3. 下劣な魔法使い
「やはり……ここにいたのですね、トビアス」
王宮の西――殆ど人の寄り付かない鬱蒼とした木々の間を抜けたところに、古びた小屋がある。小さな窓が高いところに一つ、あとは扉と煙突が一つだけの、こぢんまりした小屋である。
壁には蔦が這い、苔むして妙な臭いのするその小屋を、フィアメッタが訪れるのは何度目だろうか。
一度目は王宮付魔女となった時、二度目はジョセフが身体を壊した時、三度目はリアムが……。何かある度に、薄汚いこの小屋を訪れ、何をしたと問い詰めた。
「……アーネストはもうお終いです。あなたも、じきにここを追われるでしょう」
儀式のドレスのまま、漆黒の魔女フィアメッタは小屋に入った。
魔法使いトビアスは、深々と被ったローブのフード下から不気味に口元だけ覗かせて、ケタケタと気味の悪い声を出した。
「強烈な魔法の力を感じた。あ奴は精霊石に触ったのか?」
なんの魔法に使うのか……、梁には蜥蜴や蝙蝠の干物、鶏の首、数種類の動物の皮が大量に干してある。何種類もの毒草や何かの石を砕いた跡。呪詛を記した羊皮紙が何枚も、テーブルの上に散らばっている。
足元には鼠が這い、瓶に入れられた毒虫がガサゴソと不気味な音を立てていた。
「あなたの……入れ知恵ですね、トビアス。精霊石に触れたら力を手に入れられると、アーネストをけしかけたのですね……? とんでもないことになりました。あんなに酷いものは、見たことがありません……」
穴とほつれ、汚れの酷い黒いローブの下で、トビアスはほくそ笑んだ。
顔の殆どをフードで隠し、欠けた歯が覗くシワだらけの唇を歪ませて。
「人間の欲とは恐ろしいのぉ……。そうは思わんかフィアメッタ。要らん人間は排除し、力を手に入れるためなら何でもやる。浅ましい人間の見本のような男じゃった……クククククッ……」
「最初から、アーネストに精霊石を触らせるつもりだったのでしょう……? あなたの汚らしい探求心が、アーネストを化け物に変えたのです。あんな……、取り返しのつかない恐ろしいことを、よくも……」
静かながらも怒りを湛えたフィアメッタの周囲には、魔力が溢れ出していた。
冷徹な氷のような青い光。彼女の、秘めたる激しい心が、青い炎になって揺らいでいるようだ。
「ンフフフフフッ……。で? どうじゃった。人の姿は失ったか? 色は? 形は?」
「――自分の目で見もせず、一体何なのですか、あなたは……!!」
我慢出来ずに、フィアメッタは怒りを爆発させた。
ゴオッと炎が彼女の周囲に渦巻いて、壁のように迫り立ち、周囲のガラクタを焼いた。
しかしトビアスは、怒りに燃えるフィアメッタを眺め、ケタケタと高い声で笑い出した。
「魔女がくだらん正論を吐いてどうする! 所詮は魔女、人間社会の常識なんぞクソ食らえの連中が、酷いだの恐ろしいだの……!! 綺麗に着飾ったところで、魔性の者に変わりはなかろうが。おぞましいものを好み、人の恐怖がおいしくて堪らない。それが魔女であろう……? 精霊祭の余興には最高だったと思うがの」
そこまで調子よくトビアスが喋ったところで、フィアメッタは懐から杖を取り出し、トビアス目掛けてビュンと振った。
途端にトビアスは指一本動かせなくなってしまう。
「おおっと、何の真似だフィアメッタ……。緊縛の魔法か?」
「いいえ、自白の魔法です」
フィアメッタはそう言って、にこりと笑った。
「じ、自白……? 穏やかではないのぉ……」
「これが……、穏やかでいられますか。白状なさい。そもそもあなたは何故アーネストと手を組んでいるんです。ボルドリー子爵家には代々、別の魔女が使えていたはずですよ」
トビアスは……恐怖など微塵も感じていない様子だった。
フィアメッタの怒りを、寧ろ面白がり、長らく待っていたとでも言わんばかりに受け入れているようにも見えた。
「ルミールに迷い込み、困っていたアーネストを見つけたのはワシじゃ……」
ニタリと、トビアスは笑った。
悪びれる様子も、反省した様子も一切ない。
それが……、フィアメッタには我慢ならなかった。
「かの地からやって来た何も知らない彼を、あなたは利用した」
「頭のいい男でな。だが暴力的で、手の付けられない残忍さも持ち合わせていた。……ワシと、気が合った。あれは逸材じゃ、業の深い人生だったようじゃぞ? あ奴には、自分以外の人間の価値が分からんのじゃ。手を組まんかと持ち掛けた。精霊石とアラガルド王国の話をしたら、まんまと乗ってきおった。ワシはちゃあんと最初に言ったのだ。時間はかかる。何年、何十年かかるか分からない。じゃが、ワシの言う通りにすれば絶対に頂点に上り詰めることが出来るはずじゃと。子爵家に取り入ってからはもう、面白いくらいに思い通りことが運ぶので、笑いが止まらんかった。ワシは子爵家には入らんかったのでな。人知れず山中で過ごしとった。魔女らに怪しまれていたかどうかは知らん。知らんが……、あ奴は魔女まで手玉に取って侍らしとったらしいからの。とんでもない男じゃよ……。ヒャハハハハ……ッ!!」
最悪の組み合わせだったのだ。
身の毛もよだつとはこの事だと、フィアメッタはトビアスを睨み付けた。
「自白魔法なんかかけなくても、あなたは誇らしげに話していたのでしょうね……。では、毒を盛った時はさぞかし愉快だったでしょう……?」
「それはもう、面白いなんてもんじゃあない。そこかしこで妙な噂が立ち、人間共の憎み合うのを見るのは最高じゃったぞ……? フィアメッタはそれらが終わってから王宮入りしたのだから、当時の惨状を見てはおらんじゃろうがの」
ケケケと笑うトビアスに、フィアメッタは左の拳を力一杯握りしめた。
長い爪が柔らかな手のひらの皮膚を突き破り、真っ赤な血がタラタラと床に垂れた。それでも構わずに、フィアメッタは杖をトビアスに向けたまま細い肩を怒らせ、拳を震わせ続けた。
「ええ、その時はまだ、王宮にはリディアがいた。セリーナ王女とリディアにあらぬ罪を被せ、王国から追い出したでしょう? アレだっておかしな話。使われたのは、あなたの毒でしょう? それを指摘したくても出来なかったリディアを、あなたは笑ったのでしょうね」
「どの毒を使うか、考えたのはあ奴じゃ。ワシは用意しただけ。あ奴は毒にもやたら詳しくてのぉ。人の殺し方ばかりずっと考えて生きとったらしい。どうすれば疑われずに人を殺せるか、どうすれば確実に手を汚さず殺せるか。王子を殺し損なって、計画が一部狂ったが、まぁ……、及第点じゃろうのぉ……」
「兵を出せ、王国を転覆する者が現れるとアーネストを焚き付けていたのもあなたなのでしょう……? それもこれも、アーネストに精霊石を触らせるため……」
フィアメッタはもう、限界だった。
トビアスの口から出てくるのは野蛮な言葉ばかりで、ともすればフィアメッタ自信が我慢出来ずにそういう言葉を投げつけてやりたくなるくらい、頭に血が上っていた。
「精霊王とやらが本当に存在するならばな、祟りが起きるじゃろ……? それが知りたかったんじゃよ、ワシは……!!」
「――だ、そうですわよ。他に聞きたいことは?」
フィアメッタは後方に居るらしい誰かに向かって、吐き捨てるように言い放った。
「いいや……。聞けば聞くほど、はらわたが煮えくり返るだけだった。面倒な役回りを頼んだな、フィアメッタ」
「良いのよ、他ならぬリディアのお願いだもの」
――トビアスは甲高い声を上げた。
そして身動きの取れないまま、ぶるぶると震え上がった。
「りぃ……、リディアじゃとぉ?! そんな、そんなバカな……!!!!」
「久しぶりだな……、トビアス。相変わらず、汚い面だ」
小屋の扉がギイと開き、黒いドレスローブ姿の魔女が現れる。
背が高く、美しい銀髪をなびかせた魔女は、下劣な魔法使いをギロリと睨みつけた。




