4. 夜更けまで
「それにしても、アーネストはどうしたんだ? 良からぬ輩などと」
ライオネルは少々キレ気味だった。
佑もそんな噂を耳にしていたが、まさか冗談などではなく本気でそんなものを信じているだなんて。
焦っている……のだろうか。
「アーネストは疲れてるんです。歳なんだから、ちゃんと休めと言っているのに、無理をして。だから占いなどに頼る。決して良いとは思いませんね」
ジョセフはアーネストを悪くは言わなかった。あくまで心配しているていで言うのだ。
「トビアスに良いように弄ばれている……とか?」
ライオネルが尋ねると、フィアメッタは首を振った。
「いいえ、それは有り得ません。トビアスは魔法使いにしては力が強い方ですけれど、頭がそれほど回る訳ではありませんし。ですからきっと、ジョセフ様が仰るように、疲れてらっしゃるのでしょう」
「確かに、かなりのお年だからな。幾つだったか……」
「六十近かったと。普通の人間ならば、隠居していておかしくない年齢です」
魔法使いや魔女の寿命は長いが、ルミールでの平均寿命は佑の生きるかの地のそれよりずっと短いはずだ。
六十近いということは、佑の親世代。向こうなら、男性でもあと三十年近く余命がある。しかしそれは、発達した医療や科学があってこそ齎されるものであって、ルミールのように文明が未発達な場合は……どうなのだろうか。
「ライオネルが言う通り、アーネストの様子がおかしいのは確かですよ。昔はもう少し……、話が通じたのですが。年齢と共に身体も頭も弱ると聞きます。私としては、精霊祭が終わったらリアム王の摂政は取りやめ、アーネストには静かな老後を過ごして頂きたいと思っているのですが……。きっと、うんとは言わないでしょうね……」
*
晩餐会から宿に向かい、スキアや騎兵達と合流する。
今日の宿は“双頭の竜と金の冠亭”。王都でも随一の宿である。
宿は丸々貸し切りで、明日の晩もう一泊してから公国へ戻ることになっている。先に宿に到着していた使用人達が、手際よく晩餐会から戻った佑達を迎え入れ、ようやく肩の凝った衣装から解放された。
祭りを堪能したスキアは先に寝てしまったようで、リディアと一緒に宛がわれた部屋からは、心地よい寝息が聞こえていた。どうやら随分騎兵達に可愛がられ、いろんな食べ物を片っ端からご馳走になったらしかった。
「かの地の人間……か。なるほど、言われてみればそう思えなくもない」
一階の食堂に集まり情報を交換し合うなか、アーネストの正体について佑がその可能性を伝えると、リディアは難しい顔をして、ううんと唸った。
リディアだけではなく、ライオネルもロザリーも……その場にいた誰もが唸りだしてしまった。
「アーネストがボルドリー子爵家の養子として迎えられたのがいつ頃か、リディアさんはご存じですか?」
佑が尋ねると、リディアは椅子に深く腰を掛けて天井を仰ぎ見て、遠い日の記憶を必死に辿っていた。
「いつ……だったかな。流石にそこまでは把握しておらんが、ヤツが優秀な人材だとして手腕を見せ始めたのは、二十五、六の頃だったと記憶している。それから数年して、宰相に担ぎ上げられたのだ」
「ってことは、二十そこそこでルミールに迷い込んだ……って考えるのが妥当でしょうね。今は六十手前。ここに来てから少なくとも三十五年以上経つ。学生の頃か、もしくは大学を卒業して間もない青年……だったのかな。あくまでこれはアーネストがかの地の人間だったと仮定して、ですけど」
「ダイガク?」
「高度な学問を教える学び舎……みたいなものです。アーネストは相当頭が回るって話だったから、高学歴だったのかなって。全部想像ですけどね」
結局晩餐会では、アーネストに関わる情報は殆ど得られなかった。彼の仲間が誰なのか、どれくらい存在するのかも……分からずじまいだ。
「……教育施設の話で無理矢理集めた人達の中に、アーネストの手の者がいる可能性は否めません」
佑が申し訳なさそうに言うと、ライオネルはテーブルの上に身を乗り出し、「構わん」と言い放った。
「緊急を要する事態なのに、敵も味方もあるわけがない。仮にアーネストが何かやらかすのだとしたら、誰だって犠牲にはなりたくないはずだ。ヤツめ、ジョセフに警備体制のことを指摘された途端、激しく動揺していた。手紙の内容通り、精霊祭の儀式の本番に何かしでかそうとしていた可能性が益々高くなった」
「ジョセフとリアムが同時に会合に参加してくれることになったのは幸いです。騎兵の皆さんが撮影してくれた動画もここで役に立つと思います」
佑は食堂をグルッと囲うようにして立っている騎兵達に目配せし、感謝を述べた。
「それから……、各国から会合にお呼びするのは多くても二名程度の方が、バランスが取れて良いと思うので、そのように案内文に添えて頂けますか?」
「二名? それは少な過ぎないか?」
ライオネルは首を傾げていたが、佑は引かなかった。
「多過ぎると場が混乱したときに冷静な判断を失います。各国から二名。あくまで議題は教育施設の話です。……が、本題はアーネストの暴走阻止。二名に絞れば、必ずその国で一番信頼出来る人間を一人は寄越すはずです。まずはその二人が話を持って帰り、その後どうなさるかは……、その国に委ねましょう」
「なるほど。確かに……、誰にでも話せる内容ではないからな。では我が公国からは、私とタスクが出席するとしよう」
「いえ。俺と竜樹が出ます」
「――なっ!! 何だと?!」
声を荒げ、ライオネルがテーブルを叩いて立ち上がった。
あまりの勢いにその場にいた女性達はキャッと小さくあちこちで声を上げていた。
けれど佑は動じることなく、ライオネルに真っ直ぐな視線を送る。
「俺と竜樹が出ます。ライオネルは気にせず、普段通り精霊祭に臨んでください」
「そういうわけにはいかんだろう。それに、何故リュウを!」
何をやらかしたわけでもないのに突然名前を言われ、竜樹はビクッと肩を揺らし目をキョロキョロさせた。
そんな息子に目をくれることもなく、佑はテーブルの上に握り拳を二つ置いて、ただ真っ直ぐにライオネルを見続ける。
「竜樹は俺の補佐役として連れて行きます。……そこで、正体を明かしても良いと思っています」
「と、父さん!! 正気?!」
今度は竜樹が大きな声を出した。
ざわめきが起きる。それでも佑は視線を動かさなかった。
「スマホの動画を見せれば、俺達がかの地の人間であることは必ずバレます。正体を隠し続けたら、何故こんなに必死なのか、何故今貴族に偽装してまでアラガルド王国に侵入したのか、説得力に欠けてしまう。追放され、襲撃されて死んだ紗良のことも、自分の出自を知りながら俺に隠し続けて苦しんだ竜樹のことも、なかったことにはしたくありません。今こうして腹を割ってはなせているのは、公国の皆さんには全部喋ったからです。けれどそれは、紗良が何もかも隠し通して死んでいったことを否定しているわけじゃなくて、喋らないと先に進まないこともあるって理解しているから喋るってだけの話です。誰かを救うために嘘をつき続けることと、貶めるために嘘をつくことは違う。俺にだってそれくらい分かりますから」
「リュウは……、それでいいのか」
ライオネルが息を落ち着かせながら訊ねると、竜樹はゆっくりと頷いた。
「いいです。どのタイミングでも。どうにかして母さんの願いを叶えたくて……、アラガルド王国を救いたくてルミールに来たんだから」
「じゃあ、決まり……で、いいですね。あとのことは、ライオネル、お願いします」
*
時間は、限られている。
佑達はそれから明日の動きを確認し合った。
会合で何を話すのか。本番で起こりうる事態とは何か。各国との連携についてどのように話を進めるべきか。
アーネストの真の目的が分からないなかでの、手探りの話し合いは、日を跨いで夜更けまで続いた。
――夜明けと共に、ライオネルは各国の要人が泊まる宿に、会合の案内を携えた伝令を走らせた。
精霊祭の儀式本番まであと半日。
長い一日が、始まろうとしていた。




