6. 無実の罪(※家系図あり)
「それって……、宰相が」
「だろうと思う。アーネストはしたたかだった。自分に味方する貴族をどんどん政治の場に引っ張って、王家に味方する勢力を次々に追い出していた。そうやって、自身の権力を確実なものにしていった。そして、噂が流れた。『王家を穢したセリーナ王女は追放されるべきだ』という話が、国中に湧き上がった」
「そ、そんなことって……! 阻止、出来なかったんですか」
「アラガルド王アレックは、人を疑うのが苦手でな。温和な人物だった。人望はあったが、王には向かなかった。王ならば、もっと人を見る目がなければいけなかった。私も何度か王に進言したのだがな。関税を引き上げた時点で『アーネストは危ない』『別の人間を宰相に置くべきだ』と。しかし、王は首を横に振った。考えあってのことだろうと。確かにアーネストは街道や河川の整備、王宮の改築などの公共工事に積極的に取り組んだ。国は綺麗になった。民衆にも支持された。経済も回り、豊かになった。対外的には完璧だった。……そしてまんまとやられてしまった。セリーナ王女は王位継承権第二位。兄のジョセフ王子の視力が失われると、周囲の期待は否応なしにセリーナ王女に傾いた。盲目の王子は一人で政治を行えない。必ず摂政が必要になる。次の王はセリーナ王女にという声も上がっていた。王女は人柄も良く、賢い。人望もあった。王妃が亡くなってからは、自分がしっかりしなければと、一家の中心となって皆を元気づけていた。それを、次期王となるための足がかりにしているのだと、そういう噂を流す輩がいたのだよ。積極的に勉学に励んだのも、縁談を妹に譲ったのも、全ては視力を失った兄の支えとなる覚悟の上だったというのに、酷いものだ。セリーナ王女は抵抗し、噂を払拭しようと奔走したが、それすら徒となった。ロザリー王女と隣国王子との縁談に、セリーナ王女の存在が壁となった。隣国の大公は、アラガルド王家のごたごたが収拾するのを条件に、婚約継続を了承したのだ。妹君の縁談を反故にしてはいけないと、セリーナ王女は追放を受け入れた。だがアーネストは、単なる追放など望んでいなかった。……処刑すべきだと。謀反を起こした王女は処刑すべきだと、アーネストに賛同する貴族が多く参加する法廷の場に、セリーナ王女を突き出したのだ」
ゴクリと、佑は息を飲んだ。
あの日の紗良の表情を思い出した。
思い詰めたような、泣き出しそうな、それでも必死に立っていた。
「結果は想像の通りだ。全会一致で処刑が決まった。この頃になると、王には最早発言権すらなくなっていた。絶望に打ちひしがれ、後妻に唆され、アーネストの言葉に首を縦に振ることしか出来なくなっていた。心神耗弱し、痩せ細った王に成り代わり、アーネストが摂政として国を動かしていた。王にもしものことがあったとして、第一王子が王位を継承しても、宰相アーネストが摂政として支えることになっただろう。第一王女は処刑が決まった。第二王女は縁談が決まっている。そして、第二王子が王位を継承しても、成人するまではアーネストが摂政を務めることになる。要するにな、国は乗っ取られたのだ。アーネストという貴族出の宰相に」
長い時間をかけ、宰相アーネストはアラガルド王国を牛耳っていった。温厚な王の信頼を得て、知らず知らずの間に、国の内部に亀裂を走らせた。
概要を聞いただけでも不審に思う。なのに何故。
「どこかで、おかしいと気付くことは出来なかったんでしょうか」
佑は思い、ボソリと聞いた。
「アーネストは人当たりも良く、頭も良かった。そして、手回しも上手かった。多少の常識と知識のある魔女が進言したところで……、どうにもならん」
「リディアさんが魔法でどうにか出来たりは」
「アーネストは独自に魔法使いを雇っていた。魔法で何か探ろうとすると、察知される。王家に味方する者を貶めるのが上手かったからな。魔法によって真実を暴こうとしても、既に評判は地の底。私が何をやっても、信じて貰えなかった。同様に、セリーナ王女に味方する者達には全て、妙な冤罪がかけられていたよ。追い詰めるのが上手かった。……私には、王女の命を救うために、出来ることが限られていた」
徐々に、日が高くなる。
冷たかった外の風にも、だんだん慣れてきた。
遠くに見えていた山々の稜線がどんどんハッキリして、街の建物のシルエットが視界にくっきりと浮かび上がってくる。
リディアは頭をスキアの毛の中に埋めて、感情を押し殺すよう淡々と話し続けた。
「王女のあらぬ噂は、既にルミール中に知れ渡っていた。王女は追放されたとしても、一生身分を偽って生き続けなければならなかっただろう。肩身の狭い思いをさせるし、追っ手は直ぐにやって来て、彼女を処刑しただろう。私はセリーナ王女に、どうにか生きて欲しかった。生きてさえいれば、あの忌々しく狡猾な宰相アーネストから全てを奪い返すことが出来るのではないかと。……私には、何の得も無い話だ。ただ、長年私の仕えたアラガルドの王族が、こんな無様な仕打ちを受けるなんて、耐えられなかった。――かの地へ、逃れたらどうかと思った。かの地からは、時折迷い人が来る。二つの世界は普段は遠くにあるのだが、嵐の夜には距離が近くなる。気紛れに繋がる二つの世界。どうにかしてセリーナ王女をかの地に逃がさなければと思った。刑が執行される予定だったあの日、外は都合良く嵐だった。王女は牢に入れられていた。看守の目を盗んで王女の牢まで行くと、質素な服に、裸足でね。胸が痛んだ。魔法で鍵を開け、鎖を解いて牢から出し、身なりを整えた。誰も、かの地のなんたるかを知らない。言葉は通じないだろう。文明も違うだろう。彼女を守る精霊達に、私は願った。どうか王女をお守りください、力を貸してくださいと。セリーナ王女は私の意思を汲み取った。そして、頷いてくださった。……私は、禁忌の魔法に、手を付けた。セリーナ王女をかの地に逃すために、二つの世界の間に無理矢理穴を開けたのだ。王女は無事、かの地に逃れた。私は、反動で身体が縮んだ。十代の小娘になった。あの後、王女は無事にお前と知り合ったのだな。良かった。本当に……、良かった」
リディアの背中は震えていた。
佑は彼女の背中に頭を付けて、歯を食いしばった。
「……彼女はそれを、ずっと胸の内に」
「お前に話したところで、何も出来なかっただろう。だから、話さなかったのだ。セリーナ王女は、そういうお人だ」
それから二人は、喋らなかった。
ザクザクと軽快に雪を進むスキアの足音が、益々大きく二人の耳に響いた。
声を押し殺して泣くような佑の荒い息遣いが、震えと共にリディアの背中に伝っていた。




