5. 悪足掻き
礼拝堂内部はもはや地獄絵図だった。
四隅の壁に配置されていた兵士達は、祭壇に向かってくる男達を食い止めるため剣を抜き、振るい始めた。そこへアラガルドの要人や騎士団長が交じって壁のようになり、ライオネル達の侵入を悉く阻んだ。
ドレス姿の婦女子達は悲鳴を上げて礼拝堂から外へ出ようとするが、内側からは一切扉が開かない。叫び、扉を叩く者、魔法を使える者は魔法で突破しようとするが、外側から強力な魔法でも使われているのかびくともしない。
真っ当な武器もなく、頑丈な扉に阻まれる女性達と、戦闘力のない文官達の怒声と悲鳴が入り交じり、混乱が加速する。
美しい衣装だの厳かな儀式だの、もうそんな綺麗事を言っている場合ではなくなってしまったのだ。
「精霊石には指一本触れさせない!! アーネスト!! 目を覚ませ!!!!」
宝杖に魔法を宿したリアムは、精霊石の前に立ちはだかって、必死にアーネストを牽制した。
杖先の琥珀に閉じ込められた古代の精霊は、ゆらゆらと雷と光の魔法を宿し、杖先に跨がるようにして攻撃の機会を覗っている。
「一人では何も出来ぬ愚かな王が、私に逆らうか?!」
アーネストも腰に差した剣を抜き、不気味な笑いを湛えながらリアムを威嚇した。
いまや礼拝堂のあちこちで魔法が放たれ、剣と剣がぶつかり合っている。
ドンッと破裂音がしたかと思えば、別の場所では雷が走り、かと思うと炎で何かが焼け焦げた匂いまで漂ってくるのだ。
この状況を、しかしアーネストは悦び、望んでいるようにも見える。
「権力など振りかざしたところで、民は付いてこない。精霊も力を貸さない。純粋に民を思い、平和を願えばこそ、精霊王は支配をお認めくださるのです!」
「黙れリアム。貴様はアレックに似すぎた。正論ばかり説きおって……!! ジョセフ共々、邪魔でしかなかった。摂政などで満足せずに、もっと早くに潰しておけば良かったと後悔しておるわ……!!!!」
アーネストはガハハハハと大声で笑い、ブンブンと剣を振って、ジリジリとリアムに詰め寄った。
一歩一歩後退れば、リアムは精霊石に触れてしまう。避けなければと後ろを気にしすぎたリアムの懸章にアーネストの剣先が触れ、はらりと金の布が肩からずり落ちた。
「うっ……!!」
「威勢だけは良いなぁ、リアムよ! 威嚇だけで攻撃を仕掛けてこないのは情けか?! ハハハハハハッ!!」
高笑いしたアーネストが剣を掲げたとき、
「う゛ぁッ!!」
何者かが突然ヌッと現れ、アーネストの右腕から剣を払い落とした。
カランカランと剣が落ちる音。
「――貴様ッ!! 見えぬ訳ではなかったのか、ジョセフ!!!!」
攻撃を食らった右腕を擦り、アーネストはジョセフを睨み付けた。
混乱に乗じて兵達の間を抜けたジョセフは、アーネストの真後ろにまで迫っていたらしい。
大柄で筋肉質のジョセフは、視点の定まらぬ目で虚空を睨み付けた。
「何も見えない。見えるはずがないだろう。お前が私を殺そうとして毒を盛ったのだから。――私を導いたのは菫青石の精霊。導きの力を使い、常に私の目の変わりをしてくれる。怒りに狂ったお前の顔が拝めなくて残念だよ、アーネスト……!!」
大きく広げた手の中に光の魔法を集め、ジョセフは躊躇なくアーネストに撃ち込み始めた。至近距離からの連続攻撃を、アーネストは避けることが出来なかった。破裂音と共にアーネストが叫ぶ声が響き、それでもジョセフはやめようとしない。
「うぐぁっ!! め……めくらの死に損ないめがっ!!」
兵士達の攻撃を避けつつ、佑と竜樹がどうにかこうにか祭壇の前まで辿り着いたときには、アーネストは全身にジョセフの魔法攻撃を受け、背中を丸めて蹲っていた。
「その死に損ないに痛めつけられる気分はどうだ、アーネスト。私はもっと苦しかった。母やセリーナはもっともっと苦しかったはずだ!! 私利私欲ばかりで相手を思いやる心すら持ち合わせぬお前に、義母シーラも騙されたのだろう!!
義母には何と言った!! 自分と手を組めば王国は自分達の物になるとでも言ったのか!! 行き場のないイアンを苛め抜いていたことも私は知っている。知っていて、私にはどうにも出来なかった。優しく声を掛ける以外の解決策を、私は持ち合わせていなかった。くだらんお前の野望を果たすために、何人のルミール人が犠牲になった。お前が現れてから先、全てがおかしくなったのだ!! その罪は、私の魔法如きで許されるものではないのだぞ……!!」
ジョセフは全身に怒りの炎を宿していた。
強烈なその炎は、近付くもの全てを焼き払わんばかりの勢いで燃え盛っている。
佑の目にもハッキリと、獣人姿の紅玉の精霊が髪を逆撫で翼を広げるのが見えた。
「……何故だ」
ボソリと、アーネストが丸まったまま呟いた。
「何故私は責められ、何故その男は赦される。本当にセリーナの夫なのか? ……くだらん。死んだ人間のために危険を冒す? 有り得んな。同じ、かの地の人間ではないか。私もそいつも」
ボソボソと、聞き取り出来るか出来ないかの呟きを、佑達は耳をそばだて、必死に聞いた。
「絶望の果てに見つけたのだ。ここで生き長らえる方法を。実践した。何が悪い。……精霊の加護など無縁なのはその男も同じはず。何が違う。私が築き、栄えさせた国を、怖そうとする極悪人ではないか。民を思う? 平和を願う? 意味が……分からん。正義の執行には時間がかかる。野蛮なルミール人共に、これ以上いい顔をさせて、たまるか……」
「もしかして、閣下は魔法を……、使えないんですか」
アーネストはゆっくりと顔を上げ、肩越しに佑を睨み付けた。
「かの地の人間には、魔法は無縁であろう?」
「まさか。使えますよ。石の精霊は力を貸してくれる。だからこそ、襲撃にも耐えた。今もどうにか……生き残れてるんです」
アーネストの目が捉えたのは――、色とりどりの光と風を纏い、自信たっぷりに見下ろしてくる偽侯爵の姿だった。




