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君の世界を巡る旅  作者: 天崎 剣
【14】ルミールのために

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6. 正体

 リアムは激しい気の迷いを見せた。

 竜樹以外の誰もが佑の言葉に驚き、何を言うのだとざわめき始める。


「そ、それは気に……なりますが……」


 リアムは落ち着かない様子で、チラチラとジョセフに縋るような目を向けている。


「儀式は午後。まだ時間はある。急がなくても大丈夫なはず。大方、アーネストに行くなと牽制され、少しだけだと振り切ってきたんだろう?」

「う、うん……」


 リアムは気まずそうに小さく頷いている。そこに、王たる威厳はないように見えた。

 ジョセフは視線を前に向けたまま、弱気なリアムを諭すように優しく話し掛けた。


「お前がアラガルド王国の真の王ならば、アーネストの牽制など無視して、この場に留まるべきだと私は思う。――恐らくタスクは、巧妙にこの場に我々を集めたのだ。教育施設なんて言う、平和な未来を語る場を装い、実のところは全く違うことを伝え、話し合うために。タスク、違いますか?」


 テーブルを挟み、正面に座るジョセフの見えない目が、佑の心臓を貫いた。

 どこまで知っているのか、知らされているのか。

 腹の内は分からないまでも、その圧倒的な威厳は他国のどの王や君主よりも力強く、隠居などで決して色褪せてはいないことをひしひしと伝えてくる。

 佑はふうと長く息を吐き、ゆっくりと皆に目配せした。

 凶と出るか吉と出るか。

 まずは話してみなければ、何も始まらないのだと、自分に言い聞かせて。


「……仰る通りです、ジョセフ殿下。私は……、私と息子は、全てを擲ってこの場に立っています。どうか……皆さん、協力して頂けませんでしょうか。アラガルド王国と、ルミールを救うため、あなた方の力が必要なのです……!!」


 力強く言い放った佑の声は震えていた。

 各国の要人達の鋭い視線が、佑に降り注ぐ。


「ルミールのため、は分かるが、何故ガリム公国の人間がアラガルド王国を救いたいと思うのだ。……そもそも、ソルザック侯爵とは何者か。田舎侯爵にしても、その博識を誰にも知られていないのは不自然では」


 セイス辺境伯はジリジリとその冷たい視線を佑に向け、目を細めた。

 ここで失敗する訳にはいかない。どうにか……、この猛者達を味方に付けなくては。


「さ、流石はジュリアス・セイス辺境伯。眠れる獅子と称されるだけありますね。……確かに、私と息子は貴族ではありません。平民風情が貴族の真似事をしてこの場に皆様方をお呼びしたこと、本当に申し訳ございません」


 身分を偽ったことを告白すると、要人達は怒りと驚きを見せ、一瞬腰を浮かせた。……が、そのまま佑と竜樹に掴みかかるようなことはせず、次の言葉を待っている。これこそが、上に立つ者の余裕とでも言うように。


「今回のことは、全て義弟(・・)のライオネルと共に計画しました。内政干渉にならないギリギリで、どうにかアーネストを……、宰相アーネスト・ボルドリーを、アラガルド王国から排除出来ないかと」

「義弟? ライオネルに年上のきょうだいは居ないはずだが?」


 ディエズ公爵が首を傾げると、向かい側でエクシア王がハッと息を呑んだ。



「せ……、セリーナ王女か!!」



 バンッと勢い良く立ち上がったエクシア王の顔は真っ青だった。

 やっぱりとしたり顔をしているのはエドウィンくらいで、他の人々は皆一様に驚き、ざわめき出した。


「ま、まさか!」

「ガリム公国が王女を匿っていたのか?!」

「ライオネルの嫁は王女の妹君だ。可能性は大いにある」

「ライオネルめ! 素知らぬ振りをしてまんまと……!!」


 セリーナ王女の捜索にアラガルド王国は多くの兵と時間を割いていた。

 恐らくは何年となく王国に隠匿の疑いをかけられ続けて来たのだろう。どの国も散々な反応だった。


「ほ、本当にセリーナ姉様なんですか?!」


 我慢出来ずに立ち上がり、リアムは両手をギュッと握り締めた。


「宝物庫の奥にある肖像画でしか、私はセリーナ姉様を知らないんです。死んだとも、逃げ続けているとも聞いています。もしかして本当に……、本当に生きてらっしゃるのですか?!」

「リアム、落ち着きなさい」


 興奮気味のリアムを、ジョセフが制した。


「話は最後まで聞くものです。――タスク、続きを」


 ジョセフの言葉に、一瞬で室内が静まり返る。

 タスクは気を取り直し、続きを話し始めた。


「私達がガリム公国へ入ったのは半月程前です。妻は私に何も言わなかったので、彼女が高貴な身分であったことを、私は知りませんでした。唯一、血を分けた息子にだけは秘密を打ち明けていたようです。アラガルド王国第一王女、セリーナ・リサラ・アラガルド。――妻の正体を、私は妻の死後半年以上経ってから知りました」

「死んだ……?」


 消え入るような声を出したのは、ジョセフだった。

 それまで見せていた威厳に陰りが見える程にジョセフは驚いていたし、リアムは気を失いそうだった。

 リディアに聞かされ全てを知っていたフィアメッタは目を伏せ、ただじっと耐えている。

 それまでざわついていた会場に、悲痛の色が漂い始めた。


「正直に話します。私はルミールの人間ではありません。“かの地”と皆さんが呼ぶ異世界からここ(ルミール)に迷い込んできました。全てを知らされていた息子は、妻の死と王国の宰相アーネストの関連を疑い、――いえ、アーネストによるものだと確信して、ルミールへとやって来たのです。私は何も知らず、ただ息子を追いかけてきたに過ぎません」

「かの地の人間……? ということは、セリーナはかの地へ逃れていたと」


 エドウィンの言葉に、佑は深く頷いた。


「逃してくれたのは、王宮付き魔女のリディアさんです。彼女はかの地と繋がる穴をこじ開け、力を失い……少女の姿に。晩餐会場にいたでしょう、薬師レニと踊っていた小さな魔女がリディアさんですよ」

「リディア先生……? やはりあの声、先生だったのですね」


 ジョセフは頬を綻ばせ、小さく息をついた。


「良かった。とても……懐かしい声がして。香水も先生のものに似ていたので、『お会いしたことがありますよね』と声を掛けたのに、先生は『初めてですよ』と。ああ……、でも良かった。生きてらっしゃった」

「傾国の魔女と聞いていたが……、真相は、違うのか。一体何が本当で、何が間違っていたのか……。真実は我々が知っている筋書きとは随分違うようだ」


 ノーヴェンの宰相モーリス・リー・ニヒルは頭を抱え、唸り始めてしまった。

 とんでもないことに巻き込まれたと、皆が思ったに違いない。佑が語るのは途方もない話ばかりで、理解に苦しむのは当然なのだ。

 この収拾の付かない事態に、一人の男が立ち上がり、パンパンと手を叩いて皆の気を引いた。


「……どうです、皆様方。このタスク・ソルザックという男、肩書きこそまるっきりの大嘘だったが、私は……、あの狡猾な宰相アーネストなどよりは随分信頼出来ると考えているが」


 ジュリアス・セイス辺境伯――。

 始めこそ佑を訝しげに見ていたが、話をしていくうちに何かが変わったらしい。


「賛成だな。かの地の人間だというならば、我々の知らぬ知識を持っていて当然。それを惜しげもなく提供しようという人間が信頼出来ないわけがない」


 オットー国の大臣ブライアンが頷きながら賛成の意を見せた。


「関税の引き上げを始めた頃から、私はアーネストに対して不信感しかない。同意だ」


 と、ディエズ公爵。


「……話してくれるかね、ソルザック侯爵。いや、タスク殿。一体何がどうなって、王国がこうなってしまったのか、本当のところをお主は知っているのだろう。幸いここにはリアム王もジョセフ殿もいらっしゃる。伝えたいことがあって、こんな形で会いに来たのではないのか」


 エクシア王の優しい言葉に、佑の胸はいっぱいになった。

 隣で肩を強ばらせて座る竜樹に目で合図し、佑は大きく頷いた。


「ありがとうございます。これから、私の知るセリーナ王女のその後と、私達の旅の本当の目的を、お話しします」

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