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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【16】君の世界を巡る旅

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2. 解放

 リアムの異変にいち早く気付いたのは、彼の数メートル後ろにいた佑だった。様子のおかしいリアムに、佑は攻撃の手を止めて思わず駆け寄った。

 辺りは光属性の精霊達が放つ魔法で眩い光に包まれていて、他に気付く者はいなかったようだ。


「リアム陛下、どうなさいました」


 隣に屈み込むと、リアムは苦しそうな声を上げた。


「アーネストを……倒すなんて、私には出来ない……」

「陛下……」


 宝杖の先で琥珀(アンバー)の精霊は眩く光っているのに、当のリアムは迷いから命令を出せずにいる。


「無理だ。アーネストに攻撃魔法を向けるなんて」

「攻撃してる訳じゃないですよ。陛下、これは皆でアーネストを救うためにやってるんです」


 佑は懸命に訴えかけたが、リアムは動かなかった。

 国王と宰相。――二人は五年もの間、ずっと時を共にしてきたのだろう。複雑な気持ちは分からないでもないが。


「父親……代わりでした。アーネストは……、確かに酷い男だったと思います。けれど私にとって……、彼は……」

「――そう思うなら、魔法を放つべきだ」


 声を被せてきたのはジョセフだった。

 視点の定まらぬ様子で、だがしっかりと前を見据えて、ジョセフは佑とリアムの方へと近付いてくる。


「真の王ならば、決断しなければならない。アーネストは確かに、王国のために尽力した。しかし、アラガルド王国に蔓延った諸悪の根源は、間違いなくアーネストだった。彼は、認められたかったのだろう。私やリアムが、真の王として、一人前に王として認めて貰いたかったように、彼もルミールの人間として、認めて貰いたかったのでは。真相はもう……分からない。本人には聞けない。しかし、何かに囚われていたのは確かだ。解放……してやろう、リアム。私達の手で。それが唯一、今の私達に出来ることなのだから」


 “解放”という言葉に、リアムは強く反応した。

 それまでのことが頭の中を駆け巡り、リアムは肩を震わせた。迷うなと口の中で小さく呟き、深く頷いてから、彼はゆっくりと立ち上がった。


「兄様……、そしてタスク。ありがとう、私の背中を押してくれて」


 杖を、リアムは高く掲げた。

 その視線の先で、真っ赤に爛れた皮膚を曝け出した哀れな化け物が、天に向かって大きな口を開き、叫び声を上げている。


琥珀(アンバー)の精霊よ、その中に閉じ込めた太陽の光を解放せよ。迷える者の魂を、その光で清められよ……!!」


 網目状の大きな四枚の羽を広げた黄金色の精霊は、人と虫の間のような姿をしていた。長い髪を煙のように漂わせ、優しくリアムに微笑むと、身体を捻って急加速し、光の速さで化け物目掛けて飛んで行く。

 鱗粉を撒き散らすようにキラキラと光の粒がその軌道に散るのを、人々は呆然と見つめていた。

 ジョセフの金剛石(ダイアモンド)の精霊とは違い、雄々しさはない。

 しかし、代々受け継がれてきた宝杖の精霊は、確かにアラガルド王リアムを信じ、その力を最大限に発揮した。

 やがて化け物の頭部へと到達した琥珀(アンバー)の精霊は、フワッと宙に制止して両手を伸ばした。

 精霊は何かを囁くような仕草をして、化け物にキスをした。



 ――世界が止まったかのように、一瞬、全ての音と風が消えた。



 真っ黒な化け物の大きな鱗が、頭頂部からどんどん剥がれ落ちていく。

 剥がれながら砕け、熱を帯び爛れた皮膚が露わになる。それさえ――光は浄化した。

 燃え盛るようだった皮膚から、熱が失われているのに気が付いたニコラ・クリバー将軍は、直ぐさま次の指令を出した。


「一斉に斬りかかれ!! とどめを刺せ!!」


 鱗の剥がれた化け物は、大勢の兵士や貴族に何度も何度も斬りつけられた。

 辺り一面、血の海だった。

 化け物は次第に力を失い、その叫び声さえ、どんどん小さくなっていった。

 終いには地面に叩きつけられるようにして倒れ、ただ息をするだけの、巨大な何か(・・)になった。


「リアム陛下。こいつはもう、虫の息です」


 最後の最後、全体の指揮を執っていたニコラ・クリバー将軍は、もの悲しい目でリアムに告げた。

 リアムは苦しそうに顔を歪め、だけれど次の瞬間にはしっかりと前を向き、それ(・・)のそばまで歩いて行った。

 頭だけでも、それ(・・)は馬より大きかった。

 崩れた礼拝堂の瓦礫に埋もれるようにして、それ(・・)は横たわっていた。

 ガラス片や壁材、屋根瓦……、会衆席の椅子の残骸、そして……、この騒ぎでも微動だにせず鎮座する精霊石の姿が目に入った。

 リアムの白い儀礼衣装もすっかりと血と泥で汚れている。

 兵士や貴族達は剣を鞘に収め、魔法を使っていた者達は心を鎮めて、最後の時を待つ。

 ヒュウヒュウと、どこかから空気が漏れたような音を響かせて、それ(・・)は息をしていた。

 リアムはその直ぐそばに立ち、静かにそれ(・・)に話しかけた。


「そこまでして、アーネスト、お前は何を手に入れたかったんだ」


 項垂れ、リアムはしばらく肩を震わせていた。

 それから腰に差した宝剣を鞘から抜いて、精霊達の力を借り――……。






 断末魔は、聞こえなかった。

 力尽きると同時に、巨大なそれ(・・)は砕けた。まるで砂山が雪崩れるように一気に崩れ落ち、跡形もなく霧散したのだった。






 *






 全部終わったあとでアーネストの息子達が礼拝堂跡地で見つけたのは、彼が左手に嵌めていた、妻との結婚指輪だけだったらしい。

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