8. 静かな怒り
「私が体調を崩したおり、アーネストは酷く心配して、何度も私の部屋を訪ねたようです。薬師が安静の必要と面会の謝絶を伝えると、そそくさと帰っていったと聞いています。母のこともあったので、気が気でなかったのだと……、私を心から心配する素振りを見せていましたが……、そうですか……、やはり彼は……フフッ、そうですよね……」
ジョセフは口元を歪ませ、肩を震わせた。筋張った手をギュッと握り締め、今にもテーブルを叩き割りそうなくらいに激しく静かな怒りを見せた。
「こんなこと、一生誰にも話すまいと思っていましたが、せっかくの機会です。お話しします。私が話さなければ、恐らく何も始まらない。――そうです、知っていましたよ。彼が異常なことなど、とうの昔に知っていました。私は彼が王宮に出入りするようになってから直ぐに、彼との関係を絶つべきだと、父に訴えました。しかし父は……簡単に人を疑うようなことはあってはならない、まず信じよと私達に教えました。人の上に立つ者が、臣下や民を信じられないようではいけない。良からぬ事を考えるということは、その根底に必ず何か闇に墜ちる原因があるはずで、それを取り除いてあげるのが、人の上に立つ者の使命である……と」
次第に、広間はジョセフの怒りに支配されていく。
普段は温厚な彼の、意外な一面を見せつけられた各国の要人達は、その感情の昂りにただ息を呑むしかなかった。
セプタスの第二王子デュークやセイス辺境伯領のニコラ・クリバー将軍、ノーヴェンのレオ・ガフ騎士団長などは、常日頃から屈強な男達を従える立場だというのに、ジョセフは敵にすべき男ではないと瞬時に悟る程だった。
「――アーネストを養子に取ったボルドリー子爵家は大変裕福で、アーネスト自身もかなり良い待遇を受けてきたと聞いていました。養父母や彼の義姉妹も大変お優しく、どこにも翳りはなかった。唯一、彼がどこの誰の子であるか、それだけが不可解で……。出自が不明な者は警戒すべきだったのに、子どもだった私は……、父の顔を立て、従うしかなかった。それどころか、頭もよく、様々な知識と知恵、政治手腕の見事さに、生まれなど気にするべきではない、どう育ったかであると……父に、諭されました。結局、我が王家は彼の好きにされた。セリーナは罪を着せられ逃亡を余儀なくされた。リディア先生は全ての罪を背負って軍の総攻撃に遭った。ロザリーは望まぬ結婚を――ライオネルが人格者であったから救われたものの、姉に想いを寄せる男に嫁がせるなど、絶対に許すべきではなかった……!!」
ダンッと激しくテーブルが叩かれ、皆一様に、ビクッと背筋を震わせた。
ライオネルがそうだったように、ジョセフの持つ石の精霊達がざわめきだし、ゆらゆらとその姿を見せ始めていた。
「彼が常に王位を狙っていたのを、私は知っていました。玉座には常に私以外の者が座った臭いが残っていた。非常に……不快でした。見えないだけで彼は、私を無能扱いしました。――王を補佐すべき宰相が、王の威厳を損なうなんて、絶対にあってはいけないのに。私は、リアムに賭けた。どうかこのアラガルド王国を背負う良き王にと、私の意思を継ぐのはリアムしかいないのだと。だのにリアムにまで、あの男の魔の手は迫っていた……! 優しく、良い子なのです、リアムは……!! 亡き父と良く似ている。誰一人不幸にしたくないし、皆のことを愛している。それにつけ込み、あの男はリアムを……、まだ若く伸び代しかない弟を……、一人では何も出来ぬ無能だと決めつけ、全ての権力を自分の物にしてしまった!! 歯痒くて仕方なかった。私には、私の愛する民を守る術がなかった。家族すら、守れない。王宮の者は信じられません。皆、アーネストの味方だ。私に出来るのは、遠くにいる妹達に願いを託すことだけだった。フィアメッタに頼み、文を飛ばし続けた。セリーナのことは……、残念で仕方ない。私が毒など盛られなければ、こんなことにはならなかったのです。可哀想なことをしました。けれどこうして――かの地から妹の愛した男が、セリーナの血を、王家の血を引く少年と共に駆けつけてくれたことで、私はようやく……、本当の気持ちを……!!」
「兄様……」
リアムは潤んだ目でジョセフの横顔を見ていた。
知らない兄の表情に、激しく動揺し、けれどとても嬉しそうに口元を緩ませて。
「それにしても、何故アーネストはそこまで権力に執着を……。子爵家風情が宰相などと、それだけでも異例だと言うのに……」
オットー国のブライアン・イートン大臣は首を傾げ、腕を組んでううんと唸った。
「あの……」
佑は恐る恐る右手を小さく挙げた。
「大変申し上げにくいですが、私が思うに……、彼はずっと、ゲームを楽しんでいるんではないかと」
「げえむ? 何だね、それは」
エクシア王が首を傾げる。
「はい……。では僭越ながら、私と竜樹……息子との間で立てた、アーネストの正体に関する予想を……申し上げます」
それまでジョセフに向いていた視線が、今度は一気に佑に向けられる。
佑は小さく咳払いをしてから、話を始めた。
「多分……ですけど、アーネストはかの地の人間ではないかと」
室内が一気にざわめき立つ。嘲笑も漏れる。
「か、かの地? まさか」
「冗談は程々にしたまえ」
「ソルザック侯爵がかの地の人間だというのはまぁ、信じるとしても、アーネストまでとは」
「そうお思いでしょう。分かります。けれど考えてもみてください。アーネストという男の目線から一連の出来事を見ていくと、別の物語が見えてきます」
佑は人差し指を立てて、ゆっくりと一人一人の顔を見ながら話し続けた。
「一人の素性の分からぬ男が、まんまと子爵家の養子に入り、貴族として王国の政治に関わるようになります。男には知識がありました。ルミールには存在しない知識が。文明レベルが数百年単位で違いますから、もしかしたら男の目からは、ルミールの人間がとても愚かしく見えたかも知れない。王は優しく、人を疑わない。自分の知識は国のどの人間よりも優れていて、あれよあれよと王の側近にまで上り詰めた。玉座は直ぐそこにある。彼はもしかしたら、国盗りゲームでもやっている感覚だったのかも知れない。如何にして味方を増やし、国を乗っ取れるのか――実際にやってみたんじゃないかと。まずは国を動かしている貴族に根回しする。関税を上げ、貴族連中に横流したんでしょう。それから王妃に毒を盛って殺し、第一王子にも毒を盛って失明させ、その罪を第一王女になすりつける。第二王女に第一王女の縁談を引き継ぎ、嫁に出してしまえば、彼の連れてきた王の後妻が産んだ第二王子の王位継承順が繰り上がる。そうやって宰相の座を手に入れ――それでも彼は満足しなかった。狙うは玉座。恐らく、この筋書きは合っていると思いますよ。彼の一連の動きを鑑みれば。そして精霊祭の儀式で――彼は目的を完遂するつもりなのではないかと、そう、踏んでいます」




