9. 魔具
ジョセフは見えない目で虚空を睨みつけ、怒りの炎を滾らせていた。激しい感情が石に伝わり、普段は姿を見せない紅玉の精霊が彼の肩を抱くようにして髪を逆立てているのが見えた。
隣でフィアメッタがジョセフの拳にそっと手を被せ、無言ながらに落ち着きなさいと諭している。
反対側ではリアムが真っ青な顔をして、両手で口元を覆い、必死に吐き気を我慢しているようだった。
「そんなバカげたこと、有り得るのかどうか。だいたい、賓客が多く来席するあの儀式の最中、アーネストが一体何をしでかすつもりだとお考えか」
ジェローム・ディエズ公爵は髭を擦りながら、顔を歪めた。
ディエズ公爵に限らず、他の要人達も、最悪の事態など考えたくはない様子で、難しい顔をしている。
「二つ……考えられます」
佑は二つの指を立て、もう一度室内をグルッと見渡した。
「一つは、精霊石への誓いを、リアム王ではなく、アーネスト自身が行うこと。大勢の前で彼が精霊王に認められれば、そのまま新たな王としてアラガルド王国に君臨するつもりではないかと。要するに……、儀式の参列者は証人です。精霊王に認められたとあれば、従わざるを得なくなるのでしょうから、それを狙っている可能性が、ひとつ」
「もう一つは?」
とエドウィン。
「もう一つは、精霊石の力を使って、アラガルド王国のみならず、ルミール全てを支配しようとしているのではと。精霊石がどんなものかハッキリ分かりませんが、リディアさんによれば、強烈な力を持っていて、おいそれと外には出せない代物……だと。アーネストが精霊王に認められてしまったなら、そのあと待つのは地獄でしょう。何しろ各国の要人達は儀式の場に集まっている。その場で皆殺しにしてしまうことも出来てしまうんです。……そしたらもう、やりたい放題になるでしょう。彼はルミール全てを手に入れ傍若無人な魔王と化してしまう。考えたくはないですが、私はこの二つ目の方が、より彼の考えに近いのではと予想しています」
「――ハッ!! じょ、冗談じゃない。そんなこと、あるわけがなかろう!!」
ジュリアス・セイス辺境伯は佑の予想を鼻で笑い飛ばした。が、必ずしも否定しているわけではないのは顔を見れば分かる。セイス辺境伯の顔は一切笑ってはいなかった。
「あるわけがないと言い切れますか。アーネストは必要以上の傭兵まで雇っている。もし仮に、儀式の場にいる全員を捕らえたり、もしくは殺したりするために傭兵を雇っているのだとしたらどうですか。ペンデの町を、セイス辺境伯領の皆様方も、他の方々もお通りになったでしょう。戦争でも始めるのではないかと危惧する程の傭兵がウロウロしていた。町は酷く荒んでいて、市民は苦しんでいるというのに。どう考えても普通じゃないですよ」
「傭兵……?! アーネストにはそんなこと、一切聞いていませんよ!!」
とうとうリアムが立ち上がり、声を荒らげた。
「王が知らぬ間に、アーネストは準備を始めていた訳です。おおかたセリーナ王女と魔女リディアの捜索に必要だとでも言い訳して、兵を集めたんだと思います。……証拠もありますよ。ご覧になりますか?」
リアムは目を泳がせ、プルプルと震え出した。
「そ、それが……、タスクの言う、王宮に居ながらにして……というものですか」
「そうです。各国の方々も是非ご覧ください。恐らく、身分の高い者が足を踏み入れない所まで良く映ってると思いますよ」
佑と竜樹は二手に分かれ、それぞれのスマホを取り出して見せた。
テーブルをグルッと回り、アラガルド王国の三人の前まで進んでから、佑は近くの席の人達にも「ご一緒にどうぞ」と声を掛け、全員から見えるようにスマホを持った手を大きく左右に動かした。
「……黒い、鏡?」
スマホを初めて見る要人達は、席を立ち、興味津々に頭を寄せあった。
触っても良いですかと、やっと落ち着きを取り戻したジョセフが遠慮がちに言うので、佑はどうぞとスマホを差し出した。
「鏡よりもツルツルしている。しかも薄いし……軽い」
「この世界には存在しないものなので、説明が付きませんけど、まぁ……、魔具みたいなものだと思ってください。ボタンを押すと、絵が浮かんできます」
ジョセフにスマホを返して貰ってから、佑はなるべく彼らが理解しやすいように言葉を添えて、操作して見せた。
佑の声に従って、竜樹も同じように操作する。
ホーム画面が映し出されると、要人達はおお〜っと、太い声を出した。
「色々と機能があるんですけど、ここじゃ使えないのもあるから今は省きます。スマホのカメラ機能について説明しても理解が難しいと思うので、まずは皆さんの写真を撮ってみますね。……ここ、見てください」
スマホを持ち上げて、佑は要人達にカメラを向ける。カシャッと音が鳴ると、ギョッと全員がビクついた。
「撮れました。今、スマホを見ていた皆さんは、私から見ると正にこんな感じでした」
佑のスマホには、アラガルド王国、セイス辺境伯領、オットー国、ディエズ公爵領の九人の呆けた顔が映っていた。
「す、凄い。肖像画が一瞬で……!」
フィアメッタがまず一番に驚いて、それからオットー国のアイザック王子とディエズ公爵領のスコット王子が興奮気味に「これがかの地の魔具か!」と顔を見合って驚いていた。
「動画も撮れます」
今度はきょとんとしている要人達を録画して見せ、今起きた出来事を記録し、あとで見ることが出来るのだということをどうにか確認、理解して貰った。
「――これらを踏まえて、一昨日と昨日、ペンデ滞在中に撮影したものをお見せします。かなりショッキングな内容も含まれますので、ご容赦ください。これが今、アラガルド王国の領内で起こっている出来事だということを、リアム王、ジョセフ殿下にお伝えしたくて、ガリム公国の騎兵達の協力を得て撮影しました」
それからしばらくの間、動画を初めて視聴した彼らは、小さなスマホの画面に釘付けになっていた。
目の見えないジョセフも、必死に小さな音に耳を傾けている。
早朝のペンデを歩く騎兵達の目線で、動画は進んでいく。
ヒビの入った家壁、崩れ落ちそうな屋根、汚れた服を着た痩せた住民が多い様子。家さえない子供達が路地の間をねぐらにしていたり、警邏に回る騎兵達にさえ群がって、食べるものを持っていないか、しつこく聞いて回る様子まで映っている。
更には町中に武装した傭兵達が溢れていて、血気盛んに羽振り良く屋台や飯屋で金を使っている様子や、武器防具関係の屋台で町が埋め尽くされている様子までハッキリと見えた。
随分景気が良いですねと騎兵の一人がある傭兵に尋ねると、『宰相閣下が前金でたんまりくれたんでね』と大量の銀貨の入った袋を自慢げに見せていた。
『近々戦争があるらしい。まぁ、祭りが終わってからだろうな』
動画の中で誰かが言った。リアムはわなわなとしていたが、落ち着くようにジョセフに諭されている。
やがて動画は、盗みを働こうとしたエリック少年の告白へと移る。
苦しい生活と、追い詰められた幼い家族達。これが王国の領内で実際に起きた話なのだと知らされたリアムとジョセフは、目に涙を浮かべて聞くのも辛そうにしていた。
「……以上です。私利私欲のために、罪もない市民が犠牲になっています。ペンデの町は特に、外界から遮断された特殊な環境とあって、ここで非合理なことが繰り返されるのは仕方のないことだという概念に囚われてしまっています。外から見えなければ大丈夫……ではないんです。こうした可哀想な子供達や、生活に苦しむ人々を救えるのは、真の王たるリアム王陛下、あなたしかいないのです。気の迷いは、更なる犠牲を増やします。どうかこの国を……、妻が愛し育った国を、救ってはくれないでしょうか……!!」
佑は改めてリアムに懇願した。
リアムはもう、覚悟を決めていたようだ。自ら手を差し出し、佑に握手を求めた。
若く、これからきっと、良き王になっていくだろう義弟と、佑は手を強く握り合った。




