1. 一斉に
ルミールにも魔物はいるが、野生動物が巨大化したり或いは凶暴化したりするのが殆どで、それ自体が魔性の存在だというのは稀である。
例えば大狼は野生の狼が巨大化したものであるが、その生態は通常の狼と殆ど変わらない。大角鹿や怪鳥の類いも、やはり巨大化のみで、その大きさ故に餌を多く必要とし、結果田畑を荒らしたり、人間の住む場所を襲ったりするのだ。
凶暴化は瀕死や極度の飢餓、または自分の子を守ろうとするときに現れるもの。常に凶暴であることは稀で、例えば人間に放たれた矢が刺さったままだとか、傷口が痛むとか、やはり生死に関わる程度にならなければ、凶暴性は現れにくい。
翻って、今礼拝堂の跡地に立つ巨大な何かはどうか。
リアムは宝杖を握り締めたまま、それを仰ぎ見た。
見るからに凶暴で、凶悪な存在に見える。何故この姿なのか……まるで彼の心の中を全部形にしてしまったような、おぞましい化け物。唸り声を上げ、大きな尾をくねらせては礼拝堂の建物をどんどんなぎ払っていく。
「リアム陛下!! そこをお退きください!!」
セプタスの騎士団長デューク王子が炎の魔法を放つ。彼の持つ辰砂の精霊は、竜の姿になって猛烈な炎を吐いた。ゴオッと激しい炎の渦がその喉元に命中すると、それは攻撃の飛んできたデューク王子の方に頭を向けた。
――グガアアァアァアアァアァアアア!!!!
巨大な口から咆哮と共に突風が吹き出し、デューク王子始め、その場にいた数人の兵士や王族らが勢いよく吹き飛ばされた。
「どうだ! 効いたか?!」
「単独攻撃ではダメだ! 傷一つ付いてない!!」
今度はノーヴェンのレオ・ガフ騎士団長が一際大きな剣を振るい、それの尾を斬りつける。
が、ヌメリ気のある奇妙な鱗が剣を弾き、上手くダメージが入らない。
「何だこの化け物は!! 魔法でもダメ、剣でもダメ……」
「こうなったら、一か八か……。防御力低下の補助魔法を使える者はいるか?! 一斉に浴びせるんだ!!」
セイス辺境伯領のニコラ・クリバー将軍が次の指示を出す。
「王族の方々や魔力の強い兵士を集めろ!! 攻撃力増強を重ねて、弱点属性での魔法攻撃を試みる!!」
国だとか身分だとか、もうそんなものは一切関係なく、とにかく使えるものは全部使う勢いで、各国の将軍、騎士団長らが奮起する。
爛れて湿り気のある妙な鱗の間に、亀裂が走るように真っ赤な皮膚が見える。魔法を浴びせる度に皮膚か肉に響くのか、それは苦しそうに声を上げた。
硬い鱗で覆われた化け物の、まずは防御力を下げ、それからこちらの攻撃力を上げて魔法を一気に放つ。魔法である程度弱らせてから、今度は剣を振るい、矢を放って仕留める。
それもこれも、絶対にないとは言い切れないと、会合で打ち合わせたことだった。
「防御力、一斉に下げろ!!」
色とりどりの精霊達が、主の声を聞いて力を貸す。
庭園に散らばった者、瓦礫の上に立つ者、ある者は怪我をし、ある者は怪我人を解放し、誰かの無事を祈りながら、安全なところに身を隠しながら――石の精霊達に願う。
一斉に放たれた魔法がそれを包み、魔法効果で淡く光を帯びた。
効いているのかどうか……、次は攻撃力増強魔法。
全体の攻撃力を上げるべく、効果範囲を広くして、魔法効率を高めていく。
「光の魔法を一気に浴びせる!! 一斉に準備を!!」
ニコラ・クリバー将軍の合図に、各々が光属性の石に願った。
真っ黒い鱗、悪意が形になったような姿――恐らくそれは闇属性なのではと仮定しての指揮だった。
「お願いだ、精霊達。アーネストを止めてくれ……!!」
佑は真珠と黄玉の精霊に願った。
黄色い光に包まれた光属性の精霊達がふわりふわりと姿を見せて、巨大なそれに突っ込んでいく。
「行け……!! 精霊達よ、迷える者を、闇から解放するのだ――!!!!」
怒号のようなニコラ・クリバー将軍の声が辺りに響いた。
その場にいた者達が、次から次へと自分の光属性の石に願い始める。
精霊は、強く願う者、誠実な者に力を貸す。
儀式の招待客は皆、それぞれの国を治め、或いは忠実に仕え、守ることを信条とした者達ばかり。
他人事ではなかった。
どの国の要人らも、それが偶々アラガルド王国での出来事であったと言うだけで、もしかしたら自国でも起こりえたかも知れないと思っていた。
だからこそ、我がことのように力を奮う。
佑はブレスレットを付けた左手を突き出し、精霊達に願い続けた。
ふと、周囲の人達の様子が視界に入る。
ライオネルも、エドウィンも、真剣な様子で手を突き出していた。
ジュリアス・セイス辺境伯、ジェローム・ディエズ公爵の姿も見える。
オットー国のアイザック王子は、怪我をしたディエズ公爵領のスコット王子の腕を肩に回し、歯を食いしばりながらも精霊に願っていた。
遠くに竜樹とレナード、カイルの姿も見える。
そしてまた別のところには、アーネストの息子達も。
男達だけではない。
ロザリーを始めとする各国の王妃や令嬢達も、手を組み、或いは跪きながら、石の精霊達の力を信じ、願い続けた。
「アーネスト!! もう、これで終いにしよう!!」
王宮の辺りから、一際大きな声を上げる者がいるのに、佑は気が付いた。
「じょ、ジョセフ……」
菫青石の精霊に導かれ、巨大な獅子の姿をした金剛石の精霊を引き連れ、ジョセフが現れる。
足を引きずりながら、ジョセフは真っ黒なそれに向かって必死に話しかけている。
「アーネスト、お前が何に囚われていたのか、私には分からない。分からないが……、決して、お前は完全な悪ではなかったはずだ。精霊王がお前に下した罰は、あまりにも重い。重過ぎて、私はお前に同情すらしてしまう。私はお前が憎かった。憎かったが……、それでも、非力な私を支えたのは確かにお前だった。お前には、愛する家族達と余生を過ごさせてやりたかった。それすら叶わなくなってしまった。今、楽にしてやる。行け、金剛石の精霊よ……!!!!」
ジョセフの言葉を合図に、獅子の姿の精霊は大股で走り、化け物へと突進していく。
――ヴォオォオオオオォオ…………!!!!
鱗がボロボロと剥がれ落ち、地面にズドンズドンと落ちてくる。
剥がれた鱗の下からは、真っ赤に爛れた皮膚が現れ、ジュウジュウと焼け焦げるような音と腐ったような臭いを放っていた。
痛みからか、それは身体をくねらせ、更に叫んだ。
まるで早くとどめを刺してくれと言わんばかりの苦しそうな声で。
あと少し。
あと少し、光属性の魔法を浴びせれば。
精霊の力を使える者達が一丸となって願う中、 白い儀礼衣装の若き王――リアムは、宝杖を手にしたまま立ち尽くしていた。
杖先の琥珀の精霊は、今か今かと主の命令を待っている。
しかし、
「わ……、私には、出来ない」
宰相アーネストであったはずの化け物を見上げたまま、リアムは地面に膝から崩れ落ちた。




