていたが、鳥の羽とは。加工に時間はかかるかも知れないが、貴族用の高級布団工場から規格外のものを融通させて貰えば……。やってみる価値はありそうだ。いやぁ、良い話を聞いた」
「良い話は分かったが、防具を揃えてやってくれ」
リディアは防具屋に念を押す。
「そりゃあ勿論。良いものを見せていただいたお礼に、ちょっとお安くしますよ」
取っつきにくそうだった防具屋は、佑のダウンジャケットの話ですっかりご機嫌だった。
胸当てと肘当て、それから毛糸の帽子と毛皮のマントを無事調達する。
「ところで防具屋。こいつのような、妙な格好をした少年は見かけなかったか?」
会計が終わったところで、リディアは念のためと防具屋に訊いた。
「どうでしょうね。確かに今朝方は騒がしかった気もします。外は見てないんで分かりませんが、ギルドの方で少し揉め事があったみたいですけどね」
「情報ありがとう。この街の人間は優しくて助かる」
「まぁ、お互い持ちつ持たれつ。また良い話、聞かせてくださいよ」
「そりゃ勿論」
リディアが言うと、防具屋はフフッと笑った。
*
防具屋の軒先で、スキアは一人、もぐもぐと肉を味わっていた。
冬の間は餌の動物達も冬眠していて殆ど見かけない。特に、リディアの住んでいる雪野の真ん中からは、どこに行くにも時間がかかってしまう。こうして偶に買い物ついでに、もしくはお使いのご褒美に貰う肉は、自分で狩る肉よりも少し上物だ。しっかり血抜きがされているし、日持ちするように乾燥させていたり、燻されていたりする。
スキアは要望通り羊の干し肉を手に入れた。リディアはなんだかんだ優しくて、スキアの期待を裏切らないのだ。
口の中に溢れる肉汁の味に満足しつつ、巨大な狼になって人間二人を乗せて走り回った疲れを癒やしていると、ふと、妙な臭いが鼻を掠めた。
「タスクの臭いに似てる」
当のタスクはリディアと共に防具屋の中で買い物中。臭いは外から漂ってくる。
スキアは肉を木の皮に包み直してカバンの中に入れ、クンクンと鼻を鳴らした。
「タスクじゃないけど、タスクに似てる臭いだ」
風は殆ど吹いていない。
人通りは疎らではあるが、それなりに人間がうろうろしている。右に左に頭を動かして、臭いの発生源を特定しようと、スキアは神経を研ぎ澄ませた。
見たところ、タスクに似た変な格好の人間はいない。が、明らかにその辺の人間とは違う臭い。残り香かも知れない。
そう思うと、スキアはいても立っても居られなくなって、走り始めていた。
*
「あれ? スキアがいない」
防具屋を出たところで、リディアが声を上げた。
綺麗に雪が掻かれた軒先には、スキアの影も形もなかった。
「しまった。またやらかしたな」
額に手を当てるリディアに、佑は首を傾げた。
「どうしたんですか、リディアさん」
「スキアがいない。いつもなんだ。使い魔なのに、主の思ったとおりに動かない。まぁ、仕方ない」
使い魔と言うからには、何かしら主従契約があって、主であるリディアが命じたままに動くものだろうと、佑もそう思っていた。しかし、スキアはかなり自由らしい。
「参ったな。遠くに行っていなければいいが」
「買い物は後回しにして、スキアを捜しますか?」
「……いいや。タスクの装備を調える方が先だ。武器と、石を買う」
「石?」
「お前にかけられていた加護の魔法――、ブレスレットに付いていた石の精霊の仕業に違いない」
「石の、……精霊?」
「石には精霊達が宿っている。翠玉の精霊は、加護の魔法を使う。持ち主との信頼関係や、持ち主自身の力によって、精霊の使える魔法が違ってくる」
リディアはスキアの行方を気にするよう、あちこちに目をやりながら、佑を次の目的地へと案内した。
「加護の魔法と言っても、内容は様々だ。例えば、防御力を上げる魔法。あの雪の中、生き延びたことも、加護の魔法が影響していると言って良い。そして、同じ翠玉の精霊の力として発動しているのが、幸運の魔法。スキアに拾われたのは、魔法により運気が上昇していたからだろう」
「え? ま、魔法の効果だったんですか。そうか。だから、あんな雪の中でも俺は生きて……」
「王女も、翠玉の精霊に守られていたからこそ、無事にお前と出会ったのだ」
「ってことは、竜樹も無事に……?」
「だと良いがな。同じ夜にルミールに迷い込んだんだ。似たような場所に辿り着いたと信じたいが、スキアは見つけられなかった。何とも言えんよ」
「です、よね……」
リディアは歩調を緩めた佑に気が付いて、足を止めた。
「そう肩を落とすな。五連の石のブレスレットだぞ? 他にも四つの精霊が息子を守っているはずだ。中には攻撃魔法に秀でた精霊を宿す石もあった。そうそう簡単にやられはせんだろう。問題は、お前の息子が何を知っていて、どこか行くあてがあったかってことだ。タスクは何か知らないのか?」
「……知っていたら、こんなことになってませんよ。ただ、竜樹は小さい頃から紗良にべったりだったから、何か聞かされていたかも知れません。それも、自信はないです」
「タスクだけが原因とも限らんさ。王女の性格からして、言わないと決めたら絶対に言わなかっただろうし。その様子だと、息子が知っていたかどうかは半々だな。仕方ない。目撃情報があるかどうか、あちこちで聞き込みするほかない。ギルドで騒ぎ、というのも気にかかるが、まずは支度優先だ。武器屋に入るぞ」
指差した数軒先の看板に、剣の絵が描かれていた。
防具はともかくとして、本当に刃物なんか装備するのかと思うと、佑は恐ろしくなった。
それでも、どこにいるとも分からない息子を捜しに行くためには必要だと自分に言い聞かせ、
「分かりました」
と力強くリディアに返した。




