2. 祝詞
精霊石の展示台を守る兵達が、儀式用の衣装を身につけた兵士達と入れ替わる。それまで展示台を守っていた兵士達は出入り口の警備へ、新たにやって来た兵士達は祭壇の四隅の壁に配置され、祭壇の中心には台座のみが鎮座する状態となった。
司祭はまず精霊石に向かって祈りの動作をし、振り向いて大きく手を広げ、儀式の開催と来賓の参列に感謝の言葉を述べる。
その後、司祭による精霊祭とアラガルド王国の歴史の講釈が始まった。
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――その昔、未だ大陸に国がなかった頃、一人の青年がとある山中で不思議な色に輝く大きな石を見つけた。
何か大きな力が宿っているのか、青年は石に全く近付くことが出来なかったのだが、石の直ぐそばには一人の男が平然として立っていた。
男は自らを精霊王と名乗り、精霊石の化身であることを告げた。
精霊王は青年に、人々が暮らしやすいよう、この山の麓に王国を築きなさいと言った。
青年は精霊王の導くままに国を作り、若き王となった。
全ての人々が平和に暮らせるよう、精霊王は言葉の壁をなくした。そして世界中の石の力を解放した。石に宿る精霊達は、人間の暮らしと心を豊かにするため、人間に力を貸すことを精霊王に誓った。
精霊王は青年に告げた。
世界の平和を願い、清き心であり続ければ、王国のますますの発展を約束しよう。
年に一度、実りと平和を願い、誓い続けよと――。
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精霊王への誓いを果たしたとき、アラガルドの王は王国の支配を許されるのだという話。
精霊祭はアラガルドの王が精霊王への誓いを立てる大切な儀式であることを、まずは儀式の冒頭に語る習わしがあるようだ。
講釈が終わると聖歌隊による合唱が行われ、厳かで洗練された歌声が礼拝堂に響き渡った。
神話を元にした成果が数曲披露されたあと、音楽団による演奏を挟み、いよいよ儀式は佳境に入る。
礼拝堂の大扉が開かれ、金の刺繍と宝石の装飾が美しいマントを羽織った若きリアム王が、颯爽と現れる。上から下まで、伝統的な白い衣装に身を包んだリアムは、その美しく整った顔も相まって、参列する女性達の心を魅了した。
会衆席の真ん中に走る真っ赤な絨毯の上を、リアムは祭壇に向かって、ゆっくりと歩いていく。
右手には代々受け継がれた宝玉の付いた杖を持ち、腰には宝剣を携えている。
肩から掛けられた金色の懸章は、アラガルド王家が代々光属性の精霊と共にあることを表しているそうだ。
王冠に煌めくのは金剛石。稀少な金色のダイアモンドが中央に燦然と輝き、小さな銀の金剛石が美しくちりばめられていた。
やがて祭壇の中央へと進んだ王は、静かに跪き、精霊王への誓いを述べる。
「我が名はリアム・アーサー・アラガルド。アラガルド王国第十五代国王にして、万物の生と死を司る偉大なる父、精霊の王の忠誠なるしもべである」
リアムの透き通るような声は、礼拝堂によく響いた。
ステンドグラスの虹色の光に照らされ、白いマントが煌めいて見えるのを、誰もがうっとりと見つめていたとき、会衆席の前方で、のっそりと何かが蠢き始めた。
佑と竜樹は思わず腰を浮かせた。
「雪と深い闇の季節を終え、今正に光の季節が始まろうとしているこの時に、我は精霊の王に誓う。全ては」
「――全てはこの豊かで美しき大地のために」
リアムではない太い声が、突如祝詞をあげ始めた。
「アーネスト!!」
咄嗟にリアムは振り向くが、アーネストは王であるリアムを無視して祝詞を続ける。
「嘘偽りなく全てを精霊の王に捧げることを。偉大なる父よ、我こそはアラガルドを統べるに相応しき者であると認められよ」
リアムはゆっくりと立ち上がり、アーネストを睨み付けた。
「一体……、何のつもりですか。神聖な場ですよ」
アーネストは動じない。
本来ならばこうして邪魔が入れば直ぐに駆けつけてくるはずの兵士達も、一切持ち場を離れない。
会場がざわつき始める。茶番なのか、本当にアーネストが邪魔に入っているのかさえ、来客には判断が付かないのだ。
「それはこちらのセリフですよ、陛下。儀式の直前までコソコソと一体何をなさっていたのです。我が国の転覆を謀った悪女と精通していたと思われる輩共と、陛下は随分親しげになさっていたようですね。そんな人に王など務まりましょうか」
竜樹が思わず出ていこうとするのを、佑は止めた。もう少し待てと目で合図すると、竜樹は渋々椅子に座り直した。
「アーネスト。私はこのルミールのために建設的な意見を持つ方々と大事な話をしていたのです。一体何と勘違いなさっているのか皆目見当が付きません。誓いの言葉を、もう一度やり直さなければなりません。そこをどきなさい」
「怪しげな輩がその中に混じっていたでしょう。貴族でもないのに貴族の振りをして、陛下に悪知恵を吹き込む悪人が」
アーネストの低い声は礼拝堂の隅から隅までよく響いた。
何が起きているのか注視するしかない来客達は、ただじっと、ことの成り行きを見守った。
「心清らかな者達しか、あの場にはおりませんでした。アーネストは一体、誰のことを指してそんな恐ろしいことを仰るのです。名前を挙げてご覧なさい。そしてその者が本当に国家の転覆を謀る悪人ならば、私がこの場で死刑を言い渡しましょう」
精霊祭には相応しくない強烈な言葉を使って、リアムはアーネストを非難した。
珍しく反抗するリアムを、アーネストは疎ましく思ったようだ。眉をしかめ、あからさまに機嫌を悪くして、「それは面白い。お願い致しましょう」と言い放った。
「私の忠実な魔法使いトビアスによれば、悪しき者はとある高貴な人物を味方に付け、素知らぬふりをして王国への侵入を試みたようだ、とのこと。晩餐会へもまんまと侵入し、高貴な方々を丸め込み、あれよあれよと味方を増やして如何にも怪しげな話をさも全うであるように吹聴して回ったのだと聞いております。貴族ではない、元は商人か。恐らくはこの世界の人間ですらない……。アラガルド王家に近付くために、王の姉君であるロザリー妃とライオネル大公殿下を騙して王国へ侵入した極悪人タスク・ソルザック侯爵!! 石の精霊の加護さえ受けられぬ偽侯爵と精通なさるなど、愚かしい、王の風上にも置けないと、私はそう申しておるのですよ、リアム陛下……!!」
アーネストは声を荒げ、佑を指差した。
佑はアーネストに応じるようにして、ゆっくりと立ち上がった。
「偽侯爵の言葉は信じられませんでしたか、アーネスト閣下」
ざわめきが、一層大きくなる。
礼拝堂にいる全ての人間の視線が、一斉に佑に集まっていた。




