3. 詰め寄る
ひそひそ話があちらこちらから聞こえてくる。
「何者だ、聞いたことがない」
「アーネスト閣下は何を仰っている」
混乱の原因が、正体不明の偽侯爵とやらにあるということは理解しただろうが、それ以上のことは関係者にしか分からない。
リディアは佑の隣でアーネストを睨み付けた。
ライオネルは肩を怒らせ、今にもアーネストに襲いかかろうとするのを、息子二人が必死に止めている。
「閣下の仰る通りです。私は貴族ではありませんし、この世界の人間でもない」
佑は礼拝堂の隅々にまで届くように、声を張り上げた。
「ですが、提案させて頂いた事項は、義弟ライオネルと共に熟慮を重ねたものです。この世界に知識と技術を齎すための第一段階として、私は周辺諸国に有益な提案をしました。私は妻の愛したこのルミールの未来にとって、より良い方向へと進むための道標を示したに過ぎません。あとは、各国首脳の皆様方がどう進むか、各々選択頂ければと思っています。閣下が私を咎める理由はただ一つ、私が何者かという点だけであって、それ以外のことでこの身に恥じるような行為は一切行っておりません」
義弟とはどういう意味か、彼はかの地の人間なのか、妻とは誰か。
騒ぎ始める人々の反応を余所に、佑は、怒りで震えるアーネストから視線を逸らさなかった。
「私は、あなたがあらぬ罪を着せて処刑を目論んだリアム王の姉、セリーナ・リサラ・アラガルドの夫、曽根崎佑です」
どよめきが起こる。
騒然としていく礼拝堂に、どういうことだと野次が飛び始める。
「……やはり、ジャップか」
アーネストのボヤキを、佑は逃さなかった。
「閣下はアメリカ人ですか」
アーネストは表情を変えない。
佑をじっと、睨み返している。
「身分を偽り、貴族社会に入り込む。――あなたが三十年以上前にやったのと同じことを、私は意図せずやっていた訳ですね」
「だから、何だ。だから何だというのだ。私がかの地からやって来たのだとして、それが一体どうしたのだ。私以上にこの国のため尽力した者は他におるまい。何十年も前のことを蒸し返されたところで、私が揺らぐとでもお思いか」
どよめきが一際大きくなった。
「アーネスト閣下が、かの地の?!」
「まさか! その男と同じ……」
あちらこちらで困惑の声が漏れるなか、微動だにしないアーネストに、佑は更に追い打ちをかけた。
「――アーネスト閣下。あなたは私がかの地の人間であることを理由に、断罪しようとなさいました。その言葉、そのままそっくりお返ししますよ。正体を隠してまんまとボルドリー子爵家の養子に入り、文明の進んだかの地の知識で好き勝手やってらしたようですし」
アーネストは眉尻をピクピク震わせ、佑を威嚇するように睨み付けた。
祭壇前では、リアムがアーネストの背中を苦しそうに見つめている。宝杖を握る手は、ガクガクと震えていた。
そんなリアムの姿を視界の端で捉えつつ、佑は言葉を繋ぎ続けた。
「さぞかし、気持ちが良かったことでしょう。かの地より数百年は遅れた文明の中で知識をひけらかすのは。恐らく閣下は高学歴でしょうし、元々頭の回転も速いのでしょう。だからこそ、見知らぬ土地に直ぐに馴染んだ。適応力があったということです。その力を持ってすれば、違う道が開けていたかも知れません。しかし閣下は共存ではなく支配を選んだ。三十年もあれば、世界は変わったはずなのに。もし仮に、閣下が別の選択をなさっていたなら、ペンデのような町は作られなかったでしょう。鉱山の事故や公害で労働者が死んでいくこともなかったはずです。閣下の政策の結果、それまで自由な交易をしていた諸外国や平民達にとっても、高い関税や年貢は経済発展の弊害になってしまいました。ピンはねした税金で懐を肥やす貴族には、市井の人間の苦悩など見えませんしね。真っ当なことを言われたら困るから、ガンガン金を横流ししたり、自分の子ども達と結婚させて、有無を言わさず黙らせて来たのでしょう……? 私を訝しむのは、身に覚えがあるからに他なりませんよね。自分はそうしてきた、この男もそうに違いないと、閣下は私を色眼鏡で見てしまっている」
佑がそこまで言うと、アーネストはプッと吹き出し、腹を抱えて笑い出した。
「何を言い出すかと思えば……!! くだらんくだらん。そんな妄想を働かせて、ソルザック偽侯爵様は余程お暇な方とお見受けする。だいたい、嘘で塗り固められた男の話など、誰が信じるというのだ。セリーナ王女の夫などと、お前はまた嘘を重ねたではないか!! 全く……、不敬にも程がある!! 即死刑にすべきですよ、リアム陛下!!」
ガハハハと下品な笑い方をして、アーネストはリアムに振り向いた。
リアムは怒りを必死に抑えながら、長年自分に使えてき彼をじっと睨み付けた。
「……不敬なのは、あなたの方です、アーネスト」
「何を仰る。人を疑うことを知らぬ王様には、この怪しげな男の本質は見抜けませんか」
「――『疑わず、信じよ』という父の教えを、私達きょうだいはずっと守り続けました。しかし、あなたのことは信じるべきではなかった。他の誰を信じたとしても、あなたのことだけは絶対に信じてはいけなかったんです。真っ当な人間を否定し、自分に都合の良い人間の立場だけを守るなんて。……そんなあくどい方法で宰相にまで上り詰め、それでもあなたは未だ権力を欲している。祝詞の途中で言葉を被せてきたとき、私には、あなたの醜い本質が見えました。これ以上、罪を重ねるのはやめてください。このままでは死刑になるのはあなたですよ、宰相アーネスト・ボルドリー」
リアムはアーネストを諭すよう、言葉を選んで選んで、必死に訴えかけた。
しかし、当のアーネストは何故か余裕たっぷりに、リアムを上から睨み返すのだった。
「フフッ……、脅しですか。その怪しげな男をそこまでして陛下は擁護するのですか」
「彼は信用出来ます。あなたは信用出来ない」
「口先だけで何の証拠もないのに、死んだ姉の夫を名乗る人物を、陛下は信用なさると?」
――と、そこまで言って、アーネストはアッと口を手で塞いだ。
再び、礼拝堂がざわめき立つ。
「我が姉セリーナが死んだことを……、何故アーネストが知っているのですか」
リアムは一転、アーネストに詰め寄った。
「妻が死んだことはお伝えしましたが、妻の名前まではお知らせしませんでしたよ……? もしかして閣下は、私の妻が何故死んだのかご存じなのでしょうか……?」
佑も負けじとアーネストに猛攻を仕掛けた。
じりじりと狭まる包囲網に、……それでもアーネストは未だ、余裕たっぷりに口元を緩ませているのだった。




