3. 気遣い
和やかな空気を切り裂くようにやって来たアーネストに、佑もライオネルも神経を尖らせた。
なるほど、疎外されたことにこんなに腹を立てるなんて。なかなかに……器が小さい。
「悪巧みなどと心外ですね。この世界にとって、有用な話し合いの場を設けたいと、私はそういうつもりで諸国の皆様に声を掛けたのです。賛同してくださり、是非にというお言葉を多く頂いたので、この場をお借りして小さいながらも会議を開きたいと考えているに過ぎませんよ」
ライオネルは淡々と、そしてにこやかにアーネストに言い放った。
当然、それがアーネストの怒りを焚き付けていると知っていながら、わざとそういう言い方をした。
アーネストは挑発に乗り、怒りを滾らせて語気を強くした。
「そういう大事なことは、まず私を通すのが筋ではと申し上げているのですよ、大公殿下……!! 私を差し置いて、今はご隠居なさっているジョセフ殿下に先に話をして、離宮の使用許可まで取ってしまわれるなど……!! 話を通す順番がなっていない。一体どういうおつもりか!!」
「気遣いです」
ライオネルは堂々と言い放った。
「気遣い?」
アーネストは眉間にしわ寄せ、あごを上向きにしてギロリとライオネルを上から睨み付けた。
ライオネルは口角を上げ、平然と話を続ける。
「精霊祭の前日のお忙しい時期に、宰相閣下の手をこれ以上煩わせてはいけませんから、アーネスト閣下に最大限に気を遣ったのです。出来ればアラガルド王国側からもどなたか……と、思っておりましたら、ジョセフ殿下が教育施設について随分ご関心があると知れましたので、そのまま話を進めた次第です。何しろ、こんなにも多くの国から高貴な方々がお集まりなのです。この機会を逃せば、いつこのような場が開催されるのかも分かりません。ですから、どうにか話し合いの場を持ちたいと……、急な申し出ではありましたが、殆どの国の方々から良い返事を頂きました。当然、本来であればアラガルド王国代表としてアーネスト閣下にも会合に参加して頂きたいところです。――が、先程も申しましたように、大事な儀式の前日にこのような話をしてしまえば本番に差し支えると、きっとアーネスト閣下はお困りになるでしょう。ですから、……そういう、気遣いです」
悪びれもなくニコッと笑顔を作るライオネルと、怒りに震えるアーネスト。
二人の間にバチバチと火花が散るのを、皆が固唾を飲んで見守るなか、カツカツと二つの足音が近づいてくる。
「アーネスト、私が無理を言ったのだ」
沈黙を破ったのは、漆黒の魔女フィアメッタに手を引かれたジョセフだった。
定まらない視線を宙に漂わせ、にこりと笑って二人の間に割って入った。
「素晴らしく前向きな提案があり、私個人が深く興味を持ったんです。ライオネルの言うように、こんなに多くの国の人々が一斉に集まる機会など、そう多くありません。……が、時期が時期です。アーネストは明日の準備を万全にすることに全神経を注ぐべきです。施設の話はまだ土台作りの段階のようですから、そういうのは隠居して何の役目もない私が適任でしょう。見えはしませんが、皆様方に助言くらいは出来ますから」
「ジョセフ殿下……!! しかしそれは」
「私なら、各国の要人と面識があります。大丈夫、見えないのは今に始まったことではありませんし、フィアメッタが上手に補助してくれます。アーネストは忙しい時期なのですから、無理はいけませんよ。過労で倒れたりしたら、リアム王にも負担がかかります」
流石と言うべきか……、ジョセフはその威厳でアーネストを一瞬で黙らせてしまった。
これがジョセフ・グリフィン・アラガルド。目が見えていたならと称されるだけある。
「しかし、離宮をお貸しになるなどと」
「――離宮ならば、儀式の準備にご迷惑はかけないでしょう。大丈夫ですよ、広い部屋もたくさんありますし。……そうだ、ライオネル。リアム王が、自分も話を少し話を聞きたいと。会合の冒頭に少し混ぜて欲しいそうですが、宜しいですか」
正面を向いたまま、ジョセフは笑顔でライオネルに尋ねた。
「ええ勿論。お待ちしておりますとお伝えください」
にこやかに頷くライオネルに、ジョセフも笑顔で返している。
どうも……、アーネストはかなり面白くないようだ。ライオネルと佑を明らかに疑っている。
「ジョセフ殿下。……良からぬ者が王国入りしたと、トビアスが申しております」
痺れを切らし、アーネストがボソリと言った。
「良からぬ……? それはあくまで占いでは?」
ジョセフはフッと小さく笑った。
「トビアスの話では、この国のどこかに国家を転覆しようとする輩が混じっているようだと。……そのような時に会合などと」
「だったら尚更好都合ですよ。各国の代表が集まるならば、情報の共有も図れます。それに、まさか神聖なる精霊祭に乗じて……だなんて、そんなことは有り得ないでしょう。絶対に何も起こらないよう、アーネストが自ら指揮を執っているのですから」
ジョセフが微笑むと、アーネストは目を見開いてギリリと歯を噛んだ。
どっちの意味でイライラしているのか……、佑はじっとアーネストの表情を観察した。ライオネルと佑、そしてジョセフとフィアメッタに対し、並々ならぬ感情を抱いているのは確かだが……、その心の中までは伺い知れない。
「アーネスト、不安ならば直ぐにでも警備体制の見直しをしてください。そんな恐ろしい輩が紛れているところに、大切なお客様をお通し出来ません」
静かながらも着実に攻めていくジョセフに、アーネストは顔を青くした。
「……し、失礼しました。早々に見直し明日に備えます」
「そういう訳ですから、アーネストは気にせず私に全部任せてください。良いですね?」
「お……お願い、致します。詳細は後日伺います」
くるりと踵を返し、憤慨気味に大股で去っていくアーネスト。
そして王族としての弛まぬ威厳を見せたジョセフ。
対象的な二人を見つつ、やっと緊張感から解き放たれたことに、皆安堵の息を漏らしていた。




