5. 離宮にて
王宮の更に奥、森との境に離宮は静かに建っていた。
象牙色の離宮は王位を退いた王族の終の棲家。今は――……先代のアラガルド国王ジョセフ・グリフィン・アラガルドが離宮の主である。
目の見えないジョセフが主とあって、離宮には様々に暮らしやすいよう工夫が施してあった。
ドアが開けば音が鳴ったり、壁材が部屋によって違ったり、床から一定の高さの壁に幅広の板を張り付け、そこに手を付いて歩けば行きたい場所に行けるよう、タイルで印が付けてあったりした。
離宮の使用人はジョセフが過ごしやすいよう、彼の手が伝う場所には物を置かないよう心掛けているようだ。そのせいか、ガリム公国の宮殿やアラガルド王国の王宮には当然のように飾られていた豪奢な置物や絵画は離宮の廊下には全くなかった。
代わりに、広く取られた窓から差し込む日の光がぼんやりと廊下を照らし、窓から抜けていく風がさやさやと木の葉のこすれる小さな音を優しく連れてくるのだった。
簡素で倹しく、しかし清潔で精錬された美の空間。
世間から隔離されたその場所に――、各国の代表が二名ずつ集まっていた。
「朝早くからおいで頂き、ありがとうございます。ジョセフ殿下も、離宮の使用許可をくださり、ありがとうございます。お陰で、このような場を設けることが出来ました」
離宮の一室を借り、会合が始まる。
広い楕円のテーブルに、八カ国十六人が集まった。
佑は会合の冒頭に、発起人ライオネルの代行として挨拶をしたのだが、その反応はなかなかに微妙なものだった。
「……ライオネル大公殿下は如何なさったのか。殿下の補佐役とは言え、知らぬ男が仕切るのは、いささか不安ではある」
セプタスの大臣ロビー・ウェバーは短く刈った髪を立たせて佑と竜樹を睨み付けた。
「まぁまぁ。ライオネルも忙しいのですよ」
と隣で笑うのはセプタスの第二王子で騎士団長のデューク。気品と闘志が溢れる若者だ。
「あれこれ奔走しているのでしょう。大丈夫ですよ、タスク殿は信頼の置けるお方だ。私が保証します」
横から口を出したのは、晩餐会で同席だったエクシアのエドウィン・デュ・ニューベリー伯爵。その隣で頷くのは、エクシア王。
前日に同テーブルで佑の話を聞いていた彼らは、佑が仕切るのには賛成のようだ。
「まさか精霊祭の朝にこんな集まりをしようだなんて、面白いことを考えたのは君かね、ソルザック侯爵。ライオネルが君をいたく買っていた。一体どんな話をしれるのか、楽しみでならんよ」
佑の隣の席から、ニヤニヤと嫌らしい視線を送ってくるのは、ジュリアス・セイス辺境伯。厳つい軍人、ニコラ・クリバー将軍を従え、好戦的に見える。
その気迫に圧倒されつつ、佑は何とか笑顔で返した。
「ありがとうございます。どうにか皆様がご納得頂ける話になればと思っています」
その他に、オットー国からはアイザック王子とブライアン・イートン大臣、ディエズ公爵領からはジェローム・ディエズ公爵とスコット王子、ノーヴェンからはモーリス・リー・ニヒル宰相とレオ・ガフ騎士団長がそれぞれ参席している。
正直なところ、佑はサミット会場に迷い込んだただの営業マンだった。ライオネルには勢いで自分がと話したのだが、狭い空間にこれだけ名だたる方々が揃い踏むと圧倒されてしまう。
ここからが本番。晩餐会は予行練習に過ぎないのだと、佑は自分を奮い立たせた。
「タスク、リアム王はもう時期到着しますから、先に概要をお願い出来ますか」
ジョセフに言われ、佑は「はい」と短く返事してから話を切り出した。
ライオネルが提案したというていで――教育機関の概要を改めて話す。かの地で言う大学のようなもの、それを分かりやすくこの世界の人達にも伝わるように、噛み砕いて噛み砕いて。
誰しも隠れた才能を持っていること。それを伸ばす手段が限られ、優秀な人材を見逃している事実。
学ぶことの大切さと、知識があれば課題の解決に向かうことが出来ること。
ありとあらゆる人々がお金の流れや経済の循環を理解し意識することで、市場はもっと発達していくこと。
経済が発達すれば、人々の暮らしは豊かになり、ひいては国力の増強に繋がること。
経済と共に着実に発展するのは科学と医学。新しい物が発明されていけば、更に別の市場が広がること。
そのためにはまず、学ばねばならない。学ぶ場を提供することが国際社会を引っ張っていく者の責務であり、そのための投資は将来必ず回収されること。
恐らくはルミールにはない考えなのだと思う。
ある者はじっくりと、ある者は半信半疑という感じで耳を傾けていた。
調子よく話していた途中でノック音がしてリアム王が遅れてやってくるが、話はそのまま続けて良いと合図を貰い、何とか施設建設の意義と大まかな計画案を最後まで話すことが出来た。
以上ですと締めくくると、一番に拍手をしたのは他でもないリアムだった。
「とても素晴らしい話です。もし実現したならば、是非国中から優秀な人材を探し、育てたい。分野ごとに専門家を講師にするやり方も賛成です。……例えば、もし研究を続けたならば、我が国で採れる様々な石にも……、宝石以外の利用方法を見つけられたりするのでしょうか」
リアムは遠慮がちに佑に聞いてきた。
恐らくは兄のイアンのことを思っているのではないかと直ぐに分かった。イアンは石が好きなようだ。研究したい、もっと勉強したいという気持ちが溢れ出ていた。
「ええ。その可能性は大いにあります。強度を生かしたり、性質を生かしたりすることで、新たな素材や資材の開発も可能でしょう。世界は未知に溢れているのですから、大いに研究して発展させていけば良いと思いますよ。たとえ最初は興味本位であったとしても、いずれそれはルミールのためになるはずです」
佑が言うと、リアムはぱあっと表情を明るくし、何度も頷いた。
「それならば、是非話を進めましょう。――私はあいにく、これから儀式の準備があり、最後まで話し合いに参加出来ません。兄のジョセフが私の代わりに話を聞いてくださるでしょう」
本番前で忙しいのだろうか。リアムはソワソワしながら廊下の方にチラチラと視線を向け、今にもいなくなりそうな気配がした。
それでは困る。
「リアム陛下! ……もう少し、お時間を頂けますか。先日お話しした、王宮に居ながらにして国の様子を見る話、今ここで、ご覧にはなられませんか」
佑の言葉に、リアムはピクリと反応した。




