4. 決着
フィアメッタが青い炎ならば、リディアは黒い炎だった。
地の底で燃え盛る業火のような魔力を滾らせながら、リディアはトビアスのボロい小屋に侵入した。
「ふ、復活した……? まさか、そんな! 使い魔も全部殺した、力も殆どなくなっていたはず……」
トビアスがたじろぐのを、リディアはせせら笑った。
「殺し損ねたことを、今更後悔しているようだな。お前もアーネストも、詰めが甘い。殺すならしっかり殺しておかないと、こういうことになる。……だがまぁ、確かにお前の卑劣なやり方は私に効いた。私の権威を徐々に失墜させ、確実に弱らせていったのは正解だったな。
お陰で二十年もの間、私は隠居生活を余儀なくされた。生活魔法が限界だった。人を貶める技に長けている点については、褒めておいてやろう」
皮肉たっぷりに言われ、それでもいつもならばにへらにへらと躱すトビアスなのだが、今度ばかりは違った。
身震いしていた。最強の魔女と名高かった彼女の、昔と変わらぬ姿に。
「全く、殺しても殺し足りんな」
トビアスの真ん前まで迫ったリディアは、もう十代のか弱い少女ではなかった。
スラッと高い背丈、豊満な胸、溢れんばかりの色気を漂わせた妖艶な魔女だった。幼い身体に合わせて作った儀式用ドレスローブの胸元は、彼女の胸を押さえきれずにはち切れていた。ウエスト部分もビリビリと避けて、彼女の肌が露呈している。
騒ぎですっかりと解れてしまった髪さえ、彼女の魅力を高めていた。
「フィアメッタ、ありがとう。あとは私がやる」
リディアに言われ、フィアメッタは魔法を解き、トビアスを解放した。
自由になったトビアスは、そのまま床にへたり込み、両手でフードを押さえて「ヒイッ」とまた妙な声を出す。
その醜く無様な姿に、リディアは一層怒りを燃やし、彼の胸倉をむんずと掴んで引っ張り上げた。
「な、何をする?!」
背の低いトビアスが、フードの下でギャーギャー喚いた。
リディアは汚物を見るような目で、トビアスが大事そうに被るフードを引っぺがした。
「や、やめろ!!」
爛れたようなゴツゴツとした肌は、だらしなく垂れていた。ぎょろりとした目。鼻は長くイボだらけで、唇は乾き、歯は抜けて殆ど残っていなかった。髪の毛はとうになく、妙に耳たぶの大きな、バランスの悪い顔が露わになる。
骨張った手で一生懸命フードを被り直そうとするのを、リディアは冷淡に見つめ、フンッと短く息を吐いた。
「心の醜さは、姿に現れるという。その点でアーネストはお前に勝っていた。あの男は最後まで貴族然としていたよ。悪役貴族ではあったがな」
リディアは、ブンッとトビアスの貧弱な身体を、背中から思いっきり床に叩き付けた。
グギャッと妙な声を出し、転がったトビアスのローブがめくれ、汚らしいズボンと肋骨が見えると、リディアもフィアメッタもウッと眉をしかめた。
「その醜い姿故、お前は決して表舞台には出て来なかった。常に安全な所にいて、アーネストを裏で操った。お前の名を、アーネストは良く出して、周囲を脅していた。姿を知らぬ貴族共は、トビアスを権威ある凄まじい力の持ち主と信じ、逆らうことをしなかった。目に見えないものは、大きく恐ろしいものに感じ易い。それを利用したな。身も心も薄汚い卑怯者め」
「うううううるさいうるさいうるさいッ!!!! お前にワシの苦しさが分かるかっ!! 美しく生まれたお前に!!!!」
「――スキア!! アレを持って来い!!」
リディアが叫ぶと、扉の向こうが突然真っ暗になった。
視界に鋭い爪の生えた巨大な獣の前足が見えて、トビアスはまた、ギャアと叫び声を上げた。
リディアはトビアスに一瞥をくれて、開け放した扉の方へと向かい、巨大な獣から何かを受け取った。そのままそれを室内へと運び入れ、ひっくり返ったままのトビアスにブンと突き出した。
「アラガルド王国にお前の居場所はない。これを持って、どこへでも行くがいい」
トビアスは目を丸くした。
「か、鞄……」
なかなか価値のありそうな、年季の入った綺麗なトランクだった。
リディアは床にトランクを置き、ベルトを外して中を開けて見せた。金貨と……宝石。かなりの量に、トビアスは目を丸くした。
「支度金だ。これだけあれば、どこかに家を買えるだろう。隠居しろ。そして二度と、アラガルド王国に足を踏み入れるな」
トビアスが手を伸ばそうとした瞬間に、リディアはトランクをバンと閉めた。丁寧にベルトを巻き直し、しっかりと閉めてからトビアスにぶん投げた。
「私が薬草を売って貯めた金だ。お前からしたら、コツコツ金を貯めるなんてバカらしいと思うだろう。……けどな、まともな魔法の使えない私には、それくらいしか出来なかった。そういう金だ」
リディアは言い聞かせるように言ったのだが、トビアスは全く聞いてはいなかった。
トランクを小さな身体で抱え、ゲヘゲヘと下品に笑っている。
「隠居しとる間に随分丸くなったのぉ……、リディア。厄介払いにしては、高くついたんではないかぁ?」
「いいや、端金だ。私も手を汚さずお前と縁を切りたいのでな」
リディアはそう言って、またギロリとトビアスを睨んだ。
……が、金に気分を良くしたトビアスは、トランクを抱え、踊るような足取りで小屋の外へと向かっていく。
「あぁ……、そうだ。言い忘れた。私の使い魔がお前を王国の外まで連れていく。あとは好きにしろ」
立ち上がり、トビアスの方を向くでもなく、リディアは独りごちるように言い放った。
「ほ……ほうほう、新しい使い魔か。前のは全部殺したからな」
「もうひとつ。鞄を開けるのは、人気のないところでやれ。人間共に盗られんよう、用心しろ」
「それはそれは、お気遣いどぉも。そうか、金か。こんなもので済ませようとは、清廉の魔女が笑わせてくれるわ。ヒェッヒェッヒェッ……」
トビアスが小屋を出ると、巨大な大狼が待っていた。グルグルと喉を鳴らし、トビアスを睨んでから、大狼はガブッとローブの端を噛んでトビアスを引っ張り上げた。
「オァァアア!! も、もうちょい丁寧き扱わんか!!」
食われはしなかったが、牙にローブのフードが引っかかり、顔を隠すこともままならない。
ジタバタ騒ぐのを、大狼は面倒くさそうに咥えて、それから猛スピードで走り出した。
*
トビアスの消えた小屋から、魔女が二人、ゆっくりと這い出てくる。刺繍の美しいドレスの裾を摘み、安堵の息を吐きながら。
外は、日暮れに近かった。
傾いてきた太陽が、辺りをオレンジに染め、影を長くしていた。
「スキア……、怒ってましたよ」
フィアメッタが言うと、リディアはこくんと頷いた。
「高い肉を買ってやらないと。きちんと仕事に見合った対価をあげないと働かないんだ、スキアは」
リディアとフィアメッタは、二人で顔を見せ合って、フフッと笑った。
「……いいの? あの鞄、トビアスなんかに全部あげちゃって」
「いいのいいの! 中身は全部、ただの石ころだ。本物に見せただけ。金貨も宝石も、ひと欠片だってトビアスにはやれんわ」
「リディアったら! 昔っから、そういうところ、あるわよね」
「ちなみにあの鞄には、強烈な呪いがかかっていてな。コソコソ一人でこじ開けて呪い殺される様子を見れんのは確かに残念だが、美しくないものをわざわざ見るような趣味はないのでね。呪いのヤツがトビアスを嬲り殺して戻ってくるのを、楽しみに待っとくよ」
「呪いに人格持たせるの、やめたら? リディアの呪い、引っかかった人間を喜びながらいたぶるでしょう? ……で、本物のお金と宝石は? 宿に置いてきたとか?」
「いや、離宮に預けてある。あの金は、王国の復興資金にすればいいと思ってな。壊れた王宮や礼拝堂の再建に、人手も金もかかるだろう……?」
リディアは静かに笑った。
小屋を出てふと空を見上げると、礼拝堂の付近が、見たこともないくらい眩い光に包まれていた。




